第119話.悔恨と強い意思
今回は、本編の前に一つ皆様に謝罪しなければならないことがあります。
107話にて、リガルたちがヘルト王国内の領土を荒らせば、ヘルト王国軍がロドグリス王国の侵略を中止して撤退するだろうという予想をしていました。
しかし、ストーリーでヘルト王国軍が撤退することは無く、それについての言及もここまでありませんでした。
これは、作者側が意図しての事ではなく、単なるミスです。
そこで、112話の序盤のリガルとレオの会話にて、敵が簡単には撤退しないのではないか、という考えをレオがリガルに問いかけるシーンを加筆させて頂きました。
ストーリーに大きな変更はありませんが、読者の皆様を混乱させるような真似をしてしまい、本当に申し訳ございません。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――時は、36時間ほど前まで遡る。
つまり、リガル側の戦いで言う、2日目の朝。
ロドグリス王国の方にも、ヘルト王国軍の魔の手が襲い掛かってこようとしていた。
その数は、およそ15000。
だが、ヘルト王国が侵略してくるという情報はだいぶ前から聞いていたので、当然準備は万全だ。
アドレイアはこれを迎え撃つべく、ヘルト王国が挙兵したという情報が入った昨日の昼から夜通し歩いての強行軍で、ヘルト王国との国境まで兵を率いてやってきた。
その数は、エイザーグ王国の援軍も含めて12000。
現在兵たちには、戦いに備えて交代で数時間の休息を与えている。
準備は万端だった。
そんな中……。
「さて、諸君。それではこれより、最終確認を行おうか」
アドレイアは将軍たちを集めて、作戦などの最終確認を行おうとしていた。
10000をも超える大兵力による決戦がこれから行われようとしているということで、将軍に任命されるほどの経験を積んできた面々と言えど、随分と緊張している様子がうかがえる。
ピリピリした空気が、部屋全体に張り詰めていた。
現在アドレイアは、ヘルト王国との国境付近にある、セディーラという都市にいる。
敵の行軍ルートから、ここら辺を通ろうとしているだろうと辺りを付けたためだ。
まぁ、仮にそれがアドレイアたちを釣るための敵の策だったとしても、敵の情報さえちゃんと掴んでいれば、行軍ルートを敵が変更したとしても十分対応可能だ。
問題はない。
「まず、今回は都市をひたすら防衛することを目指す。どうせこちらはリガルが今頃敵国を荒らしているのだ。何か動くとしても、リガルからの連絡が入ってからだ」
そう。
今回アドレイアがやることは非常にシンプルでいい。
国土をとにかく防衛する事。
それだけだ。
しかし、シンプルだからと言って、簡単かと言うとそうでもない。
「重要なのは、とにかく敵の動向を少しも
アドレイアはここでサラッと言ったが、敵の動向を少しも逃さないというのは、非常に難しいことだ。
まぁ、数回程度ならミスをしても大丈夫だろうが。
とはいえもちろん、一回のミスが大損害に繋がることだって無いわけではないので、油断は全くできない。
「しかし、リガルが必ず作戦を成功させてくれるとは限らない。我々のヘルト王国軍との兵力差はたった3000。ホームアドバンテージと兵の質で埋めることが可能な程度の僅かな差であるはずだ。最も重要なことは、こちらが損害を出さないことだが、出来ればこちらが逆に敵に損害を与えるところまで狙っていきたい」
(リガルなら何とかしてしまうような気がして、前回に続いて今回もあいつを頼ってしまったが、あいつが作戦に失敗した時、敗北の責任を押し付けてしまう訳にはいかないからな……)
心の中でアドレイアはそんなことを思う。
実はアドレイアは、前回の第一次ヘルト戦争にて自分が敵に敗北してしまったことに責任を感じていた。
客観的に見れば、リガルで言うスナイパーのような切り札を持ち合わせていないアドレイアに、2.5倍もの兵力差を覆すことはあまりに無理難題であるため、仕方ないことではあるのだが。
だが、そんなことはアドレイアも百も承知。
アドレイアはその上で、息子が華々しい勝利を上げ、自分は敗北するという状況に、強い悔恨を抱かずにはいられなかったのだ。
その悔しさを晴らすべく、そして何よりリガルの援護をしてやるんだという親としての気持ち。
それらを持って、アドレイアはいつも以上に強い気持ちでこの
「そして、もしもリガルが作戦に成功した場合は、敵は撤退する可能性が高い。そうした場合は、リガルとの合流を目指しつつ、敵を追撃する」
「……ふむ。しかし、一つ気になっていたのですが、追撃する場合はエイザーグ王国の助けは得られるのですかな?」
これまで黙ってアドレイアの話を聞いていた将軍たちだが、今回は一人が声を上げる。
彼の名は、ハイネス・ルイン。
ロドグリス王国の将軍の一人である。
確かに、この問題は重要だ。
エイザーグ王国とロドグリス王国の間で交わされている
