ファイル23 謎解きは幕間のなかで

 ・・・幕間A・・・



 最初のきっかけは、あなたが私に恋をしたこと。


 でも、普通に告白したって、成功率は一パーセント未満。





 ・・・幕間B・・・



 果南と萌は変人だし、美彩もけっこうな変人だしね。


 利用するにはもってこいの人材よね。





 ・・・幕間C・・・



 愛里坂アイリは、結局のところあなたが作った虚構のキャラクター。


 そうそう。これって私が一番嫌いなトリック。


 もしこれがミステリー小説の落ちだったら、私はその小説を焚書にしてやるわ。


 まあ、でも、だからこそ私には盲点になって、まんまとあなた達に騙されたってことでしょうね。





 ・・・幕間D・・・



 それでね、その写真を見て、私はあなたとの血縁関係までも疑ってしまったの。


 だから……怖くなった。


 それで、私はあなたの告白の邪魔をした。


 ……悪かったとは思うわ。


 あとで……、まあ……、なにかお詫びはするわ。





 ・・・幕間E・・・



 そう。あの写真の少女の正体は――





 ・・・幕間F・・・



 勉強会で私に勉強を教えてたのと――、あと海でビキニをさらわれたときと、体育倉庫に閉じ込められたときが怪しいわね。


 いえ、さすがによくよく考えたら、あれはアイリっぽくないというか、凛っぽくないわよ。


 だから私はそこが怪しいと思ったわ。


 あと当然、文化祭初日に、私と店番をしていたときね。


 そのときなのよ、また写真の夫婦を見たのは。




 ・・・幕間G・・・



 あなたは戦々恐々としてたんじゃない?


 え? ああ、確かに、それなら私と付き合える可能性も出てくるって勇気が湧くか。





 ・・・幕間H・・・



 私は、彼女がいると嘘をついた。





 ・・・幕間I・・・



 いえ、私はそんなの意識していなかったのよ。





 ・・・幕間J・・・



 まとめると、こういうことよね。


 あなたは私を口説き落とすために愛里坂アイリという架空のキャラを作り出した。


 顔が同じでも、赤の他人だったら恋人にもなれるかもしれないから。


 ただ、一人で計画実行するとボロが出そうだったので、果南や萌の力を借りた。


 具体的には『五人で部活がしたい』、『駅でアイリに似た子を二人見た』という虚言を私に聞かせた。


 そして花火大会の日は、美彩の協力で、いかにも凛とアイリが二人いるように見せた。


 これをどうやったかと言えば、美彩が凛とそっくりだったので、普通に替え玉になっていただけだった。


 まあ、これは普通に考えれば、美彩は私の彼女なんだから、私にはすぐバレそうなトリックだったけど、普段の美彩は凛と髪型もメイクも違ったし、眼鏡をかけていたので、私は美彩と凛がそっくりだと気づかず、なんとかうまくいった。


 ただ、美彩が演じるアイリと、凛が演じるアイリがバラバラだと困るので、二人は入念な情報のやり取りをして、アイリというキャラを作り上げた。


 しかもそれの実践練習として、勉強会、海、体育倉庫、文化祭初日などでは美彩がアイリを演じていた。


 そして私が勝手にハマった落とし穴――幼少期の凛と思しき少女とその両親と思しき男女に関しては、美彩とその両親だった。


 そりゃあ美彩と凛はそっくりなんだから、幼少期も似てるわよね。


 私の見舞いで寝入っていたのも美彩だったわけね。


 けれど、その写真のせいで私はいらない疑念を抱き、凛の告白を邪魔してしまった。


 ――こんな感じかしら?





