第16話 魔法の練習へ(1)

 ぱちりと目を開けると、閉じた時と同じように暖かな日差しが差し込んでいる。

 そのあまりの変化のなさに、自分がまだ寝ているのか起きているのかわからなくなる。

 そのまましばらく天井と窓を見つめてから、ゆっくりと起き上がった。


 “メリル、おはよー!”

 

 妖精の声と一緒に「わん」と鳴き声がして、白い毛むくじゃらの犬が私の方へ駆けてきたので、受け止めて頭を撫でてやる。


「――起きた? ――すっきりしたか?」


 声の方を向くと、黒いローブを脱いだらしい、シャツとズボン姿のアルヴィンが分厚い本を片手に私に話しかけてきた。


「ええ、だいぶ。ごめんなさい、私どれくらい寝てた?」


「――部屋を綺麗に掃除して、布団やシーツを洗って乾かして、本を2冊読んで、軽く寝て、ジャックと庭で遊んで、ちょっとのんびりしたくらいだな」


 ……それはどのくらいの時間なのかしら。


 とりあえず頭はすっきりして、疲労感はなくなっていた。


「部屋を見る?」


 頷いて、後について2階へ行った。


「わぁ、すごく綺麗になったのね……、ありがとう」


 あんなに埃っぽかった部屋はぴかりと床が光るように感じるほど綺麗になっていた。

 ベッドに敷かれたシーツは白くて、腰掛けてマットレスを弾ませたら、洗い立ての良い匂いがした。


「お裁縫道具なんかあるかしら?」


「探せばどこかにあると思うが……。何でだ?」


「ちょっと、洋服のサイズが大きめで……」


「そうか……?」


 アルヴィンはじっと私を見つめて、首を傾げてから頷いた。


「そうか」


 その納得した「そうか」は何だか傷つく。

 私が身体を押さえてむっとしていると、アルヴィンはくるっと空中で指を回した。

 途端、ちょっとだぼっとしていた洋服の袖がぴしっと腕に吸い付いた。


「……?」


 ぽんぽんと、服の上から身体を叩いてみると、サイズがぴったりになっている。むしろ背中を締めあげすぎてきついくらいだ。


「……これも、魔法?」


 首を傾げると、アルヴィンは頷いてから私に聞いた。


「――早速、魔法の練習に行くか? 水と火の魔法はすぐにでも使えた方が良いし」


 アルヴィンに言われて、私はぱっと顔を輝かせた。

 魔法って何でもできるのね。本当に便利。

 私はぽんっと弾んだ勢いで起き上がると、アルヴィンを見つめて強く頷いた。


「行くわ、お願いします」


 ***


「練習をするのには、自然の中の方が良い。精霊の力が強いから」


 そう言うアルヴィンの後ろをついて、私は家の周りに広がる『迷いの森』中へ入って行った。靴もクローゼットの中に入っていた歩きやすそうなブーツを借りた。――何でもかんでも借りてしまって有難いやら申し訳ないやらだけど……。


 『迷いの森』はその名前の通り、しばらく歩くと前後左右が全部同じ景色で、どこにいるのかわからなくなってしまった。だけど、アルヴィンは迷う様子もなく進んで行く。


「迷ったらどうしよう」と呟くと、アルヴィンは「大丈夫だ」と笑った。


「迷ったら妖精に助けてもらえ。まぁ、俺も君がどこにいるのかだいたいわかるし」


来た時は夜だったけど、今はお昼過ぎくらいの日差しだ。


「この森は時間が流れてるの?」


「ああ。家の周辺以外は普通に時間が過ぎるよ」


「アルヴィンはどうして迷わないの?」


「精霊の動きでわかるから――かな」


「精霊と妖精って――違うもの?」


「違うな。精霊は静かで――喋らない。自然の中にただ存在してる、力だ」


 「そうなのね」と私は形だけ頷いた。

 我ながら質問だらけだ。だって全部が不思議でわからないことだらけだもの。

 不意にアルヴィンは笑い声を漏らした。


「――こんなに喋るのはいつ以来だろ。ジャックもサニーも喋らないからなあ」

 

 横を歩いているジャックが不満そうに「わん」と吠えた。

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