第166話.受け継いだ力
何とか時間を稼ごうとするロドグリス王国軍に対して、猛攻を仕掛ける帝国軍。
その勢いに、ポール将軍は屈したかに見えた。
だが、そうではなかった。
実は、それはポール将軍が仕掛けた罠なのである。
ポール将軍は、こうして敵が前掛かりになってくれるのを、
機は熟した。
「今だ! 一気に攻勢に出ろ!」
ポール将軍が声を張り上げる。
それを聞いたロドグリス王国軍魔術師は、先ほどまでのような守備に重点を置いた戦い方から一転。
烈火の如く、帝国軍を攻め立てた。
その勢いは、兵力差があることなど、微塵も感じさせない。
特に、現在はポール将軍という、ついこの間までロドグリス王国の敵だった人間が、軍を率いている状況。
兵たちの中には、抵抗を覚えていたりする者も多くいるだろう。
しかし、そんな中でもしっかりと高い実力を発揮することが出来ている。
それも、世界に名を轟かせる軍隊である、ロドグリス王国軍の強さの一つだろう。
戦争というのは、もちろん軍隊を率いる、指揮官の実力が大きく勝敗を分ける。
しかし、指揮官の力だけでは勝てない。
将がいくら優秀でも、それに応える兵たちが貧弱で、策など意味を為さないのだ。
(なるほど。ロドグリス王国は、奴だけが優秀な訳ではないという事か……。奴自身の優秀さと、その要求に完璧に応えてくれる優秀な兵。兵が重要だなんて分かり切っていたことだが、それを今になって再確認させられることになるとは……)
指揮を執りながら、ロドグリス王国軍の強さを実感するポール将軍。
地球でも、アレキサンダー大王がオリエントを征服し、広大な領土を手中に収めたことは、誰もが知るほどに有名だろう。
しかし、それもマケドニア軍という、地球の歴史上でも最強クラスと言って差し支えない軍隊を所持していたから、成し遂げられたことだと言える。
そして、そのマケドニア軍を作ったのは、アレキサンダー大王の父である、フィリッポス2世。
言わば、アレキサンダー大王は父の手を借りて、あの偉業を成し遂げたのだ。
リガルについても、同じことが言える。
ロドグリス王国軍という強い軍隊は、ロドグリス王国の歴代の王が作り上げ、脈々と受け継がれ、そして進化してきたもの。
リガルが優れた功績を残せているのは、決して一人の力ではない。
(俺も、奴を越えようと思ったら、一人ではだめなのかもな……。帝国にいたころは、まだ仲間といって良い奴もいたが、ここじゃ一人だ。誰かに頼るってことも、必要かもな……)
心の中でそんなことを考えるポール将軍。
彼は、滅多に人前では弱っている姿など見せようとはしないが、リガルに戦いで敗れた4年前からずっと、心の中では常に迷いを抱いている。
今回も、リガルの部下になって、一からまたリガルを越えるために、
もちろん、「出来るか出来ないかではなく、やるんだ」という、強い気持ちを持ってはいる。
だがそれでもやはり、心のどこかでは、自分の力量は正確に測れてしまっている。
自分の力量というのは、成長すればするほど、正確に分かるものなのだ。
そして、そのポール将軍自身の分析では、現在リガルとの差は大して開いている訳ではない。
ただ、それでも間違いなく互角とは言えないレベルの壁があることも事実。
また、リガルは経験だったりがまだ不足していて、完璧な能力を持っている訳ではない。
が、それは別に悪い意味ではなく、伸びしろがあるという事。
対して、ポール将軍の方は、かなり完成されてきている。
だからと言って、伸びしろが無いという訳ではないが、これからは差が開く一方であるというのは、誰もが思う事だろう。
そして、それはポール将軍自身も同じだ。
(だったら俺は、もっと自分の殻を破るような、変化を求めなければならないのだろうか?)
