第2話 第二王女相談役

そもそもの失敗は、二年前に第二王女ヴァリエールの相談役になったことなのだ。

私は過去を想う。

――貴方、私の相談役になりなさい。

母が亡くなり、代替わりの挨拶に出向いた王都にて。

女王リーゼンロッテへの謁見、その順番待ちを三か月食らっている中で。

――待ち止めを食らうのは、辺境騎士故仕方ない。

そう納得と諦めの中、都合した資金に頭を悩ませつつも王都の貧乏宿で日々を過ごしている中で。

私は、第二王女ヴァリエールとその親衛隊に出会った。


「貴方、私の相談役になりなさい」

「はあ」


ポリポリと頭を掻きながら、その当時12歳。

わざわざ貧乏街の安宿まで親衛隊を引き連れて出向いてきた、ヴァリエール・フォン・アンハルト第二王女殿下の命令を聞く。


「何よ、その態度は。私の相談役にしてあげるっていうのよ」

「何よ、と言われましてもねえ」


こちとら20歳である。

母が亡くなるまで、その代替わりの座を譲らなかったため、引継ぎが遅れたのだ。

第二王女からの命令。

立場的に断りにくいと知っていても、言い返したくはなる。


「それで、私のメリットは何かあるんですかねえ」

「……」


黙り込むヴァリエール第二王女。

先ほど断りにくい、とは言ったが。

断れないわけではない。

我がポリドロ領はあくまでも虫の一匹も残らず我が領地の物である。

選帝侯――ここは地球ではないので神聖ローマ帝国ではないが。

帝国の君主に対する選挙権を有する、有力な領主であるリーゼンロッテ女王。

その領地に守られるような辺境にポツンとあるポリドロ領。

私ことポリドロ卿は、契約を為す事でポリドロ領の安全の保障をされている。

すなわち、我が領土を保護するかわりにリーゼンロッテ女王に忠誠を誓い、軍役の義務を果たす事だ。

――私、ポリドロ卿は今年も軍役を果たした。

取るに足らない20匹ばかりの山賊を嬲り殺しにする事であったがな。

ああ、勿体ない。

そう思いながら、何人の美女の首を、この祖先から伝わる魔法のグレートソードで跳ね飛ばした事か。

いや、そんな事よりも――


「今週中にはお母様への謁見を済ませてあげるわ」

「その程度じゃ足りません。ついでに言えば――」


私の力量も足りません。

そう付け加える。


「何故私を相談役などに? 僅か領民300にも満たない辺境の地の領主騎士ですよ、私は」

「……」


姫君は答えない。

代わりに、私の腰にぶら下がっているグレートソードを指さした。


「貴方、その剣で何人の首を刎ねた?」

「さあ、100から先は数えていません」


病気の母の代わりに軍役を務めるようになり、もう5年が経つ。

全てくだらない山賊退治ではあったが、中には騎士崩れの強い奴もいた。

だが、私の力には敵わん。

自画自賛するようだが、これでも剣の腕は王都でも上位だろう。

――推測になってしまうのは、王都の剣術大会には男性に参加資格が無い為であるが。

どこまでも貞操逆転世界観が、私の身には付きまとう。


「使える手駒に、先に唾を付けておく。それって悪い事じゃないでしょう?」

「それは光栄です。ですが、私にメリットが無い」

「今後の軍役の際、私の――第二王女の歳費から、僅かばかりながら軍資金を用意しましょう」


――金か。

悪くはない提案だ。

兵士、つまるところ領民を動かすにも、金は付きまとう。

領民を動かせば動かしただけ税収は減るのだ。

山賊退治の間、領内の働き手が少なくなる意味でも、動員者には少しくらいは小遣い銭を与えてやらねばならぬ意味でも。


「ついでに、その軍役には選択権も。戦場先ぐらいは選ばせてあげられるわ」

「要するに、今後は山賊団のケツを追い回さず、やる気の無い敵国との睨み合いで軍役を全うしたと言ってのけられると」


悪くない話だ。

尤も、緊急時には逆に第二王女相談役の騎士として最前線に駆り出されるのだろうが。

