第126話.秘策は無策

 ――翌日。


「リガル殿下、長旅と難しい任務、大変お疲れ様でした。……そして、私の力が及ばぬばかりに、陛下を……。本当に、申し訳ございません」


「気にするな。お前は非常によくやってくれている」


 リガルはハイネス将軍と無事合流することに成功した。


 久々に再会した二人は、言葉を交わす。


 ハイネス将軍は、敵を足止めしつつ退却していると聞いたので、合流にはもう少し時間がかかるとリガルは踏んでいたが、意外にも戦線を割とキープしてくれていたようだ。


 また、出会って早々に心底申し訳なさそうな表情でリガルに謝るハイネス将軍だったが、リガルは敢えて軽く返答する。


 ロドグリス王国の国民からも、魔術師からも非常に慕われていたアドレイアであるため、アドレイアの死は誰もがかなりのショックを受けている。


 だが、いつまでもそうやって落ち込んでいても仕方ない。


 そのため、国を引っ張る立場であるリガルから、アドレイアの死に心を引っ張られないようにつとめたのだ。


 何より、リガルは本心から、ハイネス将軍はよくやってくれていると思っている。


 アドレイアが死んだことを聞いての、素早い退却判断。


 そして、現在までアドレイアに託されたロドグリス王国軍の本隊は、ほとんど減っていない。


 つまり、ハイネス将軍が完璧に退却を行い、被害をほぼゼロに抑えたという事だ。


 せっかくアドレイアが命をして埋めた相手との兵力1000も、ハイネス将軍の指揮によっては簡単に埋まってしまっていた可能性がある。


 まぁ、命をすどころか実際に死んでしまったわけだが。


 そして、それどころか逆に兵力差が広がってしまうまであった。


 兵力差が開くのは、これからポール将軍を相手に決戦を行おうとしているリガルとしては避けたい。


 敵に損害を与えることに比べて、自軍の被害を抑えるというのは、活躍として目立たないかもしれないが、最大限称えたいところだ。


 実はハイネス将軍は、これまで目立った活躍はしていないが、地味に優秀と言うのが彼の持ち味なのである。


 第一次ヘルト戦争の時にも、アドレイアのようなカリスマが無いにもかかわらず、被害をアドレイアが率いた部隊と同じだけにとどめていた。


 戦略の立案に関しては平凡だが、兵の指揮が非常に上手いのである。


「そんなことよりも、敵はここからどれくらいの距離にいる?」


「そうですね。こちらとしても、敵から全力で逃げるというよりは、時折反撃したりもしていたので、距離はそこまで離れていないはずです。少なくとも、もう数時間のうちにやってくるでしょう」


「そうか。じゃあ急ピッチで準備を進めるぞ」


「や、やはり戦うのですか?」


 早速ハイネス将軍から最低限の情報を聞いて、行動に移そうとするリガル。


 だが、ハイネス将軍はリガルを呼び止め、不安そうに問う。


「当たり前だろう。ここまで来て逃げるなんて方があり得ない」


「それはそうですが……」


 ハイネス将軍がここまで日寄っているのは、やはりアドレイアの存在だ。


 ロドグリス王国軍にとって、アドレイアと言うのは象徴であった。


 ――我が王に着いていけば、我々は絶対に勝利できる。


 そんな根拠のない自信を、ロドグリス王国軍魔術師全員が持っていたのだ。


 だが、それを失った今、ロドグリス王国軍は動揺している。


 そんな状態で、まともに戦えるのかと、ハイネス将軍は危惧している訳だ。


 確かに、リガルがこれまで無敗を誇ると言っても、それはロドグリス王国軍がリガルの戦略に完璧に従って行動することが出来たため。


 その練度が落ちれば、いかにリガルと言えど、勝利を納めるのは難しい。


 相手が優秀な将軍となれば、なおさらである。


 リガルは前回の第一次ヘルト戦争において、ポール将軍に対して大勝たいしょうを納めているが、それでもアドレイアを倒したという話を聞いているので、全く油断はしていない。


 あれから4年もの時をたのだ。


 ポール将軍も前回の敗北から何かを学んで成長しているに違いない。


 ただ、リガルはそれら全てを分かったうえで……。


「お前の案じていることはよく分かる。だが、それでも問題はない。父上がカリスマで我が軍の魔術師の士気を上げたのなら、俺は実力で父上が率いていたころと同等以上まで、魔術師たちの士気を高めてやる」


