Scene5/8
そして時は現在に戻る。
大地が学校での一日を語り終え、窓越しの沈みかかった夕日を眺めた。一方で結糸は眉間に皺を寄せていた。
「キミ、包みを確認してないじゃん」
大地は視線を泳がせ、
「大丈夫、包みの特徴で、送り主を当てるから」
「ふぅん? やってみてよ」
大地は訝しむ結糸を視界の隅にやり、机に置かれた三つの包みを睨みつけた。
赤い花柄の包み。
黒い高級そうな包み。
少し皺の寄った緑色の包み。
「まず赤の包みはぱっと見、霞のチョコに見える。髪型も華やかだし、人にあげるものにもこだわりがありそうだ」
「でも、華やかな人でも飾らないで簡素なものを好む人もいるよね?」
結糸の言葉に大地は唸った。
「確かに……なら黒か? 緑の包みはきっと海路だ。ガサツだから包みがグシャグシャなんだよ」
「メガネちゃんと衝突したときに包みがグシャグシャになったかもしれないよ?」
結糸はさらに続けた。
「そもそもキミがチョコを鞄に突っ込んでるから、誰のチョコの包みがグシャグシャになっても不思議じゃないよ……ほら、包みの形じゃ判らないじゃないか」
「じゃぁどうしろと? このままだと最悪、海路と運命の赤い糸で結ばれるんだぞ?」
血走った目で訴えかける大地に、結糸が欠伸混じりに答えた。
「感性で選ぶんだ。運命の糸を手繰るんだよ」
大地は三つの包みに手を伸ばした。だが、彼は包みの間を行ったりきたりするばかりしている。
大地は頭をかきむしった。
「理屈が頭を過ぎって選べない」
結糸は三つの包みの傍らから、大地を見上げるように言った。
「包みの形・色・柄。そうしたものから嫌に感じたものを除外していけばいい。生き物っていうのは嫌なことには敏感だからね」
「自分の嫌に感じたものから?」
大地は改めて三つの包み手を伸ばした。
最初に手を伸ばしたのは赤い包みだった。だけど彼は包みに触れる直前に手を止めた。
「赤い包みは花柄で可愛と思うのだけど、何故か可愛すぎることに違和感を感じるんだ……なんでだろう」
次に大地は黒い包みに手を伸ばす。しかしこれもまた触れる直前に手が止まった。
「黒い包みはシンプルで高級感があっていいのだけど違和感がある……そうだ、赤い包みも黒い包みもオレに都合が良すぎるんだ。まるでオレの思い描く理想のチョコレートが現実化してしまったような、そんな頭の中を覗かれているような嫌な感じがするんだ」
最後に大地は緑色の包みに手を伸ばした。
「これだけが二つの包みと違う。包みに皺が寄っていて、デザインも可愛いわけでも高級なわけでもないけど……妙に納得するんだ」
そして大地は緑色の包みを開けた。そこには強い衝撃で割れたような形の悪いチョコレートがいくつか入っており、彼はこの形の悪いチョコレートの中から一つを取り、結糸に差し出した。
「これをお前にやる」
結糸は差し出されてチョコを見るや尻尾を振って、そのチョコを口に含み、それこそ人間のような動きで口をモゴモゴ動かした。
大地は口をひきつらせ、
「なんでお前、ネコの姿なんかしてるんだよ。普通のネコはチョコレート食べられないんだぞ?」
「ネコは昔から家を守ったり、迷い人を導いたりそういう存在として語れることがある。豊穣の神様の象徴にぴったりなんだ。だから姿だけでもネコになりたくてね」
結糸はチョコレートをゴクリと飲み込んだ。次の瞬間、結糸の毛が墨汁を浴びたように黒く染まった。
「さぁ、キミもチョコレートを食べるんだ。チョコレートのとろけるような甘さとほろ苦さとほのかに感じるしょっぱさの先で、運命の人が待っているよ」
大地はゴクリと息を飲んだ。そしてチョコレートを指でつまみ、意を決したように勢いよく口に含んだ。そのとき、彼はハッと我に返ったように目を開いた。そして彼の黒い瞳が潤み、涙が瞼から溢れ出た。
「結糸、最初から結末を知っていたな?」
「ごめんね。僕はキミのために現れたわけじゃないんだ。僕はキミを大事に想っている『彼女』とキミを運命の赤い糸で結びたくて会いにきた」
結糸は喉をゴロゴロ鳴らした。
「今の状況はもうわかってるね? これから来る幸せと苦しみを」
大地が倒れるくらい勢いよく立ち上がり、ハンガー掛けした、コートを羽織った。
「学校に戻る。結糸、ありがとな」
大地は机の方を向いた。だけどそこに結糸と、緑のチョコレートの包みが無くなっていた。
大地は結糸がいた場所を見て微笑みかけ、自宅を飛び出した。彼が向かったのは、学校の裏にある古びた社。その社で『彼女』が待っている。
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