ファイル19 風営法違反事件
「はーい、ご主人さま。こちらへお座りください」
桜浜高校文化祭二日目。
私は警戒が足らなかったと後悔するが、後悔先に立たずとはこのことだ。
私はメイドさんの言うとおり、上履きを脱いで、マットの上に座る。
メイドさんの、言うとおりに。
メイドさん、だ。
きっかけは、果南に付き合って学校中の出し物をめぐっていた私が、「休憩しましょう」と言ったことだった。
それに対し果南は、最初こそは「もっといろいろ遊ぼう」と難色を示したのだが、私がちょっとゴネるとすぐに「それじゃあ、一年D組に行こう」と言い出した。
なんでも、そこはリラックスができる出し物をしているとのことだった。
私は、いったいリラックスできる出し物とはなんだろう? 紅茶でも出してくれるのか? と思ったが、まあリラックスできるなら気にしないことにした。
ただ、ここで私は警戒心を発揮すべきだったのだ。
そう提案した果南の笑みが、何か面白いことを期待する子供の笑みと同じだったことに。
だが果南に加え、一緒にあちこち回っていたクラスの友達の強引な導きにより、私は警戒心を忘れていた。
そして一年D組に来たときにはもう遅かった。
数多の純朴そうな後輩たちを前に、「やっぱ帰る」とは言えなかった。
私は、一年D組の教室にのこのこと入っていくしかなかった。
――『JKメイドのマッサージ天国』に。
「では、最初にご確認しますが、持病やお怪我などはございますか?」
「ないです」
――誰だ、こんな気持ち悪い名前をつけて、それを許したやつは。
「では次に、こちらにサインしていただいてもよろしいですか? 万が一、当店のマッサージで身体を痛めても、当店・学校・私個人は一切責任を負いかねますので」
「はい」
――学校のイメージダウンになっても知らないぞ。
「では、三つのコースからお好みのものをおひとつお選びください。肩揉みのみのシンプルコース、お背中や腰を指圧させていただく贅沢コース、そして人力で足揺らをするパワフルコース、どれになさいますか? ちなみにマッサージ時間は全コース三分で終了させていただきます」
「肩揉み――じゃなくて、足揺らコースで」
――保護者から苦情が来ても知らないぞ。
「承知いたしました。では、マッサージを始めるので、マットに寝ていただけますか? あ、足揺らコースなので、万が一のためスカートの上にタオルかけておきますね」
「はい」
そしてなぜ当然のように――
「それじゃ鈴先輩――じゃなくてご主人さま。いきますよ」
「はい」
――アイリが私の担当なんだ!
私の目の前で可愛いメイド服を着ているのは、どこからどう見ても愛里坂アイリだ!
くそ、今からアイリが私の身体を自由に触りまくるって言うのか!?
あーもー! 一年D組が凛のクラスだと忘れていた!
凛もアイリも、かたくなにクラスの出し物を教えてくれなかったが、こういう展開に持っていくためか。
純朴な後輩たちの前では、私もどれだけアイリにイタズラされようとアイリに暴力はふるいづらい。
今の世の中、暴力を看過するほど甘いものではないのだ。
下手をすれば、私は謹慎させられる。
ふと横を見れば、私と同じように横たわる果南は当然のこと、そこかしこで横たわる友達たちもニコニコしていた。
どうやら全員、私が彼女持ちだと知っているくせに楽しんでいるらしい。
くそ、こいつら全員がグルだ。
ミステリーで私が一番嫌いなトリックだ。
だが、もはやここまで来たら本当にどうしようもない。
私は、アイリのなすがままになる覚悟を決めた。
さすがのアイリも、公衆の面前で妙なことはしないだろうし、私は足揺らコースという無難なコースを選んだわけだし。
ただ、
「それじゃマッサージに入る前に、目隠しを立てますね」
アイリは言うと、教室の端っこにあったダンボール製のパーテーションを運んできた。
そしてそれは屏風のように私の寝るマットの前後左右を囲んだ。
隙間なく。
いや、ちょっと待て。
これじゃあ――
「それじゃいよいよ鈴先輩――じゃなくてご主人さまのお体を私の思うがままにモガァ!」
これじゃあ私がアイリに暴力を振るい放題じゃないか。
私はアイリの背後に回り込むと、その首を腕で締め上げ、さらにその口を塞いだ。
私のスカートの上にかけられていたタオルを口に押し込んでやったのだ。
先手必勝である。
「モガ――モガァ――」
アイリがふがふが言うが、そもそも教室は陽気なBGMが流されていたので、このくらいは平気だ。
このままアイリを三分拘束しつづければ、私はマッサージをし終えた人間となり、ゆうゆうとこの教室から逃げ出すことができる。
アイリや果南をシメるのは後でいい。
これで行ける!