それは仕方ない。

緊急の際は、どうせ最前線に駆り出される。

取るに足らない、辺境領主なんぞ立場は弱いしな。

ふむ。

そう悪くない話ではある。

正直、王宮になんぞ興味は無い。

我が領地ポリドロさえ安泰であればそれでよい。

この眼前の第二王女ヴァリエールは、英明と謳われる第一王女アナスタシアに小競り合いをすることすらできまい。

一度会ったが、あれは文字通り格が違う生き物だ。

確かまだ14だったか。

王族としてのオーラを放ちながら、強力な親衛隊を引き連れて市街を歩くアナスタシア姫。

あれで14歳。

とても信じられん。

フリューテッドアーマーを着こなし、そのハルバードを用いて、すでに罪人の斬首も行っていると聞いた。

さすがに初陣はまだらしいが。

――話がそれた。

今は眼前の第二王女ヴァリエールの提案を考慮する。

外観はただの生意気そうなメスガキだ。

12歳にしては頭は回る方だが。

うん。

この女が、王宮内の権力闘争に私を巻き込む事はあるまい。

何せ、その力量が無い。

私は応諾する。


「良いでしょう。ヴァリエール姫様の相談役となりましょう」

「助かるわ。それでは」


ヴァリエール姫が手を差し出す。

私は膝をつき、その手にキスをした。

これは彼女との契約だ。










「完全な失敗だったんだよなあ」


一年目からして良くなかった。

軍役が、山賊退治から敵国ヴィレンドルフ相手の睨み合いに切り替わり。

僅か20名ばかりの領民を率いて、砦を守っていればそれでよかった。

だが、その年に戦争が起きた。

ここ20年も戦が無かったというのに、突如ヴィレンドルフが攻め込んで来たのだ。

当然、私は戦に巻き込まれることになる。

アナスタシア第一王女とその親衛隊と、その相談役たるアスターテ公爵の軍を合わせ僅か550の兵で、1000に近いヴィレンドルフの蛮族ども相手に戦が始まった。

私もアナスタシア第一王女の指揮下に加わり――そして最前線送りとなった。

必死であった。

童貞のまま死にたくなかった。

神は何故こんな頭のおかしい世界に私を送り込んだのか。

憎くて憎くて仕方なかった。

そして――勃起した。

だが、金属製の貞操帯に、勃起は差し止められる。


「チンコが痛いんや」


生存本能であった。

死にとうない。

童貞のまま死にとうない。

私は前世でも童貞だったんだぞ。

それだけである。

童貞のまま、死にとうないんや。

私は祖先から伝わる魔法のグレートソードを引き抜き、愛馬のフリューゲルの腹を蹴る。


「我が名はファウスト・フォン・ポリドロ。我こそはと思う者はかかってこい!! 闘ってやる!!」


一人目の首を取るのは容易であった。

まさか戦場に男が――男娼以外がいるとは思いもよらなかったらしい。

私の声に動揺したその一瞬のすきに、首を跳ね飛ばす。

またフリューゲルの腹を蹴る。

私は騎士数十名に守られた敵騎士団長目掛けて、人馬一体となって駆け出す。


「勃起!!」


私は卑猥な言葉を口走った。

戦場での錯乱である。

そして今の現状である。

チンコが痛いんや。

二人目、三人目を、言葉と同時に切り捨てる。


「ヴィレンドルフ騎士団長、私と一騎打ちせよ!!」


相手は応じず、四人目が槍を打ち込んで来た。

グレートソードで槍の穂先を切り落とし、四人目の胴を薙ぎ払う。

チェインメイルなんぞ、魔法が付加されたグレートソード相手にはバターも同然よ。

嗚呼――

チンコが痛い。

その思考とは別に、迫ってくる五人の騎士。

一対一では相手をし切れないと考えたのか、それとも私をチンコ奴隷として捕縛するためか。

――おそらく後者だな。

私はチンコ奴隷になる気はない。

ハーレムは歓迎だが。

衛生観念もロクにない連中に犯されて、梅毒にかかって鼻がもげて死ぬのは御免だ。

