第263話 皇帝による大歓迎
「ようこそ我が屋敷へ! 招待をするのは二度目だが、お前を出迎えることができて嬉しいぞ。ヴァリエール・フォン・アンハルトよ!!」
ヴァリエールは驚いた。
確かにマキシーン皇帝陛下は最大限の好意を持って歓待してくれるであろう。
皇帝陛下の父君の仇を討ったのだ。
だが、だが。
「へ、陛下。皇帝陛下自らが出迎えるのは、誠に恐縮ですが。御身の立場を考えればさすがに軽々しいとしか言えません!!」
さすがにヴァリエールも、『皇帝陛下自らが屋敷前にて自分の到着をずっと立って待っており、謁見の場ではなく野外にて出迎える』。
これには驚いた。
およそ皇帝の座にある人間の行動ではない。
確かに選帝侯はマキシーンに対し、別に本音では忠誠を誓っているわけではない。
だがヴァリエールは別だ。
彼女はそれなり――ではなく明確な尊敬の意を抱いていた。
「おや、私を気遣ってくれているのかね? 私は君にホストとして最大級の配慮を示さなければならん。そりゃあ屋敷前で君を出迎えるぐらいはするさ」
「軽挙です! もっと御立場を考えて頂かなくては!!」
うんうん、とマキシーン皇帝陛下の側近たちは頷いている。
同時に、彼女たちもヴァリエールのこの態度には少し好意を見せた。
正直、自分の主がここまでの配慮をするのは気に食わなかったが、招かれたヴァリエール側がこういう態度で接するならば、気分として悪くなかった。
「貴女こそが神聖グステン帝国の至尊。軽挙妄動を慎まれることが皇帝の務めでありますぞ!!」
ヴァリエールは本当に皇帝を皇帝として認めていた。
あのように皇帝を心の底では舐め腐った選帝侯たち――アナスタシアやカタリナ、オイゲンとは違うのだ。
それを知ることで、もうこれだけで側近たちはヴァリエールに対して明確な好意を抱き始めた。
ヴァリエールの良いところである。
彼女は本心本意で他人を尊敬していた。
皇帝に対してのみではない。
自己評価が低い代わりに、他人の立場を慮り、その立場を尊重をするという人格の良さがあった。
「まま、よろしいではありませんか。ヴァリエール卿、我々マキシーン陛下の側近一同も貴方様を歓迎いたしますぞ。ささ、屋敷へと案内いたしましょう。幸い我が屋敷は広く、来客用の別邸が用意してあります。ヴァリエール様だけは母屋にお招きすることも可能ですが――」
「いえ、お気遣いなく。皇帝陛下と屋根を一緒にするのは誠に光栄ですが。その、あまりにも恐れ多いではないですか。別宅で十二分です」
これも本音である。
これをアナスタシアやカタリナが口にしたなら、表向きの礼儀はともかく「警護の面を考えろ。でたった一人、母屋になど泊まれるか。いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃない」と鼻で嘲笑うかのように受け止められたであろう。
ヴァリエールは本当に嘘をついていない。
本気で「恐れ多い」と考えていた。
「それでは別宅にご案内を。失礼や不便があれば、わたくしめに何でもお申しつけください」
それが誰の目にも判るのだ。
元々、ヴァリエールはそういった策略ができない。
それがかえって、マキシーンの側近の好意を招いていた。
「ヴァリエール様、貴女様を陛下がわざわざ屋敷前にて出迎えた理由がようやく理解できました。全力で歓待させて頂きます。お連れの皆様も御気兼ねなく、当屋敷にておくつろぎください」
裏表のない、ほくほくの笑顔でマキシーンの側近たちはそう告げた。
マキシーン皇帝陛下は、ヴァリエール様を屋敷前で両手を広げて出迎えた。
そうなると、ヴァリエールが連れてきた人間。
第二王女親衛隊。
ザビーネやアメリア。
そういった側近たちも悪い気はしなかった。
むしろ、どこか陶酔するような気分であった。
どうだ、我らのヴァリエール様は素晴らしい方であろうと、胸を張りたい気分にすらなった。
彼女たちはヴァリエール以外に忠誠を誓うつもりはないが、その主君が皇帝にここまでされて悪い気分などするわけがない。
皇帝に対しても好感を持つ。
双方のファーストコンタクトは、本当に良好な形で終わった。
お互いに気を許すには十分すぎるほどに、敬意を示しあったのだ。
ただ。
「ふむ」
違う者が三名。
そのうちの一人のアスターテ公爵は表向きは礼儀として敬意を見せているが、相変わらず心底で色々と企んでいるのは何も変わらない。
じろじろとヴァリエールとマキシーン、この両名を観察している。
さて、この関係性をどう利用するかとしか考えていないし。
「――」
二人目のファウストも、まあ悪い気はしていない。
主君であるヴァリエールに対して、ここまでの礼節を示されたのだ。
自分も礼節を示そう。
それについては騎士としてちゃんと弁えているし、別に皇帝もヴァリエール様を害することは考えていないだろう。
それは理解している。
しているが。
「……」
ファウストは警戒を緩めることができないのだ。
皇帝は最大限の好意を示している。
それは理解はしていても、どうにも警戒を緩めることができない。
というのも、何度か実際に寝首を掻こうとされたことがあるからだ。
ファウストは15の頃からポリドロ領当主代理として、アンハルトの軍役についている。
その中には盗賊と結託して、旅人を襲っている盗賊村があって。
それがバレる可能性を恐れて、ファウストとその兵士たちが眠るのを見計らい、襲い掛かったことがある。
もちろんファウストは襲い掛かってきたそれを一方的に皆殺しにしたが、その経験から「警戒を緩める」ことをファウストは一切しなくなったのだ。
それは皇帝の歓待にて招かれた屋敷でも変わらぬ。
「おや、ファウスト・フォン・ポリドロ卿。何か気がかりでも?」
緩やかな空気が漂う中で、その警戒はマキシーンに気づかれる。
そもそもマキシーン自身がファウストに注目しているのだから、それも当然だ。