「わああ、なんだアイリ、あなたちゃんと普通にマッサージできるんじゃない。安心したわ」
私はアイリを拘束しながら言う。
「モガ――モガ――モガ――」
アイリは暴れるが、私は足も絡めて、完全にアイリの動きを封じた。
「あー、なかなか気持ちいいわね。あなたどこでこんなテクニック覚えたの?」
「モガ――モガモガ――」
「へぇ。ちゃんと練習したのね」
「モガガ――」
「それじゃ次はもうちょっと上を、んぁ!」
私は一人芝居を続けていたが、不意にアイリが私の太腿に触れてきたせいで私は甲高い声をあげてしまった。
しかも、
「ちょっと、アイリ。やめなさ――んん――」
アイリはゆっくりと、じっくりと、私の太腿を撫で回し、私の全身を下半身からゾクゾクとさせる。
「ん――ちょっと――――ぁあ――」
私はアイリの手を振り払いたかったが、四肢はすべてアイリの拘束に使っているし、外にバレる恐れもあるため無闇に暴れるわけにもいかなかった。
「――ん――ぁ――はぁ、ぁ――ふぁ――やめ、やめなさい――んん――」
昨日の再来となった。
本当に、世の中には、奇跡的な偶然に何回もあう人がいるようだ。
例えば私。
しかも今度はアイリが敵に回っている。
私は必死に声を殺し、なんとか抵抗の糸口を探すが、何も見つからない。
私の四肢は相変わらずアイリの拘束のために動かせず、対してアイリは手を下方に伸ばすことはできる。
そしてその手は、今度は私の内腿を攻めだす。
「ちょ、ちょっと――んん――」
私はアイリの動きを止めているはずなのに、アイリの動きを止められなかった。
アイリを拘束しているせいもあり、全身から汗が吹き出してくるが、アイリの手はそれを潤滑油代わりに滑らかな動きを始めた。
「アイリ――ダメだって――んぁ――やぁ――」
マズいマズいマズい。
これでは普通にマッサージされていたほうがマシだった。
私の角度からは見えないが、もはやアイリの目はマジなそれになっているだろう。
もし、今からアイリに謝罪して、アイリを解放しても、それで引き下がるアイリではない。
アイリの手は、相変わらずゆっくりと私の腿を撫で回す。
しかもそれは、ゆっくりと上昇を始める。
「――!」
私の心臓が激しい脈を打ちだした。
ここまで来たらアイリを止める術はない。
私はアイリのなすがままになってしまう。
しかも、
「じゃあ、これでおしまいです」
「ボンジュール、お嬢さん。うん。おかげで腰のコリが取れたよ」
隣のマッサージが終わったらしい。
こうなると、いつ誰かがこのパーテーションをずらすとも限らない。
そしたら――、私の学校生活は終わる。
絶対に。
だがアイリの手は確実に私の太腿を昇り続け、私の皮膚を撫でるだけで異様な刺激を与え続けている。
私はもう自分の心臓がなんの理由でうるさくなっているのか分からなくなってきた。
もはや残る手は、アイリを力一杯ぶん投げて、すべてを力技で誤魔化すくらいだが、それはそれで一定のリスクもあるし――
しかし、私は決断を迫られた。
そして、
「すみませーん。もうそろそろ次のお客様がいらっしゃっているので――」
アイリのクラスメイトがパーテションをずらした。
だが、同時にアイリはマットの上に力なく崩れ落ち、
「え? え? なに? どうしたの? ――どうしたんですか?」
パーテションから顔を出した子は驚いた声を上げた。
だが、私は、アイリの口から抜いたタオルを捨てつつ、「平気平気」と軽い口調で後輩に声をかける。
「私が力一杯マッサージしなさいってお願いしちゃったもんだから、疲れちゃったのよ。悪いけど、五分くらい休憩させてあげてくれる? それじゃ私はもう行くから。果南もみんなも行きましょう。長居すると悪いわ。それじゃあね。あ、あと、その子にメイド服可愛かったわよって伝えておいて」
私はそうまくしたてると、果南たちを引き連れ、さっさと教室を後にした。
もちろん、マッサージをされていたはずの私が異様なほど汗だくなことは、その場にいた全員から不審がられたし、教室から退散した後は友達から追求されたが、「血行が良くなったのかしらね」と力技で誤魔化した。
ただ、
「それで、アイリ君の耳の味はどうだった?」
果南がこっそりと聞いてきた。
私はそれに押し黙ってしまうが、あの柔らかな耳たぶと軟骨の弾力が、自分の唇と舌によみがえる。
・・・幕間・・・
桜浜高校の文化祭は、最終日の後夜祭を除けば、午後四時で終わる。
そして二日目の終了時、私は一人でミス研の店番をしていた。
文集は、OG、物好きな人、羅生門先生が購入してくれて、残り半分となっていた。
文化祭は三分の二が終わっていたが。
まあ、大赤字にならなかっただけ良かった。
私は帰り支度を済ませると、とりあえず自分のクラスへと戻ろうとした。
が、そのとき、アイリが現れた。
「わ――! アイリ!? え、え? どどどうしたの?」
突然のことに私は動転する。
メイド服は既に脱いでいたが、まさか、ここでマッサージの続きをしようと言うのか。
私はそんなことを思ったが――
「鈴先輩……、さっきは、私と二人っきりで話すのが嫌だったんですか?」
アイリは暗い顔でそう言い――、
「私が、鈴先輩に大事な話をしようとしてたの、分かってましたよね?」
表情を変えずに、しかし目に涙を浮かべた。
その声も、わずかだが震えている。
それに対し私は慌てて――、
「えっと……いや……、私は、アイリに襲われるかと、思って……」
「本当ですか? なら、私の目を見てください……」
「え? いや、それは――」
私はそう言われて弁明しようと思った――が、アイリから目を逸したままだった。
いま、私は、アイリと目を合わすのが、なんだか怖かった。
だが、そのせいだろう。
「すみません……。そもそも、あんな場所で大事な話をしようと思うのが間違っていました……」
アイリは、
「すみません……。このことは忘れてください……」
去っていった。
それを私は、追いかけなかった。
一瞬だけ、追いかけようと思ったけど、やめた。
怖くなったから。
何かを、知ってしまうのを。
だから追いかけなかった。
だが、後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
翌日の文化祭最終日――
愛里坂アイリと森井凛は、私の前から姿を消した。
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