第43話 指名手配
レムリア最後の日は気持ちのいい青空が広がっていた。
鳥の鳴き声で朝を迎えて、宿の一階で朝食を食べる。ここの宿の朝食はだいたいいつもパンとスープという軽いものだ。それは宿代に含まれているもので、注文すればソーセージとか色々付けれるけど、今日のスープはポトフのようなもので結構具沢山。
なので、これで十分だったりする。
パンはやっぱりカチカチパンでスープに浸さないと食べるのが難しいくらいなので、いま密かに天然酵母作りに手を出している。
街を歩いていたときにビンとドライフルーツが売っていたので手に入れていた。作り方は割と簡単で、ドライフルーツ――今回の場合は干しブドウをを使っている――をビンの中に入れて水と砂糖を入れる。時々振ったり、空気に触れさせるためにビンの蓋を開けたりする必要はあるけど、大体は放置するだけでいい。
本当は温度をある程度保たないといけないけど、流石にそれは厳しいので出来るかどうかは運任せである。でも、泡がぷくぷく出てきたりしているので、何らかの形にはなりそうな予感がしている。片栗粉大儲け作戦が失敗した今、次善の策を講じるのを忘れていないのだ。
「ルーデンハイムってどういう街なの」
「そうだな。街の規模はこことそう変わらないかな。ただ、この街みたいに交易の中心ってわけじゃないから、人は少し少なくなると思う。それと近くに大きな湖があってそこで取れる魚介類を使った料理が有名だな」
「へぇ、魚か…それは楽しみね。オルトは行ったことあるの」
「昔に一度な。あの街には毎年の恒例行事みたいなものがあってな、そう言えば今の時期だったと思うが、湖のほとりに大量のギラールーって渡り鳥がやってくるんだ。で、その鳥を捕食するゴレイクって鬼獣が集まってくる」
「それじゃ危なくって魚が取れなくなるんじゃないの」
「心配するのはそこなのか」
「だって、新鮮な魚を食べに行くんでしょ」
「いや、情報を……まあいい。とにかく、渡り鳥は湖の東側の草原に降り立つから西側は比較的安全なんだ。それにルーデンハイムにとっても湖での漁は大切なものだからな、ルーデンハイムを統括するイーレンハイツの領軍が出張ってくる。俺が昔参加したみたいに他領からも増援が来るし、鬼獣の角目当てに狩人も集まってくる。そんなわけで湖や街の守りは問題ないってことだ」
「軍が出てくるってそんなに大規模なの」
「ああ、正確な数はわからんが渡り鳥は空を覆いつくすほどの数がいるからな」
「は? なにそれ気持ち悪っ」
空を覆いつくすほどの鳥の群れってなによ。
それ、鬼獣を討伐せずに減らしてもらったほうがいいんじゃないの?
「ちなみにその鳥って食べれたりするの?」
「いや、鳥は喰えないけど、ゴレイクは喰えるぞ」
「鬼獣なのに」
「狼や熊の鬼獣ばかりじゃないさ。ゴレイクは変な臭みもないし、脂がのってて美味くてなエールに合うんだ」
「へぇ、オルトがそういうのって珍しいわね」
普段から葡萄酒を口にすることはあるけど、それは食事中の飲み物として程度の話で率先してお酒を飲む習慣を見たことはない。この街でも情報収集のために酒場に顔を出したりしていたみたいだけど、お酒の匂いをさせたことはないので飲んできたのか微妙だったりする。
「俺だって酒くらい飲むぞ」
「いや、それは知ってるけど、ほらオルトって食べ物に対して無頓着っていうか、美味しいとか感想は口にするけど、最悪口に入ればそれでいいみたいなところあるでしょ」
「あー、まー、それは否定できないな。でも好き嫌いはあるぞ」
「えー、じゃあ、好きな食べ物って何?」
「そうだなぁ。レモ……いや、えーと鶏肉かな」
「いま、明らかに何かを言いかけたでしょ。レモってなによ。レモン? それ食べ物じゃなくて食材だからね。ちなみに鶏肉もだけど」
明らかに動揺するオルトの苦虫を噛みつぶしたみたいな表情。
オルトと一緒にいて何度か見たことのある顔だ。
きっと、思い出したくない過去とかそういうことなんだろうけど、まだ気安くそれを聞けるほど距離は縮まってはないのだ。なんでもずけずけ言うように見られがちだけど私だって空気くらいは読む。ほんとだよ。
「と、とにかく。朝飯も食べたしそろそろ出発しよう。いま出ればこの先の小さな村には今日中に着けるはずだ。街道沿いで野宿するよりマシだろ」
「……ま、いいけどね。ごちそうさまです」
食器をカウンターに戻して二階へ上がる。
朝ご飯を食べる前にパッキングは終わっていたからやることはそれほどない。まあ、元々荷物自体少ないので一瞬である。歯磨きをすませて忘れ物がないかをチェックしているところで、部屋の戸が叩かれた。
来訪の予定があるはずもないのでオルトと二人目を見合わせる。
いや、そういえば限りなく低い可能性だけど一件来訪の可能性はあったっけ。
「失礼、レムリア街兵のソインと申します。お話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
「すぐ開けます」
オルトが対応して顔を出したのは、予想通り神父の襲撃が起きた際に私たちを取り調べたこの街の兵士の一人である。その後ろに三人も部下を引き連れているというのは、話を聞きに来たにしては随分過剰人員な気がする。
ほんの少し警戒心を持ってオルトと目配せする。
「どのようなご用件で、昨日の件でまだ聞きたいことでも?」
「いえ、その件に関しては問題ありません」
「では」
ますます不穏な空気が流れてくる。
品行方正な私は警察機構のような街兵に目を付けられるようなことをした覚えはない。まあ、先の街で男爵の隠し財産の一部をちょろまかしたりはしたけども。
「昨晩本部から連絡が入りましてアンダートの森の奥に国の管理下にない村があったことが判明したのだが、その村が鬼獣に襲われるという事件があったらしい」
は?
