第93話 荒野の風に吹かれる機人たち 25
湿ったかび臭い空気を鼻先に感じて目を開けると、黒ずんだ石造りの天井が見えた。
「――ここは?」
身体を起こした僕は、じゃらっという音で手足にはめられた鎖付きの枷に気づいた。
「地下牢らしいな。おまけに手枷足枷とは時代錯誤もはなはだしいぜ」
僕と同様、手足を鉄の枷で縛められた拓さんがぼやいた。
「くそっ、やつらの目的は僕なのに、拓さんまで……」
「まあそう気にしなさんな。こうなった以上は一蓮托生さ。一緒に脱出しようぜ」
拓さんはそう言ってゆらりと立ちあがると、頑丈そうな鉄格子から外を透かし見た。
「見張りが一人いるな……どうやら敵は集団でこの屋敷を襲ったらしい」
拓さんは低い声で言うと、鎖で自由にならない脚を引きずりながら僕の前に移動した。
「車に戻れは基樹のマグナムも俺のブラスターもあるんだが……ここから出ないことには話にならないな」
「なんとか一階に戻れば近くの窓を破って脱出できると思う。拓さんの『工具』で鍵を開けられないかな」
僕がふと浮かんだアイディアを口にすると、拓さんが「俺の工具?」と目を丸くした。
「そうか、腹の工具箱か。どれどれ、ピッカーの代わりになるような物は……と」
拓さんはそう言うと、脇腹のハッチを開けて中に収納されている工具をあらため始めた。
「うーん、せいぜいこのピンバイスくらいか……待てよ、もっといい物があるぞ。こいつを使おう」
「いい物?」
「工場で仕事を抜け出したいときに使ってた小道具『火花ねずみ』さ。こうして尻尾を鉄格子に巻き付けて、本体を見えない場所に隠す……よし、準備完了だ」
拓さんは小さな丸い物体をポケットに忍ばせると、外に向かって大声で「たっ、大変だっ、基紀がショートした!」と叫んだ。突然の展開に僕が仕方なく苦しむふりを始めると、やがて足音がして僧服のようないでたちの人物が姿を見せた。
「どうした、なにがあった?」
見張りらしき人物が鉄格子に手をかけた瞬間、拓さんが「今だ」と小さく叫んだ。
「――がああっ!」
見張りは大きく二、三度痙攣すると、そのまま通路の床に崩れた。『火花ねずみ』を使って鉄格子に電流を流したのに違いない。
「よし、今のうちだ」
拓さんは鉄格子の隙間から手を伸ばすと、見張りのポケットを弄った。しばらくしてこちらを向いた拓さんの手には、いくつかの鍵がついた小さな鍵束が握られていた。
「脱出するぞ、基紀」
拓さんはそう言うと鍵束の鍵を片っ端から鍵穴に差し込み始めた。やがてかちりという音がして鍵が回り、地下牢の扉が開いた。
「急ごう。ぐずぐずしてると見張りが目を覚ましかねない」
僕らは地下牢を脱出すると。通路の奥に見える階段を目指した。
「階段を登り切ったら、一度止まるんだ。上にも仲間がいる可能性がある」
拓さんは先に階段の下までたどり着くと、振り返って僕に釘を刺した。
「もし敵と出くわしたら、どうします?」
「手持ちの武器で何とかしのごう。いいか、外に出るまで俺の後ろから離れるな」
拓さんの言葉に、僕ははっとした。拓さんが先頭に立つのは年上だからじゃない。敵と出くわして僕の『タナティックエンジン』が起動するのを避けようとしてくれているのだ。
「わかりました」
「よし、行くぜ」
拓さんは頷くと、階段を一気に駆け上がった。幸い一階の見える場所に敵の姿はなく、僕らは壁に沿って慎重に進むと手近な部屋に飛び込んだ。
「うっ……ここは?」
僕らが足を踏み入れたのは、古い家具や美術品が所狭しと置かれた物置らしき空間だった。さすがに武器になりそうな物は見当たらないな、そう思っているとふいに、どんという壁か床を蹴るような音が響いた。
「今の音……どこからだろう」
「ちょっと待て、基紀。この衣装棚、骨とう品にしては大きすぎないか?」
拓さんが目で示したのは、部屋の隅に置かれている古い衣装棚だった。僕が何気なく近寄ると、再びどんどんという音が間近で響いた。
「もしかして、ここに人が?」
僕が思い切って衣装棚の扉を開くと、棚の背板が外れて奥に隠し部屋らしき空間が覗いた。
「ふご、ふご……」
狭い隠し部屋の中でもがいていたのは手足を縛られ、さるぐつわを噛まされたゴメスとグレゴリだった。
「ゴメスさん……グレゴリさん!」
僕と拓さんが手わけして二人のさるぐつわを外すと、ゴメスが「はあ、死ぬかと思った」と荒い息を吐いた。
「こんなところに監禁されてたんですね」
僕が言うと、ゴメスが「奴ら、どこからかこの屋敷の見取り図を手に入れたらしい。ご丁寧に隠し部屋の場所まで載っている奴をな」と憤懣やるかたないといった調子で吐き出した。
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