第62話 矜持

儀式は終わった。

私のゲッシュの儀式、そして領主騎士達のリーゼンロッテ女王への誓いの儀式。

二つの儀式が終わり、今は全員赤い絨毯の上から去り、元の場所へと戻っている。

なのだが。


「さて、貴卿らの決意はよく判った。ポリドロ卿の決意も。少なくとも、遊牧民に対し一丸となって戦いに備えるのは私の本意である。トクトア・カンが来ようとも来なくともな。無駄にはなるまい」


リーゼンロッテ女王が、自身の意見を述べる。

なのであるが。


「今考えたのだが。法衣貴族の正騎士団である武官達による現在のシステムを、軍権を預けてくれたからとはいっても、そのまま適用するのは難しい。法衣貴族に従う事をそのまま良しとする領民も少ないであろう。よって、この件については後々よく話し合う事にしよう」


私の行動は無駄には終わらず、結果を見せた。

なのであろうが。


「だから、なんだ。その、ファウスト・フォン・ポリドロ卿」


判ってる。

判ってはいるのだが。


「そろそろ、泣き止め」


優し気な声が、リーゼンロッテ女王から投げかけられた。

どうしても涙が止まらぬのだ。

私は愚かだ。

アンハルトの何処にも味方はいないと考えていた。

私がやらねばと、私自らを追い込んでいた。

ただ暴走の果てに、終わりを告げるだけかとすら思い込んでいたのだ。

だが、ヴィレンドルフ戦役で救った領主騎士達は朋輩として、この私を以前から認めてくれており。

戦友であるアスターテ公爵とアナスタシア第一王女も、最後には私のこの暴走を妨げず、味方してくれたのだ。

私は幸せ者で、同時に愚か者だ。


「失礼しました。もうすぐ、もうすぐ泣き止むと思います。もうしばらくお待ちを」

「そうしてやりたいのだがな」


リーゼンロッテ女王はクスクスと優しく笑う。

同様に、領主騎士達からも笑い声が漏れた。

侮辱的なそれではない。

むしろ、微笑まし気に聞こえるそれであった。

初めて感じる、アンハルトの貴族達からの温かい感情であった。


「何分、時間がない。遊牧民に当たっては、誰もが皆もお前の意見に承知したのだ。皆も暇ではない。いい加減、本来の論功行賞の話に移らせてもらうぞ」

「は、申し訳ありません」


私は頭を下げる。

騎士見習いとして私を補佐するマルティナが、横からハンカチを差し出してくれた。

それで頬と目を拭う。


「では、論功行賞を始めるとしよう。ヴィレンドルフとの和平交渉、無事成立見事であった。今までの功績としては、ヴィレンドルフ戦役、そしてカロリーヌの反逆におけるヴァリエールの初陣でも、金銭を与えて来た」

「お陰様で、領民に減税を施す事が出来ました」


ちゃんと報酬金を払ってくれた事には感謝している。

まあ仕事としてはクソだったが。

その仕事内容としては、ブラックそのものであったからな。


「そして、今回の和平交渉前にあたっては貴卿が今着用しているフリューテッドアーマーを、アナスタシアが下賜した。見栄えの良い鎧が必要と思ったのでな。ヴィレンドルフでは鎧こそ騎士の礼服であるからな」

「この鎧は見事な物であります。ヴィレンドルフでも役に立ちました」


すでにヴィレンドルフでの一騎討ちにて実用に供したが、軽くて動きも制限されない。

火器であるマスケット銃の一撃にも容易に耐えうるであろう。

見事な品である。


「もちろん、今回の和平交渉が成立した暁には、多額の報酬金を事前に約束していたな。それも払おう。だが、それだけでは少し足らぬ。そう思ってはいないか?」

「は?」


思ってないけど。

全然思ってない。

領民300人ぽっちの小さな地方領主だ。

爵位を上げられたところで、それなりの格式を整えねばならず迷惑なだけだし、法衣貴族と違って爵位が上がったところで給金が増えるわけでもない。

領主にとっての給金とは、その領土から得られる税のみである。

土地は欲しいが、ポリドロ領の近隣は地方領主の土地であり、王領ではない。

それを切り取って貰えるわけはなく、また飛び地を頂いたところで代官を派遣せねばならず、これまた面倒臭い。

良い事は何も無いのだ。

色々とリーゼンロッテ女王の意図を探るべく、脳を回転させる。

なれば。

ひょっとして。

ひょっとしたらだが。


「少なくとも王家はポリドロ卿の功績には報酬が足らぬと。そう思っているし、同時に他の領主騎士も同様に、不満を抱いていよう。だから、ポリドロ卿には金銭以外にも別な報酬を用意してある。要するに、未だ独り身を貫いている貴卿に嫁を用意しようと言うのだ」


