第34話 かくしごと

「いつまで」


ヴァリエール第二王女は、目の前の光景に呟いた。

鳴り響く剣戟音。


「いつまで続くの? これ」

「知りませぬ」

「いや、ファウストが原因なんでしょうが」


ファウストは私の問いに、すげなく答えた。

今、目の前で争っている騎士二名。

それにファウストは混じっていない。

今、目の前の騎士二人が争っている原因はファウストだが。

ファウスト・フォン・ポリドロに挑む一騎討ちの権利。

それを争って、目の前の騎士は争っているのだ。


「いい加減引け! 地方領主風情が! お前などポリドロ卿に挑むには地力が足らん!!」

「法衣貴族の、アンハルトのようなモヤシ騎士が。領地の全てを背負い、軍役を積んだ私に敵うとでも思うたか!!」


アンハルトのモヤシとか言われてるし。

いや、お前等に言われたら、アンハルトはモヤシ呼ばわりでも仕方ないわ。

私達は代わりに、お前等の事を蛮族って言うけど。

そろそろ飽きたのか、ファウストが二人に近づく。


「もう宜しいか? 互いに数十合斬り結んだが、刃引きの剣ではやはり決着がつかぬようだ。面倒なのでお二人とも、一騎討ちのお相手をしよう」


結局、そうなるのか。

ファウストが叩きのめした方が早い。

早いのだが。


「ポリドロ卿がそう仰るならば。但し、この女が一合で叩きのめされ、ヴィレンドルフの恥を晒すかと思うと」

「当方にも異論無し。この女が、ポリドロ卿の一騎討ち相手に相応しいとは到底思えませんが」

「ぬかせ」


ヴィレンドルフ騎士、二人の口喧嘩がまた始まる。

さっさとブチのめしてしまえ、ファウスト。

もういっそのこと、二人纏めて相手にしてもいいぞ。

私は溜息をつく。

国境線での、全身鎧の精鋭6名の騎士相手に、ファウストは余裕をもって立ち回った。

慣れないフリューテッドアーマー姿ゆえか、数合は身体を剣で打たれたが、その身体にはダメージが及ばない。

魔術刻印入りの鎧を着用しているとはいえ、痛いはずなのだが。

その巨躯は容易くダメージを跳ね除けてしまう。

どの勝負も、数分の内に終えてしまった。

国境線の指揮官が感服し、やはり貴方は今更言葉にするまでも無いが英傑だった。

そう述べ、私達一行を王都へと先導。

してくれてはいるのだが。

その道程の中で、一騎討ちをどいつもこいつも挑んでくるのだ。

ファウストはそれを一切断らない。

私に告げた口上通り、正々堂々それを受けて立つのだ。

直轄領の代官、地方領地の領主、諸侯領、その領地の大小に関わらず、その土地を代表する全ての騎士と、選抜された騎士。

それに加えて、王都では一騎討ちを申し込む暇も無かろうと、態々近郊の地方領まで出向いてくる王都の武官達。

そう、もうすぐ終わる。

この騒がしい一騎討ちの申し込みもようやく終わるのだ。

この街を抜ければ、もうすぐ王都だ。


「ヴァリエール様、ファウスト様の心配はなさらないのですか。一応聞きますが」

「一応答えとくわ。必要あるの?」


騎士見習い。

ファウストの従士、マルティナ・フォン・ボーセルの発言。

それに返事をする。

今まで何戦したと思っている。

97戦だぞ、97戦97勝。

目の前の二人で、99戦99勝となる。

ああ、いっそ100戦100勝とキリ良くならないのが残念だ。

もっとも、ファウスト本人は一々数も数えていないだろうが。

別に相手を見下しているわけではない。

そういう性格なのだ。

一々、キルスコアや一騎討ちでの勝利数など数えていないのだ。

勝って当然。

その結果は、向こうから訪れて当たり前の物。

そのように受け止めている。

ヴィレンドルフの各領地では、一騎討ちの様子を克明に記していたが。