いや、何それ?
動揺しないように心を落ち着けて、本日三度目のオルトとのアイコンタクトを実施する。もちろん内容は知らん顔しましょうという奴である。
「鬼獣に?」
「それがなんとも要領を得ぬ話であるのだが、命からがら街に逃げ込んできた村民の話によると、旅人が鬼獣を引き連れて村を襲い家を焼き払い金品を強奪したそうだ。未確認だが妖獣もいたらしい」
え、なにそれ。
鬼獣を引き連れ?
私そんなことしてないよ。
確かに狒々の化け物を誘導したけど鬼獣を嗾けたりしてないからね。
え、もしかして、あの馬鹿ども村に残ったの。
狒々の死が周りの鬼獣に知られる前に村を出なかったってこと?
嘘でしょ。
「それから――」
それからって何よ。まだ何かあるの。
「アンダートの森の北にユルイスという小さな街があるのだが、そこの住民たちが一斉蜂起して男爵様を襲ったそうだ。幸いにして男爵様は逃げ延び、反乱を起こした住民の制圧には成功したというのだが、どちらの場所にも共通して黒い髪に黒い目をした珍しい女性の旅人がいたという」
「えっと、もしかしてですけど、まさか、それが私だと」
「村と街を繋いだルートの延長線上にこの街はあるわけだし、君のような黒髪に黒い目というのは正直珍しいのでね、一応確認させてほしい。ちなみにその女性の横にはちょうど君のような剣士もいたという」
ソインと名乗った隊長の後ろで部下たちが身構えたのがわかった。私たちが妙な動きでもすれば力づくでということなんだろう。オルトは出鱈目に強いけど、こんなに狭い部屋の中で大立ち回り出来るとは思えないし、そもそも街兵を敵に回すのは流石に不味い。
でも、話を聞いてもらえる保証がどこにある。
こうなると男爵を逃がしたのが悔やまれる。
貴族と平民の証言のどちらが信用できるかと言えば、それは確実に貴族の方なんだろう。屋敷に踵を返した男爵を前に住民が「どうしたらいい」と私に聞いてきた。その時、正しい対処の仕方を教えていれば結果は変わったかもしれない。
でも、それを言ったところで過去は変えられない。
捕まれば男爵にあることないこと言われて下手すれば極刑もあるかもしれない。だとしたら選択肢は一つだけだ。
「詰め所で話をした方がいいのかしら、レンはどう思う?」
「……そうだな。その方がいいだろうな。宿は出るつもりだったから荷物を持っていこうか、ソフィア」
ソフィアって誰よ?
っと思いつつ、私はベッドの上の荷物を手に取った。
オルトはやっぱり頭の回転が速い。一瞬で私の考えを理解すると、同じように大きな荷物を背中に担いだ。
話をする姿勢を見せたことで気を緩めた街兵たちを尻目に、オルトが小声「しっかり捕まってろ」とつぶやくと同時に私を抱きかかえて窓から外に飛び出した。
呆気にとられる街兵を背後に、私たちは二階から宿の外に着地する。
「うぎゃ」
流石に窓から飛び出すとは思ってなかった私は女の子らしからぬ悲鳴をあげてしまったけど、オルトは私を抱いたまま通りを駆け抜ける。朝早く人通りは多くない。後ろから声が聞こえてくるけど、それはどんどん遠ざかっていく。
彼らよりも私を抱えたオルトの方が足が速いらしい。
っていうか、強行突破は考えたけど窓からっていうのは私も予想外だよ。
「私が軽くてよかったわね」
「……そろそろ下すぞ。このままじゃ目立ちすぎる」
「ちょっと、今何か言おうとしたわよね。重たかったとしてもそれは荷物であって私じゃないわよ」
「何も言ってないだろ」
「心の中でいったでしょ」
「んなっ」
紳士的なオルトも動揺してれば失言もあるらしい。実際には声には出してないけどね。人目につかないところで下された私は自分の足で走り出す。街兵だって私たちが街の外に逃げることは想定しているだろう。だから、路地を走って撒こうなんて思わない。ただ、ひたすらに一直線に街門を目指す。
門が閉じられていたらお終いだけど、天は私たちを見放さなかった。
まあ、指名手配されてしまったのは間違いないけども、あの場で捕まると出られる保証はなかったのだ。それに連中はきっと黒髪黒目の美女と金髪イケメンの組み合わせのことをソフィアとレンの二人組としばらくは勘違いしてくれると思う。
その間に、次の街でカツラを手に入れるか染髪しなきゃいけないかもしれない。
「で、ソフィアって誰なの?」
「……」
例の苦虫を噛みつぶしたような顔でオルトは答えてくれなかった。
――――――――――――――――
あとがき
これで第二章は終わりです。
拙作にお付き合いくださりありがとうございます。
指名手配された二人はこの先どうなるのか。
第三章では新たな旅の連れが登場します。
それからいままであんまり活躍してなかったオルトにスポットをあてる予定です。
続きが読みたい!
と思ったら☆やコメントをお願いします。
第三章はすでに書き上げているのですが、読者が少なすぎてモチベが上がりません。
一言でもいいので応援コメントもらえると作者は小躍りして喜びます。
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