 ・・・本編・・・



 観覧車を降りても、まだ涙が止まりきらなかった凛を落ち着かせるためにも、私は、これまでの話を整理することにした。


 凛がどのようにしてアイリに変装していたか、それに協力していたのは誰か、どのように協力していたか、それに私はどう思っていたか、また凛の知らない間に何をしていたか。


 そんな話を三十分あまりした。


 そしてその間、私は凛を連れて、夜道の散歩をしていた。


 あまり人に聞かれたい話でもないし、今は凛と二人っきりになりたかったからだ。


 とはいえ、ここらへんは歩き慣れた住宅街とはいえ、治安が絶対的に良いというわけではない。


 なので私は、温かな凛の手を握り、自分のほうへ引き寄せる。


 ただ、それは、まるでなんだか恋人そのものみたいで、私はちょっと恥ずかしいなと思ったりしていたのだが、


「……でも、お姉ちゃん。私、やっぱり変だと思ってたんだけど――、お姉ちゃん、本当に私と美彩先輩が似ていることに気づかなかったの?」


 凛が、私の推理――もとい整理した話に疑問を挟んだ。


 だが、それは確かにもっともな話ではある。


 凛が仕掛けてきたトリックにおいて、凛と美彩の顔が同一というのは、ミステリー小説だったら最も巧妙に隠さなければならない事実であるが、二人ともそれに力を入れていない。


 ただ単に髪型、メイクを変えて、眼鏡をかけていただけで、それでは同一の顔だと見破ってくださいと言っているようなものだ。


 しかし、だというのに私は見破れなかったのだ。


 ならば凛もそうやって疑うのも頷ける。


 しかし、


「いいつだったか、あなたが――アイリが『鈴先輩はミステリーの読みすぎです』って言ってたけど、そそれはあなたもね。現実の人間は、そんなことも見破れなかったりするのよ。――そそれに、ほら、わ私が美彩と付き合っていたのは、私のとっさの嘘だったわけだし――、あなたと美彩が同じ顔だったなんて、思いもよらなかったわよ」


 私は現実を突きつける。


 そう。現実はミステリーとは違うのだ。


 ミステリーでは警察が事件の謎に悩んでばかりだが、現実では淡々とスムーズに事件解決をすることもある。


 そして私の場合は逆で、普通の人は絶対に悩まない場所で悩んでしまったわけだ。


 それに写真が――。


「お姉ちゃん、今、動揺したよね?」


「………………え?」


「……動揺、したよね?」


「……」


「……」


「……」


 私は歩みを止め――ないように、頑張って歩き続けた。


 ちょっと関節の動きが固くなったが、それでも歩き続けた。


 そして私は語る。


「なななななななななにを言っているのよ、凛は。わわわわ私がこんなところで動揺してなんになるっていうのよ。まままままままさか私が推理の中に嘘を混ぜたっていうの? ななななななななんのために? いいいいいいいや冗談はやめてよ。わわわわわわ私はもう自分に正直になるって決めたんだから。ねねねねねね、ねぇ?」


 バグったロボットになって、語った。


 顎の震えは止まらなかったが、私は語り続けた。


 ただ、隣の凛が、内向的な凛が、アイリのような屈託のない笑顔になって――、


「ふーん。そうですか。へえ……。いえいえ、私は鈴先輩のことを信用していますよ。ちゃんとさっき語った推理に嘘偽りがないということは信じていますよ。というか、トリックに関しては私が仕掛けたものですからね。鈴先輩が嘘つく必要なんてありませんしね。そうです、そうです。ただですね――」


 アイリはとても流暢に長台詞を語ると、


「美彩先輩と私が同じ顔っていうのに気づかなかった――っていうところに、何か秘密がありそうだなぁって私は感じているんですけど? なにか鈴先輩が恥ずかしがるようなことがあるんじゃないかなぁ、って私は思っちゃったんですけど?」