アレが伝説となり、ファウストと一騎討ちを果たした相手の誉れとなるのであろうか。

英傑とはこのようなものだろうか。

凡人中の凡人たる私にはわからない。

一応、王宮でのスペアとしての高等教育も、最近ではアナスタシア姉さまからの指導も受けてはいるんだけど。

やはり凡人。

辿り着ける領域には限界がある。

私には理解の及ばない範疇だ。

まあよい。


「それでは、どちらからお相手を――ああ。結構です。また争いになっても面倒だ。こちらが決定を」


ファウストがグレートヘルムの接合具を嵌めながら、言葉を紡ぐ。

さっさと終わらせてしまえファウスト。

道中の、私の全ての心配は無用であった。

ファウストが負ける事など有りはしない。

きっと、ヴィレンドルフの女王、カタリナも自身の英傑はそのように考えていたんだろうなあと思う。

レッケンベルは負けたが。

ファウストという、この世の武の顕現に。

もっともファウスト曰く、レッケンベル騎士団長という英傑が居たのです。

私より強い女もこの世のどこかにきっといるでしょう。

ヴィレンドルフには残念ながら、もうおらぬでしょうが。

そう呟いていたが。

私には想像もつかない。

ヴァルハラのワルキューレに、生前から唾を付けられている連中の考えは理解できない。


「それでは正々堂々、勝負と参りましょうか」

「我が領地、その領民、全ての誇りを賭けて貴方に挑む」


最初の相手は地方領主と決定したか。

まあ良い。

ぶちのめされる順番が後か先かだけだ。

その決闘風景は見るまでもない。

お慰みの数合の打ち合いの元に、相手にファウストの膂力を理解させ。

背中から落とすように投げ飛ばして、首に刃引きの剣を当てて終わりか。

そのまま押し倒し、やはり首に刃引きの剣を当ててKO。

ファウストなりの気遣いだ。

ファウストの膂力を以ってすれば、一発KOも可能であろうに。

私は再び悩む。

ファウストの行動ではない。

ファウストは、相手の名誉を立てて一騎討ちに臨んでいる。

それは手加減であるが、手加減と呼ぶべきではないだろう。

そこは悩まない。

では、何に悩んでいるかというと。


「カタリナ女王の、心の斬り方ねえ」


それだ。

こんな一騎討ち、積み重ねても何の意味もない。

ヴィレンドルフの騎士達の心証は良くなるだろうが。

和平交渉の結論は全て、ヴィレンドルフの女王であるカタリナが為す。

考えろヴァリエール。

私が正使として、ただのお飾りで来たのはわかっている。

事実、このヴィレンドルフの誰にも相手にされていない。

私は、ただのお飾りだ。

だが、それで終わってしまえば、余りにもファウストに申し訳ない。

この交渉が成功すれば、親衛隊の階位も上げてくれるとお母様が、リーゼンロッテ女王が約束してくれてるのだ。

せめて、その働き分はせねばならない。


「マルティナ、カタリナ女王の和平交渉なんだけどね」

「はい」


私は迷わず、9歳児の力を借りることを選んだ。

ええい、批難する事なかれ。

私は凡人なのだ。

人様の力を借りて何が悪い。

そう心で、どこかから聞こえる批難の声を無視する。


「お母様が仰った台詞なんだけどね、和平交渉を成立させるためには、カタリナ女王の心を斬れ、だってさ。マルティナはどう思う?」

「事前に、ファウスト様がカタリナ女王の事を調べ、その資料集めを私も手伝わされました」


マルティナは、事情をわきまえているようだ。


「王都に与えられた下屋敷にて、ヴィレンドルフからやってきた吟遊詩人からカタリナ女王の英傑詩を聞いたり。レッケンベル騎士団長とのエピソードを聞いたり。交渉役の官僚貴族のそれから、少しでもヴィレンドルフ側から入手した情報を集めたり、まあ、正直」