「……!」


 いつになく真剣な表情でそう宣言するリガルに、失礼ながらハイネス将軍は驚いた。


 リガルは言われたことはきっちりこなすが、それ以外の事は、自分がやりたいことじゃない限り、滅多にやらない。


 その「言われたこと」だって、面倒くさいと言わんばかりの表情でおこなっていることだって珍しくない。


 そんなリガルが、この国の未来を左右するような重責を前に、本気で戦おうとしている。


 実力者がやる気を出した時ほど頼もしいことはない。


 ハイネス将軍はフッ、と柔らかい笑みを浮かべ……。


「分かりました。殿下にそこまで言われては、臣下として着いて行かないわけにはいきませんね」


「あぁ。俺を信じて着いて来い!」


 ハイネス将軍の言葉に、リガルも自然と同じように笑みを浮かべ、堂々と返答する。


 が……。


「てか、俺はこの国の正統後継者だ。父上が死んだ今、俺は殿下ではなくもう陛下なんじゃないか?」


 ロドグリス王国には、後継者問題が存在しない。


 王家純血の男子が、リガルとグレンの2人いるにも関わらず、だ。


 まぁ、それは至極簡単な話で、グレンに野心が微塵も無いからである。


 正確には、「政治的野心が無い」と言うべきだろうが。


 グレンは、これまでの様子から分かる通り、王になる事なんかよりも、戦いの世界で生きていたような男だ。


 いつかアドレイアをも超えるような最強の男になりたい、との目標を掲げているらしい。


 ロドグリス王国の貴族の何人かが、グレンをそそのかそうとしたことがあったようだが、すげなく断られ、あえなく撃沈した。


 しかもグレンは普通に、即行でアドレイアにその話を報告して、そそのした貴族は爵位を失ってしまったとか。


 その事件があって以来、グレンを神輿みこしとして担ごうとする人間はめっきりいなくなった。


 そんな事件もあり、現在ロドグリス王国は、予備グレンがいながら、後継者問題に関して内側が完全に一枚岩になっているのだ。


 リガルが死なない限りは、リガルが王位を継ぐことは絶対と言っていい程揺るがないだろう。


 それを考えれば、まだ正式に王位継承の儀式を行っていないとはいえ、リガルの事は「陛下」と呼ぶべきかもしれない。


「確かに言われてみれば……。正直『殿下』で慣れ過ぎていて、すっかり忘れてしまっていましたよ。一度部下にもそのように通達しておきましょう」


「うん、そうしといて。まぁ別に呼び方なんてどうでもいいんだけどね?」


 そう言ってリガルはハイネス将軍と別れる。


 ハイネス将軍は、これまでロドグリス王国軍の本隊の指揮を執ってきていたが、リガルが戻ってきたのだから、もう全体の指揮を執る必要はない。


 ということで、ハイネス将軍には前線の方の指揮を執ってもらうつもりなのだ。


「して、。陛下の方は一体これからどうするつもりなのです? どうやらこれからいきなり、国に戻って来て早々戦うことになるっぽいですけど、ちゃんと策はあるのですか?」


「おい、何だよその顔」


 ハイネス将軍と別れてすぐに、何やらニヤニヤしながらレオが口を開く。


 早速敬称が「陛下」に変わっている。


「別に何でもないですけどー? 何か最後に『別に呼び方なんてどうでもいいんだけど』とか謎の言い訳してて面白いなー、なんて思ってませんから」


「なるほど、分かりやすい煽りをありがとう。後でしばく」


「じょ、冗談ですよ」


「フン、まぁいい。今はお前を制裁してる場合じゃないからな。そして、もちろん策はある。だが、勝てる確証は全くない。何といっても、あの父上を倒した奴だからな。これまで戦ったことのないほどの強敵だろう?」


 確かに、リガルはこれまで一度も負けたことがない。


 しかしそれは、母数が少ないからという側面もある。


 これまでリガルが兵を率いた戦争は、エイザーグ王国と合同でアルザート王国を侵略した戦争と、第一次ヘルト戦争、それに今回の戦争の計3回だ。


 アルザート王国との戦争では、確かに敗北は喫していないが、勝ってもいないし、第一次ヘルト戦争では未熟なポール将軍をスナイパーというチートで倒しただけ。


 今回の戦いに至っては、相手が無能だったから勝利できただけだ。


 つまり、リガルは名将を相手に勝利を納めたことがない。


 これまで強気な発言を繰り返していたが、実は内心不安を抱いているリガルであった。


「確かに、前回の第一次ヘルト戦争でも、ポール将軍は未熟ながらも才気の片鱗は見せていました。あれが完璧に発揮された時を考えると、少し恐ろしいですね」


「あぁ……」


「しかし、結局道中作戦を考え始めてから、全く私に作戦の内容を教えてくれませんでしたが、結局その作戦というのは、どんな内容なのですか?」


「そいつは後のお楽しみ……と言いたいところだが、ヒントだけ教えてやる」


「ヒント?」


「あぁ、今回父上は、ポール将軍の揺さぶりに対応しようとして、見事にしてやられた。だから、序盤は相手の出方を伺って、じっくりと戦っていきたいと思う」


「……ふむ。何だか、殿下――じゃなくて陛下らしくない作戦ですね」


 リガルの言葉に、思案気な表情で呟くレオ。


 確かに、普段のリガルは画期的な戦術で、一気に勝負を決めることが多い。


 第一次ヘルト戦争の時も、スナイパーを上手く活用して一気に敵の魔術師の数を削り、そのまま決着を迎えた。


 そして今回は、初手の夜襲をきっかけに、一気に大勢たいせいを決した。


 しかし、今回はまず相手の出方を伺い、こちらからは仕掛けないと言う。


 確かに、これまでのリガルとはだいぶ違う。


「まぁ、今回は互いの兵力がこれまでの戦いとは全然違うからな。こっちが何か必殺の一手を放ったところで、決着まで持っていくのは難しい。だったら、まずはこっちが派手に動くよりも、相手に動いてもらって、出来た穴を突いたりする戦い方の方が楽だろう?」


 これまでの戦いでは、数百の兵を減らしたら大体決着がついていた。


 しかし、今回はこれまでとは桁が違う、10000以上を超える大軍同士の戦い。


 数百兵が減ったところで、簡単に立て直せる。


 こういう戦いでは、一手の奇策で決めるというよりは、継続的に相手にダメージを与えることが求められてくる。


「なるほど。しかし、それはそうとしても、敵の仕掛けに対応しなくては、相手に主導権を譲ってしまうのでは?」


「その通り。そこで俺が考えたのは、ポール将軍が父上に対して使った、『揺さぶり』を封印する秘策だ。そんでその秘策とは……『無策』だ!」


 そう言ってリガルはニヤリと笑ったのだった。

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