 アイリは、私の腕に、まるでベタベタな恋人のようにからみついてきた。


 しっかりと。


 逃さないとでも言うように。


 それに対し私は、


「ばばばばば馬鹿言わないで。わわわわわ私は、ほほほほほほ本当に美彩と凛が同じ顔だなんて気づかなかったわ。そそそそそそれは本当よ? そそそそそそれだけは本当よ?」


「『それだけは』?」


「――」


 私は墓穴を掘っていた。


 アイリの笑みは、益々にっこりとしたものになる。


 頬が上がりすぎて、目が糸みたいに細くなっている。


 だが――、マズい。


 果南に怒られた私ではあるが、そこは隠し通してもいいだろうと思い、誤魔化してきたのに。


 これでは普通に言うよりも恥ずかしいことになる。


 それは本当に、恥ずかしい。


「あー、そそそそれよりも、わわわ私がただブラブラしているだけと思った? じじじじ実は目的地があるのよ。ははははは話の続きはそのときにしましょう」


 私は必死で歩みを進め、誤魔化しを図る。


 だが、すると、


「…………お姉ちゃん。お姉ちゃんは、私に……隠し事……するの? 私に……嘘……つくの?」


「――――!!!!」


 凛は、アイリではなく凛になっていた。


 目に涙を貯めて、不安そうな、何かに怯えるような顔をしていた。


 ――くそ。


 まさか、ここで凛になるとは――。


 アイリだったら殴ってことを収めることもできるが、凛にはできない。


 この子、まさか全部計算でやっているのか!?


 凛、恐ろしい子!


 だが、しかし、凛相手では、例え計算だと分かっても――。


「――――」


 私は、声なき唸り声をあげる。


「……おねえ、ちゃん」


 凛は、もはや嗚咽混じりの声で私を呼ぶ。


 私は悩み、悩み、悩み、


 ――


 凛は、真摯で、純粋で、濁りのない目で私を見てきた。


 ――


 ――私は降参する。


 やっぱり、凛相手に維持を張ってられない。


 果南にも怒られたし。


 私は小さく深呼吸して、語りだす。


「凛と美彩が同じ顔だって気づけなかったのは本当よ。でも、正確に言うなら、気づけなかったんじゃなくて、気づこうとしなかったのよ」


「……気づこうと、しなかった?」


 凛は、私の言おうとしていることが分からないようで、オウム返しする。


 涙は既に引いている。


 やはり計算か?


 だが、私は語り続ける。


「だって、適当についた嘘とはいえ、美彩は私の彼女ってことになっているのよ? なのに、そんな女の人が、凛に似ているってことになったら――、私は――」


「あ――」


 凛は気づいたらしい。


 しかし、それは表面上のこと。


 私はすべてを言わねばならないのだろう。


「私は、妹と似た顔の人を好きになったってことでしょう? しかも一つの事例を認めると、他の事例も認めなくちゃいけないし……。チュンちゃん、日暮、文乃、井伊先生、そして果南。みんな、どこかしら凛と似ていたってね」


 例えば果南は、目元が似ていた。


「ただ、そこまで認めると、今度は――私が凛の顔を好きってことも認めることになる。そして、それは私がずっと打ち消そうとしていた――私が凛に抱いていた気持ちも、本物だと、認めることになる」


「――」


 私の言葉に凛が息を呑み、目を見開いた。


「だけど……、ええ。認めるわ」





 ・・・幕間K・・・



 私は、子供の頃から、凛のことが好きだったのよ。


 たしか幼稚園のときに、ふざけて抱き合ったときがきっかけね。


 覚えてない?


 でも、そうなのよ。


 でも、私たちは姉妹だから、そんなのはダメだって自分に言い聞かせてきた。


 ずっと、ずっと、ずっと。


 なにかあってもドキドキしないようにした。


 一緒にお風呂に入っても。


 一緒に下着を買っても。


 一緒に恋愛映画でベッドシーンを見ても。


 あなたが、私をお姉ちゃんって呼んでくれても。


 ずっと、自分の中に沸き起こる感情が間違いだと言い聞かせてきた。


 そうして、今まで過ごしてきた。


 あなたを意識しないように、たくさんの彼女を作ってきた。


 だけど、全員長続きしなかった。


 すぐに別れたくなった。


 みんなには本当に悪いことをしたわ。


 特に果南には――。


 ――そう。私がさっき嘘ついたのは、こんなふうに自分が酷い女だってことを凛に知られたくなかった。


 そういう理由もあるの。


 一つのことを認めれば、他のすべても認めてしまわなければならないから。


 私の嫌な部分を、あなたに知られなければいけないから。


 ただ――、


 ただ、あなたは、ずっと私を、真摯で、純粋で、濁りのない目で見てくれた。


 ずっと、ずっと、ずっと……。


 だから、私も言わなくちゃって思った。


 だって、これ全部を認めないと、あなたを好きだっていうことも嘘になっちゃうから。


 ええ。もう一度言うわ。


 私はあなたが好き。


 妹とか、家族とか、そういうの関係なく――


 私は凛を愛しているの。

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