マルティナは語る。

ファウストも、水面下で色々動いてくれていたようだ。

が。


「何の成果も得られませんでした」


それが答えだろう。

私もそうだった。

お母様、リーゼンロッテ女王の知能を以ってしても、抽象的な事。

カタリナ女王の心を斬れ。

それしか言えず、その心の斬り方は教えてくれなかった。

冷血女王。

感情など知らず、ただ淡々と理屈の上に政務をこなし、それゆえ有能である。

人でなしのカタリナ。

その忌み名すら持つ、ヴィレンドルフの女王。

別に嫌われているわけではない。

ただ、余りにも血が通っていない。

有能さは国中の誰もが認めている。

ヴィレンドルフの価値観を尊重してくれてはいるが、それを心から理解してくれるわけではない。

その、僅かな反感から、騎士達からの蔑みがあるのだ。

2年前まではその反感の全てを跳ね返す、レッケンベル騎士団長が居たのだが。

今は、いない。


「ただ、ファウスト様は、少しばかり、ほんの少しばかりですが、得心したようでした」

「カタリナ女王の心の斬り方が判ったと?」

「いえ、さすがに」


マルティナは首を振る。

まあ、さすがに判らないか。


「ねえ、私に何か役に立てることはないのかしら」


尋ねてみる。

9歳児にそれを尋ねることになるとは。

だが、今、目の前でファウストが闘っている以上。

この子がファウストの代理である。

そしてこの子は聡い。

恥を捨て、聞いてみるのも悪くはあるまい。


「お飾りの正使では不服ですか?」

「不服ね」


正直に答える。

せめて、何か役に立ちたい。

お飾りとはいえ、せめて一助は為したい。

カタリナ女王の心を斬る剣の、一研ぎくらいにはなりたいのだ。

そんな事を考える。


「では、ですよ。もしファウスト様が後で、その、何ですか」

「後で?」


何か言いあぐねたように、マルティナが呟く。


「後で、リーゼンロッテ女王陛下に無茶苦茶怒られる事になった時、一緒に謝ってもらえますか」

「うん?」


マルティナの言わんとする事が判らない。

ファウスト、何か怒られるような事をしたのか。

ああ、いいや。

聞いてみよう。


「ファウスト、何か怒られるような事したの」

「しました。話を聞くに、リーゼンロッテ女王陛下は酷くお怒りでしょう」


それがファウスト様には理解できていないようで。

いや、悪くはない手なのか。

その行為だからこそ意味があるのか。

いや、しかし、だからといって。

堂々巡り。

そんな思考らしきものを繰り返しているように、マルティナが独り言を呟く。

酷く、気になる。


「内容、教えてくれない? 謝るのはいいわ。第二王女親衛隊が馬鹿やらかすから、お母様に謝るのは慣れてるし。でも、こっちにだって心構えが必要なのよ」

「それは御教えできませぬ」


マルティナが首を振る。


「それは何故?」

「ヴィレンドルフ王の間、騎士達が立ち並んだ満座の席でのヴァリエール様のリアクションを含めてが、カタリナ女王への贈答品だからでございます」

「何を言っているのか、正直よく判らないけど」


私は、遠くで馬車に乗っているファウストの御用商人。

イングリット商会の長、イングリットの様子を眺める。


「あのイングリットという商人が、後生大事に守っている馬車の中に秘密があるの?」

「はい、アレがあります」

「アレ、ねえ……」


イングリット商会の警備兵。

それは交易品ではなく、その馬車のみをガチガチにガードしている。

たまにイングリットが緊張した様子で馬車の中に入り、なにか安心したような顔で出てくる。

一体、何を積んでいるのか。

何を隠しているのか。


「まあ、そういう話なら詳しく聞かないでおくわ。私は一緒に謝ればいいのね?」

「そうして頂けると、とても助かります」


マルティナは、ふう、と少しため息を吐いた。

そして、前をまっすぐ見る。

剣戟音が終わり、鎧同士がぶつかり合う音。

勝負がついたか。

ファウストが、相手の領主騎士を押し倒していた。

その首にはしっかりと刃引きの剣が当たっている。


「98戦、98勝。ファウスト・フォン・ポリドロの勝利!!」


私達を案内してくれている国境指揮官が、勝利の声を挙げた。


「貴方は決して弱く無かった。ですが、私の方が強かった」

「慰めなどいらんよ。手加減されてたことぐらいは判るさ」


ファウストが、相手に慰めの声を掛けるが、敵は喜びの声で答えた。


「無理はない。やはり貴方は英傑だった。レッケンベル騎士団長が負けるのも無理は無かったのだ」


そして、何かに納得したかのように、何かに惜別の念を送るかのようにして、レッケンベル騎士団長の死を受け入れた。

ファウストに負けた誰もが、同じことを言う。

これは彼女達にとって儀式なのだ。

レッケンベル騎士団長への追悼儀式。

98回も繰り返されると、凡人の私でもそれがよく判る。


「手を」

「ああ」


ファウストが領主の手をしっかりと握り、身体を起こさせる。

アンハルトとヴィレンドルフ。

敵同士ではあるが、そこには確かに騎士としての誉れがあった。

それにしてもだ。

やはり、何もできないのは情けない。

だから、せめて私はマルティナに頼まれた通りの事をこなそう。


「頼んだわよ、ファウスト」


私は凡人だ。

やはり、カタリナ女王を相手に回すと、相談役のファウストに頼る事しかできない。

私はファウスト・フォン・ポリドロの99戦目の一騎討ちが始まるのを眺めながら、この男がカタリナ女王の心を斬れることを静かに祈った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る