第3話 悪いやつら
「メリル――どうして? あなた――食事を食べたんじゃないの?」
お母様が目を見開いて私を見つめた。その瞳は――恐怖で満ちている。
私は震える声で呟いた。
「どうして――、どうして――? それは、私の台詞だわ、お母様。お料理に何を入れたの? 私を――殺そうとしたの?」
お母様はお父様と視線を合わせると、私に向き直って口を動かした。
「殺す? ――何を馬鹿なことを言っているの? お母様がそんなことをするはずがないでしょう」
無理やり優し気な声を出そうとしているのか、声が上ずっていた。
私と視線を合わそうとしない。
“バレバレだね”
“信じちゃだめよ、メリル”
“嘘つき”
“嘘つき”
耳元で妖精たちが
「『全部食べ切って死んでいる』――さっき、そう言ったじゃない。言ったわよね! お母様!!」
私は泣きながら叫んだ。
感情が抑えられなかった。
どうしてそんなことをするの?
なんで?
私が何をしたっていうの?
「――母様は『全部食べて、寝ているわ』って言ったんだよ、メリル。お前がソファーに横になっているものだから」
お父様が額の汗を拭きながら答えた。
「今日の食事は豪華だったろう。上等な仔牛を取り寄せてな、シェフに料理させたんだ。――美味しかっただろう?」
“こいつも嘘つき”
“嘘つき夫婦だ”
“嘘つき”
“嘘つき”
光の粒はお父様とお母さまの周りを取り囲んで二人の耳元で叫んだ。
その声は二人には聞こえないけれど。
私は耳を塞ぎながら呟いた。
「――とても、美味しかったわ、お父様」
もしかしたら、もしかしたら、お母様は本当に『寝ているわ』って言ったのかもしれない。
私が妖精たちに騙されたんだ。
あの子たち、いたずらっ子だから。
私は笑顔を作った。
自分の親に殺されるかもしれないって思ったなんて――何て馬鹿なんだろう。
「――そうでしょう。豪華にしたの。――アネッサの婚約のお祝いに。ねぇ、メリル――アネッサはヒューゴ様と婚約が決まったのよ」
お母様はふっと笑顔を作って私の目を見て言った。
ヒューゴ様――、この国、アジュール王国の王太子様のお名前だ。
ヒューゴ様がアネッサと婚約――?
私は驚いて、息を呑んだ。
ヒューゴ様の奥様になるということは、次期王妃になるということだ。
「素晴らしいことよ、メリル。グリーデン家が王族に加わるの。ヒューゴ様にはたくさんの婚約者候補がいらっしゃったけれど、ぜひアネッサと結婚したいと言ってくださったの」
妹のアネッサは、暗い茶色のハネッ毛の私と違って、ふわりとした金髪に青い瞳が華やかで――、私は行ったことがない社交界で『花の妖精』と呼ばれていると聞いた。
ヒューゴ様は社交場でアネッサを見初めたのだろうか。
私は微笑んだ。
「――それは素晴らしいわ――、良かった――」
「そう、とても素晴らしいことなんだ」
お父様はそう呟いてお母さまと顔を見合わせた。
「メリル、だから――、未来の王妃である妹の輝かしい将来の邪魔をしないでくれ」
次の瞬間、お父様の手が私の首に伸びて来た。
そのままソファに身体が押し付けられる。
首にお父様の手が食い込んだ。
「――っお、と、う――さ、ま――??」
呼吸ができなくて、苦しくて私は手足をバタつかせた。
駆け寄っていたお母様がその手を押さえる。
「メリル、許してくれ。お前のような悪魔憑きがグリーデン家にいると知られたら、せっかく決まった婚約が破談になるかもしれん」
「――私たちのために、大人しくしていて――」
私の首を絞めながらお父様が、腕を押さえながらお母様が呟く。
――何を言ってるの、この人たち――??
息ができなくて、頭が真っ白になっていく。
“たいへん!”
“たいへん!”
“メリルを助けないと!”
“ひどい奴ら!”
“ひどい奴らは、いなくなれ!”
“いなくなれ!”
キラキラ輝く妖精たちが一斉にお母様とお父様に突進するのが――薄れて行く意識の中、見えた。
「痛いぃぃぃぃぃ!」
「何、何これぇぇ、引っ張られっ……きゃぁぁぁぁ!!!」
――次の瞬間、悲鳴が室内に響き渡った。その声で私は意識を取り戻し、目を開いた。
「――え?」
妖精たちが悲鳴を上げるお父様とお母さまの身体を覆いつくして、四方八方に引っ張っていた。
「奥様!? 旦那様!? 何事ですか!?」
「お父様!? お母様!?」
どたばたと足音が響いて、使用人と――アネッサが部屋に駆けこんでくる。
彼らは妖精に覆われて床をのたうち回るお父様とお母様――そして、私を見比べた。
「お姉様――!? お母様たちに、何をしているの!?」
アネッサは綺麗な顔を恐怖に歪めて私を睨む。
「違う! 違うの! 私!!! ねえ、やめて、やめてったら!!!!!」
私は妖精たちに向かって叫んだ。
“どうして?”
“こいつら悪い奴!”
“メリルをいじめる悪い奴!”
“こらしめてやってるんだ!”
妖精たちはお父様とお母様を引っ張りながら大声で騒いだ。
その時――ぴちゃりと、生温かい液体が頬にかかった。
手の甲で拭うと、真っ赤な液体がついている。
私はお父様とお母さまを見つめる。
光の粒に覆いつくされたお父様とお母さまの身体が、弾けた。
――きゃあああああああ!
妹の、アネッサの叫び声が鳴り響く。
部屋の中に血の雨が降り注いだ。
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