私はグレートソードを握っていない左手を振り、合図を出した。

――クロスボウ。

クロスボウから放たれた弓矢が、五人の騎士に突き刺さる。

我が領地はお高いクロスボウを五本も所有しているのだ。

教会は使うの止めろと一々五月蠅いが、知った事か。

私の勝手だ。

命以上に大事な物などない。

そして私のチンコも大事である。

勃起。

ああ、チンコが痛い。

そうして私はチンコを痛めながらも、相手の騎士団長の元まで辿り着く。

私はグレートソードを掲げ、大きく叫んだ。


「ヴィレンドルフ騎士団長、一騎打ちを申し込む!!」

「私にはレッケンベルという名があるぞ! 男勇者殿!!」


ヴィレンドルフの騎士団長は大きく叫んで答えた。

これは上手くいった。

その確信を持ち、私はグレートソードを静かに斜めに下ろす。


「ではレッケンベル殿! いざ勝負!!」

「いいだろう。だが一つ約束しろ」

「何か!」


レッケンベルは一度大きく息を吸い込み、そして叫んだ。


「私が勝利した場合、お前は私の第二夫人になる!! どうだ!!」


ヴィレンドルフ――蛮族特有の価値観。

強き男にはそれだけの価値が有る。

これが我が国――アンハルト王国ならむしろ嫌われるのだが。

基本、我が国は虫唾が走るような、なよなよした男が好まれる。

ヴィレンドルフに産まれりゃよかった。


「承知した。私に勝利したならば夫にでも何にでもなってやろう!!」


いっそ負けようかなあ。

扱い悪くないだろうし。

相手兜被ってないからわかるけど、ちょっと年増といえ美人さんだし。

鎧着てるから分かんないけど、おっぱい大きそうだし。

チンコ痛い。


「でも、負けるわけにはいかないんだよなあ」


小さく呟く。

責任がある。

私は地球から転生した異世界人ではあるが、この世界に産んでくれた我が母の一粒種として。

我が領地ポリドロの領主として。

ポリドロ卿としての責任があるのだ。

僅か300人の領民といえど、路頭に迷わせるわけにはいかない。

だから――死んでもらうぞレッケンベル。

私は斜めに構えたグレートソードをそのままに、レッケンベル騎士団長に向けて突撃した。

勝敗の結果は、言うまでも無かろう。

私は今現在も生きているのだから。








「――失敗だった」


ヴァリエール第二王女の相談役になったのは明らかに失敗であった。

私はただ呟く。

王宮の一室――先ほどまでリーゼンロッテ女王達と話し合っていた場所を後にし。

王宮内の庭で、相談の結果が――いや、先は見えている。

結局は、今年の軍役として山賊退治に駆り出される事になるだろう。

私はよく整えられた庭先の、花の匂いを僅かに嗅ぎながら。

さっさと自家発電。

要するに、さっきまで脳裏に焼き付いたリーゼンロッテ女王のヴェール一つ越しの裸体をオカズに。

チンコを、我が息子を慰めるべく、宿に帰る事ばかりを考えていたのだが。

庭のガーデンテーブルでお茶を飲んでいたメイド――ではない。

侍女ならぬ侍童というべきか、そんな、なよなよした男の侮辱の言葉が聞こえた。


「アレがポリドロ卿? 筋骨隆々のおぞましい姿」

「野蛮な。先代のポリドロ卿は、子を孕めぬからヴィレンドルフから捨て子を拾ってきたのではないか?」


どうやら、そういうわけにもいかないようだ。

侮辱されてしまった。

私の事を。

つまり、我がポリドロ領全ての事を。

我が母を、祖先を、領民を、土地を、全てを馬鹿にした侮辱をした。

私のコメカミに、石金を打ち付けたような音が走る。

未だにチンコの痛みの余韻が残るまま、不機嫌な私を相手にした。

そんな愚かな――虫唾のはしる愚かな男達の、鼻の軟骨をへし折るべく、廊下から庭へと私は足を踏み下ろした。

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