そう思い、さらに思考の迷宮の奥深くに迷い込むポール将軍であったが……。
(って、こんなこと考えてる場合じゃないか。今は関係のない事だ。俺が今やるべきことは、リガル・ロドグリスの奴が帰ってくるまで時間を稼ぐこと。奴のために頑張るのは非常に癪だが、もうそれは今更だ)
現在が戦闘中であることを思いだしたポール将軍は、集中力を取り戻す。
幸いなことに、ポール将軍が思考の海に埋没している間に、また戦況が苦しい状況に戻っている、なんてことはなかった。
特別ポール将軍の指示が無くても、最低限の動きは兵が自ら考えて、しっかりと出来ている。
とはいえ、流石に人数差があるため、一旦はロドグリス王国軍が急な攻勢に出て面食らった帝国軍も、時間が経つにつれて立て直してきた。
一度落ち着いてしまうと、やはりいくら強いロドグリス王国軍と言えど、押し込むことは容易ではない。
だが、この時点ですでにポール将軍の狙いは達成されていた。
その、ポール将軍の狙いというのは……。
「何!? いつの間にか敵に挟まれた形になっているだと!?」
偶然周囲を見渡した敵兵が、驚いたように声を上げる。
そう、これがポール将軍の狙いであった。
ポール将軍は、右へ右へと移動しつつ、後退した。
つまり、右斜め後ろに徐々に下がるように動いたのである。
その後、今後は左に向かって一気に押し返した。
それにより、ハイネス将軍と上手く敵軍を挟み撃ちにする形になったのである。
ハイネス将軍とは、意思疎通は図れていないはずだが、そこは上手くハイネス将軍がポール将軍の動きに合わせたようだ。
(正直、あいつが俺の意図を読み取って動いてくれるかが、かなりギャンブルな部分ではあったが、どうやら上手くやってくれたみたいだな……。ま、流石にそれくらいの実力はあると信じていたが)
実は、ポール将軍とハイネス将軍は、一度戦場で矛を交えている。
と言っても、そんな大規模な戦いではないが。
ポール将軍とアドレイアが戦った後、ポール将軍は残るロドグリス王国軍を殲滅しようとした。
しかし、その時にロドグリス王国軍を率いて、上手くリガルが返ってくるまで凌いだのがハイネス将軍なのであった。
あの戦いを、ハイネス将軍自身は、あまり自分で活躍したと思っていない。
だが、あの時のハイネス将軍の働きは、間違いなくロドグリス王国の命をギリギリで繋ぎ止める、大活躍と言えた。
逆にポール将軍にとっては、あと一歩でロドグリス王国に致命打を与えることが出来たチャンスを、阻まれたことになるため、実はかなり印象に残っているのだ。
まぁ、その時のロドグリス王国軍をハイネス将軍が率いていたということは、つい最近知ったことなのだが。
そんな訳で、今回も打ち合わせなしに、ハイネス将軍を信じる決断をしたのである。
そして、それは見事にハマった。
敵は包囲されたことに気づくなり、慌てて包囲から逃れようと後退する。
だが、この選択が良くなかった。
10000もの兵が、全て逃げおおせることが出来るわけもない。
結局4分の1くらいの魔術師は逃げ切れず、ロドグリス王国軍の包囲に捕まってしまった。
中途半端に逃げようとしたことで、少数の兵が包囲されるという、最悪な結果となってしまった訳である。
10000も兵がいるのなら、初めから逃げたりせず、戦うべきだった。
だが、敵は包囲されたという事実だけを見て、パニックに陥ってしまった。
よく考えれば、大した問題ではないというのに、だ。
無論、それもポール将軍の計算通り。
帝国軍としては、完全にポール将軍の術中にハマってしまった形だ。
結局、帝国軍の指揮官が、それに気づいたのは数十分が経過してからだった。
それにより、ポール将軍は帝国軍の兵力を500削ることに成功したのである。
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