嫁か。

嫁がもらえるのか。

私は赤い絨毯の上で転がっていたザビーネ。

そのロケットオッパイの持ち主が、第二王女親衛隊にズルズルと足を引っ張られて壁の端に転がされているのを見遣る。

自分でやった事とは言え、床に叩きつけるのはやりすぎたか。

まあともあれ、そんなザビーネの亡骸もどきを横目に、少し残念に思う。

ザビーネよ。

ロケットオッパイよ。

さらばだ。

お前のロケットオッパイは私人としての私の心を揺るがせたが、頭がチンパンジーすぎてポリドロ領の嫁としてはちょっとアレかな、と公人の立場としては思うのだ。

だから、さよならだ。

グッバイ、アディオス。

お前のロケットオッパイは、今後ともさりげなく凝視するだけに留めたいと思う。

そんな事を考えている間にも、リーゼンロッテ女王の言葉は続く。


「つまり、血統だな。貴卿の今までの功績に相応しい嫁を用意しているのだ」


来た。

来たぞ。

今までアンハルト王国にてモテないこと22年、前世の童貞歴と合わせればそろそろ40年。

そんな私にも、童貞を捨てるチャンスが巡って来たのだ。

ふっ、とヴィレンドルフのカタリナ女王の顔が頭によぎり、ファーストキスの感触が唇に蘇るが。

それはそれ、これはこれ。

私はポリドロ領の領主騎士として、貴種の務めとして跡継ぎを作らなければならない。

つまり、私は自分の領地を手を取り合って統治し、軍役には共に立ち向かう。

そんな嫁を与えられる機会がついに訪れたのだ。

横にいるヴァリエール様を見る。

壁の端に転がされ、亡骸もどきになっているザビーネの事が先ほどまで気になっていたようであるが。

今は何故か少々顔を赤らめ、下を向いている。

思えば、長い道のりであった。

このアンハルトでは身長200cm、体重130kgを超える巨躯から全然モテぬ身の上であり。

第二王女相談役となったはいいが、ヴァリエール様には「自分が用意できる嫁の当てなんて無い」と断られ。

嫌々巻き込まれたヴィレンドルフ戦役では、アナスタシア第一王女に最前線に放り込まれ。

爆乳のアスターテ公爵には、その巨乳を腕に押し付けられ猥談を耳元で囁かれ。

貞操帯の下の息子自身であるチンコが、凄く痛いねんと苦痛を訴える毎日。

そして王家は王家で、プライベートの場では肉体美を自慢したいのかシルクのヴェール一枚だけを身に纏い、32歳未亡人の巨乳やら、16歳爬虫類系眼光美人の美乳やらが誘惑してくる毎日。

チンコ痛いねん。

それも終わる。

今日でそれも終わるのだ。

やったね息子、明日はホームランだ。

なんかテンションが狂っているが、それくらい嬉しいのだ。

これで、この長き苦痛の日々が終わるのだ。

さあ、リーゼンロッテ女王よ、嫁の紹介を。


「ファウスト・フォン・ポリドロ卿には我が次女にして第二王女、ゲオルク・ヴァリエール・フォン・アンハルトを嫁として与える」


一瞬、頭の回転が停止した。

横を見る。

私の横では、身長140cmにも満たない小柄の赤毛14歳貧乳ロリータ美少女が顔を赤らめていた。

その視線はずっと下を向いている。

ちょっと待て。

ちょっと待てや。


「もちろん、王位継承権は喪失し、降嫁してポリドロ卿の名を今後は引き継ぐことになる。皆、今後ともよろしく頼むぞ!! もちろん、その血筋に不満は無いなポリドロ卿」


不満だらけだわボケ。

何が悲しゅうて14歳貧乳ロリータ美少女を嫁にせねばならぬ。

私は巨乳が欲しいのだ。

オッパイ星人なのだ。


「やはり、ヴァリエール様が降嫁されることになりますか」

「これは良い縁談ですな。ポリドロ卿には名誉ある血統を与えられるべきであります」


領主騎士と法衣貴族がお互いに囁きながら、勝手な事を云う。

待てや。

くどいようだが、私はオッパイ星人なのだ。


「ファウスト・フォン・ポリドロ。思えばお前の母、先代ポリドロ卿であるマリアンヌには辛い思いをさせたな。お前という救国の英傑たる超人を育てながら、今まで狂人であるかのような扱いを受けていた。その汚名も王家の血を取り込むことによって、払拭されるであろう」


いや、確かにそれはいつか払拭したいと思っていたよ。

マリアンヌは、私の心の中では何にも代えがたい最愛の母である。

私と領民だけがそれを理解していれば良いとは考えていたが、同時にその世間からの狂人としての汚名を払拭したいという思いもあった。

だが、こんな形ではない。

私はそっと、横のヴァリエール様の様子を見る。

やはり顔を赤らめて、下を向いていた。


「もちろん、嫌とは言うまいな。ヴァリエールよ」


リーゼンロッテ女王の言葉。

断れや盆暗貧乳ロリータ!

いや、盆暗はさすがに脳内とはいえ言い過ぎた。

ヴァリエール様は盆暗ではない、凡才である。

ただの凡才たる赤毛貧乳ロリータである。


「はい、お受けいたします」


なんで断らへんねん。

お前貧乳ロリータやろうが!

オッパイ星人とは決して相容れぬ仲であろうが!

何故そんな単純にして厳然たる事実がわからぬ!!

