第38話 明日なき戦いに挑む機人たち 5
「どうしたんだ、ケン。出張なんて珍しいな」
リビングに現れた『機人玩具店』の主ケン・ムートを見てショウは目を丸くした。
「ふふん、本番直前のメンテナンスが要るんじゃないかと思ってな。来てやったのさ」
「気にかけてくれるのはありがたいが、シナリオ通りに事が運べば大したダメージは受けないはずだ」
「ボディはそうだろう。だがな、八百長とわかっていても仲間を殴るんだ。心が痛まないわけはないだろうよ」
ケンはそう言うと、僕らの顔をひと渡り眺め回した。
「お前さんは頭は切れるが、その辺のデリケートなケアは苦手だからな」
「……わかった、メンテナンスついでに連中の相談に乗ってやってくれ」
ショウは肩をすくめると「礼は後でするから帰り際に声をかけてくれ」と言い残してリビングから姿を消した。
「それじゃあ、メンテナンスはそれぞれの部屋ですることにしよう。まずは年かさのあんたからだ。案内してくれ」
ケンはそう言うと、拓さんの部屋へと移動を始めた。ケンが拓さんと徹也のメンテナンスを終えて僕の部屋に現れたのは、僕がシナリオをそらんじるのに飽きてうとうとしかけた時だった。
「よう少年、心の準備は整っとるかね?」
「正直、自信がないです。でももし僕が尻込みすることでお芝居が台無しになったりしたら、僕だけじゃなくみんなの身が危険にさらされる。だからこのイカサマ試合、何としても成功させるしかないんです」
「まあ人生のターニングポイントというのは、そういうもんさ。そう言う時は腹をくくって運に身を任せるしかないのさ」
「でもショウはともかく、僕はファイトの場数を踏んでいません」
「そう思ってショウはお前さんに新米ファイターの役を与えたんだろうさ。お前さんの仕事は、新人らしく泥臭いファイトをして機人側の観客を沸かせることだよ」
「……そのことなんですが」
僕は思いきってスティンガーに押しつけられたコントローラーを取り出した。
「なんだねそれは」
技術屋らしく、コントローラーを見た途端、ケンの目が興味深そうに見開かれた。
「何とかしてこれを使わずにファイトを乗り切れないか、今、考えてるところなんです」
僕はケンにスティンガーとのやり取りを一部始終、包み隠さず話した。
「厄介な奴に見こまれたな」
ケンは腕組みをすると、ううんと唸って宙を睨んだ。
「考えてやらんこともないがその場合、お前さんはイカサマファイトのほかにもう一つ、別の芝居をせにゃならん。お前は戦っている最中に、仲間を騙し通すことができるか?」
「――やります」
「いいだろう。そいつにそっくりのイミテーションを何とか一日でこしらえてやろう」
「本当ですか?」
「完成したら連絡する。おそらく明日の午前中までかかるだろうが、お前さんが控室に入る頃には届けられるはずだ。俺が連絡したらお前さんはトイレに行くとか何とか理由をつけて席を外せ。……できるか?」
「やります。できなければ、僕は破滅だ」
「上出来だ。それじゃあ、ボディの方のメンテナンスをしてやろう」
ケンはそう言うと、僕の脇腹にある点検用ハッチを慣れた手つきで開け始めた。
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