侵略にまで手を貸す義理は無い。
それに、両国の関係は非常に良好なものであるが、かといって互いの国が強大化するのを喜ぶことはない。
当たり前だろう。
そんなことになれば、同盟関係は瓦解しかねない。
今の友好関係は、両国の力関係が拮抗しているからに他ならないのだから。
つまり、エイザーグ王国がヘルト王国軍の追撃に、喜んで手を貸してくれるという事は望めない。
「もちろんそれは無理だ」
そして、アドレイアとしても無理に追撃に協力してもらう必要性も無いと考えているので、手を貸してくれるように頼んだりもしていなかった。
「だが、別に問題はないだろう。そんな状況になれば、恐らくリガルたちがすでに戦果は十分挙げてくれているはずだ。追撃と言っても、いつでも身を引ける程度に安全重視で行えばいい」
「なるほど……。了解しました」
ハイネス将軍も、アドレイアの回答に納得がいったのか、大人しく頷いて引き下がる。
「では、他に何も無いか?」
アドレイアは何か質問が無いかを問いかけるが……。
「…………」
特に返答は帰ってこなかった。
「では、これで最終確認は以上とする。敵がやってくるのももう間もなくだ。いつでも動けるように、準備をしておけ。敵が国境を越えたという情報が入ったら、すぐに動き出すからな」
「「「了解」」」
こうして、最終確認は終わった。
結構確認の内容がガバガバだったように思うかもしれないが、結構今回の作戦はリガル次第なところがあるので、アドレイアのやれることは限られてくるのだ。
故に作戦らしい作戦も存在しない。
無論、リガルが作戦の遂行に失敗した場合でも、それを帳消しに出来るように最大限アドレイアとしても働くつもりだが。
そのためにやれることは、少なくともこれから数日間の間、リガルが作戦を成功させることを信じて、本国の守りを固めることだくらいだろう。
ーーーーーーーーーー
――コンコン。
部屋の扉を何者かが叩く音がする。
戦いに備え、個室で一人休息を取っていたアドレイアの元に、誰かがやってきたようだ。
まぁ、精神的に落ち着かないので、休息になっているかは微妙なところではあるが。
「誰だ?」
「オルクです。敵が国境を越えて我が国に侵入してきたとの報告が入りました。すでに他の魔術師には通達しております」
オルクと言うのは、アドレイアと幼少期から付き合いがある、側近である。
アドレイアとしても、非常に信頼していて、人目のないところでは友人のように親しく接しているほどだ。
「何……!?」
アドレイアは慌てて勢いよく立ち上がると、身だしなみを軽く整え、傍らに置いてある杖を腰に差すと部屋を出る。
現在は、先ほどの将軍たちを集めた作戦の最終確認が終わってから数十分しか経っていない。
想像以上に早い敵の来襲に、アドレイアも驚いたという訳じゃないが、少しまだ心の準備が整っていなかったという感じだ。
とはいえ、そんなことを言っている場合ではない。
「他の情報は?」
「はい。とりあえず敵は兵を分けたりという、目立った行動は今のところ起こしていません。行軍ルートも、今の所はこちらの予想通りです。兵数にも変化は恐らく無いと思われます。率いている将軍は、ポール・ロベールという若者です。……えーっと、今のところ分かっている情報はこれくらいですね」
「ポール・ロベール……。確か第一次ヘルト戦争の時にリガルが戦った相手だったか……」
アドレイアも、王としてヘルト王国の将軍の名前くらいは全員憶えている。
だが、ポール将軍については、数いるヘルト王国の将軍の中でも少し詳しく知っていた。
それは、第一次ヘルト戦争が終わった後、リガルから色々と話を聞いた際に少し話を聞いたためである。
それによると……。
「ポール将軍は、才能は間違いなく持っていると言っていたな。その場その場での対応力は天才と言われるだけあると。しかし、その一方で経験の浅さと、プライドの高さから来る敵の策への無警戒さが感じられた、と」
「流石はリガル殿下。あの兵力的に大劣勢の戦いの中、そこまで冷静に分析していたのですか。その情報は少し抽象的ではありますが、役に立ちそうですね」
「あぁ。リガルの話を考えると、少なくとも乱戦の様な形には持ち込みたくないな。戦闘以外の面で策を一つでも用意することが出来れば理想だ」
「中々難しそうではありますがね」
「はは、まぁいざとなれば俺自らが前線で戦うさ。命を懸けてでもヘルト王国軍の好きにはさせん」
「命を懸けるとか……勘弁してくださいよ。陛下の身に何かあったら、例えこの戦いに勝利できたとしても大変なことになるんですから」
「分かっている。それくらいの意気込みで臨むということだ」
軽口を叩きあいながら、アドレイアたちは建物を出ていく。
若い頃から戦場を経験しているアドレイアすらも経験したことがないような大規模決戦が、今まさに始まろうとしていた。
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