「は、大変失礼しました。騎士としての性分でして、今までの実戦経験から警戒を緩めることができぬのです。お恥ずかしい。決してお気を悪くなされぬよう――」
「よいよい、ポリドロ卿。一人くらいはそういう側近がいてよいのだ。それでこそ誉れ高き騎士よ。立派な側近がいるヴァリエールが羨ましい」
むしろマキシーンはそのファウストの武骨な姿を褒め称えた。
もちろん、実際に気は悪くしていないのだが。
人心掌握術である。
褒めたことは、少しでもファウストの心証を良くしておこうという計算があった。
皇帝の地位は伊達ではない。
「是非とも、ヴァリエールと共に話をよく聞きたいものだ。もちろん、君の従士である――」
警戒を緩めていない、三人目の子供。
彼女の主君はファウストであるため、如何にヴァリエールが褒め称えられようが、別に何の感慨もない。
そんなマルティナについて。
マキシーンは目を細めて、その人柄を見定めるように見据えた。
「マルティナ・フォン・ボーセル。君の著書を読ませて頂いた。大変興味深い内容であった。是非とも、話を詳しく伺いたい」
「それはもちろん。光栄であります、マキシーン皇帝陛下。是非とも詳しく説明させて頂ければ――」
そうは口にして、もちろん跪いて礼儀を示すものの。
まるっきり何を考えているのかわからない。
マキシーンは、そういった印象を彼女に抱いた。
九歳児に過ぎぬ、彼女の心がまるで読めなかった。
「ふむ」
少し、マキシーンは戸惑った。
マキシーンは生来優秀である。
紛れもなく神聖グステン帝国の最良血で、超人である。
誰にも言わぬが、実は『人の心を少しだけ読める』のだ。
魔法のような読心術といった能力ではない。
ただ、相手の考えていることを、言葉や表情などのわずかな手がかりから推測することが出来た。
なのに、マルティナに関してはまるで読めぬ。
正直、薄気味悪い子供だとマキシーンは考えたが。
「よろしい。非常によろしい」
むしろ興味が勝った。
自分の能力が通じない。
これに興味をそそられた。
「さて、挨拶はこの程度にしておこうか。このマキシーン・フォン・ロートリンゲン。ヴァリエールが我が父の仇を討ってくれた礼、生涯忘れぬつもりである。あるが、まずはささやかな御礼として我が屋敷の歓待を受けて頂きたい。貴卿の姉君である、アナスタシアの選帝侯継承式までの一か月ほどではあるが。ゆっくりとくつろいでくれたまえ。もちろん、最後に渡すことになるであろう褒美も期待してくれてよいぞ!」
「あ、有難うございます」
ヴァリエールは妖精のように微笑んで、跪いた。
主君に対する騎士の礼である。
マキシーンは満足した。
「――」
ファウストは、ここで小首を傾げた。
なんということはない、少しの不思議を抱いたのである。
「どうかしたかね、ポリドロ卿。何か私について不思議でも?」
これを目ざとく、やはり気づいて。
咎めるのではなく、その不思議に答えてやろうとマキシーンが口にする。
「少し体調がよろしくなったようで。何よりでございます」
ファウストにとって不思議とは、マキシーンが以前に謁見した時よりも血色が良くなっていることだった。
相変わらず痩せてはいる。
服の下ではあばら骨が浮いているのかもしれない。
なれど、以前よりも体調が良好であるのは間違いなかった。
「ふふ、わかるかね。これもヴァリエールのおかげさ。父の仇を討ってもらってから、すこぶる体調が良い」
「……」
ファウストが眉を顰める。
マキシーンは心を読んだ。
『それならよいが、相変わらず痩せている。痛ましい』といったところか。
まあ同情してくれる分には悪い気がしない。
「ここで再度失礼を。マキシーン皇帝陛下、お尋ねしたいことがあります」
「何かね?」
「本当に不躾な話なので、気分を害したならば謝罪しますが」
マキシーンは再び心を読もうとした。
『もっとよくお食べになった方がよろしいのでは?』と言ったところか。
今までの会話の流れから、そういったことであろうと予想したが。
「マキシーン陛下の父君の墓に案内頂けないでしょうか。墓地は屋敷内に設けられていると聞きました。同じ男として、娘を死に物狂いで守り切った『本物の男』である御方に対し、花の一つを捧げたい。このぐらいのことで、陛下の心を慰めることに繋がるかどうかはわかりませんが」
それはマキシーンにとってさえ、予想外の申し出で。
しばらく硬直して、戸惑って。
その気配りに、マキシーンの側近たちですら、一言も発することができなかった。
つまり、ファウスト・フォン・ポリドロとはこのような男であった。
男であるがゆえに、本物の男に対して、皇帝へのおもねりではない心からの敬意を示すことができるのだ。
それについては、超越した力を持つマキシーンでさえ読めなかったのだ。
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「貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士」1巻発売から丁度三年目なので更新します。
皆様の応援のお陰でここまでやってこれました。有難うございます。
色々と遅延しておりますが、年末再開予定ですのでよろしくお願いします。
コミカライズの方も再開しておりますので、お読み頂けますと嬉しいです。
また、カクヨムでも掲載している「貞操逆転世界のオタサーの王子様」が
ファンタジア文庫様より9/20発売予定となりました。
気が向かれましたら、こちらもよろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16818093081766808939
ではでは
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