ロリコン相手にしてろこのメスガキが!!

いや、メスガキはさすがに脳内とはいえ言い過ぎた。

ヴァリエール様には何の罪も無いのだ。

ただ、私を平和で楽な軍役だよとヴィレンドルフ国境線上の砦の警備に回して、ヴィレンドルフ戦役という地獄に巻き込ませたり。

楽な山賊退治のはずの初陣では、何故だか地方領主の反逆という戦線が拡張する事態に巻き込まれたり。

よく考えれば私は横にいるこのロリータのせいで、随分と酷い目に遭っている。

ヴァリエール様の意思と無関係であるとは知っているが、酷い目には合っているぞ。

そうだ、私はオッパイ星人なのだ。

トクトア・カンは攻めてくるだろう。

あの遊牧民族国家は7年以内にきっと襲い掛かってくる。

それは前世の知識により確信しているが。

もし攻めてこなかった場合はどうする。

私の死ぬまで7年の性生活は、ロリータと共に終えるのか。

嫌だ。

許されるべきではない。

許されていいはずがない!

神は死んだのか!

いや、さっきゲッシュで神の存在を知覚したばかりだけどさ!!


「では、ファウスト・フォン・ポリドロよ。もはや形ばかりとなるが尋ねよう。我が娘、ゲオルク・ヴァリエール・フォン・アンハルトを。ゲオルク・ヴァリエール・フォン・ポリドロとして領地に迎え入れるか」


リーゼンロッテ女王の言葉が、私に下される。

ちょっと待て。

少しでいい、時間をくれ。

シンキング・タイムの時間だ。

スイッチング・ウィンバック。

追い込まれた時には自分なりの儀式を行い、スイッチを切り替えるように精神を回復させるのだ。

私なりのスイッチング・ウィンバックはオッパイである。

この時考えたのは、必然的にリーゼンロッテ女王のシルクヴェール一枚越しの裸体であり、その巨乳であった。

自然、勃起はする。

チンコ痛いねん。

貞操帯の下に眠る、息子の痛みにより私は正気に戻った。


「あまりに身分が違い過ぎます。私は領民300名を養うのが精々の小領主です」


私は冷静な口調で呟いた。

我ながら、完璧な回答であったと思う。

だが、リーゼンロッテ女王はそれに怯まない。


「ヴィレンドルフ戦役の英傑にして、そして和平交渉をこなした騎士なのだ。女王である私が認めるのだ。誰にも有無は言わさない。受け入れよ」


反論すらさせないつもりかよ。

駄目だ、この場において断る事は許されん。

何か、何か反論方法は無いか。

少なくとも、14歳ロリータを嫁に娶る事は許されない。

オッパイ星人としての矜持がそれを許さない。

我々は互いに相容れない存在であり、その境域を冒す事は断じて許されないのだ。

それはロリータとオッパイ星人が約束した、たった一つのゲッシュであったはずだ。

神に誓わずとも守られる誓約であるはずなのだ。

こんな事許されていいはずがない。

私は考え、そして脳裏をフルスロットルで回転させ、そこから導き出された言葉を口に出した。


「入りません」

「何?」


リーゼンロッテ女王が怪訝な声をあげる。

よく聞こえなかったのだろうか。

私はもう一度呟く。


「だから、入りませんと言ったのです」

「それは聞こえた。だから、何がだ」


聞こえてるなら、何度も言わせるな。

そういった表情で、私は再度、より詳細にして曖昧に呟いた。


「その……私の下半身の大事なところが、ヴァリエール様の大事なところにはとても入らないだろうと言ったのです」


酷く曖昧であった。

だが意味は通じた。

リーゼンロッテ女王は英明である。

ゆえに、優しく答えた。


「ファウスト・フォン・ポリドロ卿よ。お前は未だ純潔ゆえ知らぬのも仕方ないが、女の器官というものは意外に柔軟でな。いくらお前のその下半身の大事なところが、その巨躯に見合う代物であろうとも」

「未だ未成熟な体つきであるヴァリエール様のお腹がボコォと、膨らむような音を立ててもいいと仰るのですか。私の代物は、尋常なる大きさではありませぬ」


私はあくまでも冷静に務め、答えることにした。

リーゼンロッテ女王は一旦停止し、キョロキョロと視線を彷徨わせ、次の言葉を出しあぐねた。

そして周囲の貴族達、女性陣は顔を赤らめながらザワザワと騒ぎ出し、私を指さしながら何やら騒ぎ始めた。

この世界では、そう、この頭おかしい世界では、私の下半身の大事なところの大きさは非常に強烈なセックスアピールである。

実はあの人、地味だけど超物凄いオッパイさんだったんだよと例えるべきか。

サラシで隠してたけど、下には巨乳があったというべきか。

ゆえに、女性は顔を赤らめる。

そして男性たる私は、前世の価値観ゆえ全く恥ずかしく等ないが、この世界の常識的には自分のサイズを告白させられ、辱めを受けている状態である。

故に。

この場たった一人の男である私を除き、誰もが顔を赤らめてざわめく。

そして会議は踊る、されど会議は進まず、話は空転する事となった。

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