第107話.集結

 ――一週間後。


 フォンデにいるリガルの元に、4年の時を掛けて用意した、ヘルト王国に潜むロドグリス王国魔術師が集結した。


 その数、およそ500。


 しかし、魔術師をリガルの元に集結させる上で、「敵に動向がバレてはいけない」という問題があった。


 それを解決する2つの選択肢。


 一つは、夜間のうちに魔術師を動かすこと。


 もう一つは、開戦ギリギリのタイミングを見計らって動かすこと。


 双方の選択肢にはリスクがあるが、それでもどちらかを選ばなくてはいけない。


 そこでリガルが選択したのは……後者の策。


 リガルは、敵が1週間前の時点ですでに軍の編成を行っていたことを踏まえて、1週間という少し早めの時期に、兵を動かしたのだった。


 これが吉と出るか凶と出るかは、現時点ではまだ分からない。


 もしも敵の動き出しが、リガルの予想よりも遅ければ、きっと大戦犯になることだろう。


 だがそれでも、とりあえず準備は整った。


 本国との連絡も、1日かからず行えるようになっている。


 残るやることと言ったら……。


「後は、集結した魔術師を、どう配置するか……だな」


 静寂に満ちた、フォンデ内の安い宿屋の一室にて、リガルは呟く。


 その視線の先には、一枚の地図が広がっていた。


「まだ決まってないんですか?」


 リガルと共に部屋にいたレオが、それに反応する。


「まぁな。数日前から考えてはいたんだが、悩んでいるうちに我が国の魔術師が集結してしまった」


「なるほど……。まぁ、事が事ですし、慎重にもなりますか。大体どんなことを考えているのか、聞かせて頂いても?」


「別にいいけど。今回俺が考えている目標としては、敵の都市を大量に落とすこと。特にフォンデ以南の都市を狙いたい。規模はどうでもいい。とにかく数だな」


「して、その理由は?」


 レオは、さして疑問に思っていないような様子で、リガルに問いかける。


 恐らく、すでに半分以上はリガルの意図を察していて、答え合わせのような感じなのだろう。


「理由は2つ。一つは、少ない兵で敵に大きな衝撃を与えられるから。もう一つは、敵が退却してきた時に、その途中に通る都市を落としておけば、休息が満足に取れず、多少は敵にダメージを与えられるのではないかと思ってな」


 どちらかというと、後者の方がメインの理由だ。


「敵が退却してくる前提ですか……?」


「そりゃあしてくるだろう。意気揚々と家から出掛けたら、急に自宅のキッチンから火の手が上がったようなもんだぞ? 誰だって、慌てて引き返してくるに決まってる」


「確かに。けど、そうは言ってもヘルト王国の国土は広い。そんなの迂回されるだけでは?」


「それならそれで構わない。相手が移動に時間を割いてくれるなら、その分こちらは態勢を整えたり、妨害の布石を打ったりしても良い。どう動かれても、こちらにはアドバンテージとなる」


 レオの意見にも、リガルは間髪入れずに反論していく。


 ここ数日、この事についてずっと考えたいたというのは、伊達ではないようだ。


「なるほど。構想はかなり描けているみたいですね」


「まぁな。今考えなきゃいけないのは、もっと具体的な部分だ。すなわち、ヘルト王国の都市を沢山陥落させるという目標のために、どう兵を使うか」


「どう兵を使うか……ですか。しかし、別にそんなに工夫するほどの事でもないのでは? とりあえず二個中隊を近隣の様々な都市に送って、それらに対して同時に夜襲を仕掛けたりすれば、警戒が薄い今なら簡単に落ちそうですが」


 現在は、ヘルト王国の都市の中でも、トップクラスの規模を誇るフォンデですら50人ほどの魔術師しか駐在していないのだ。


 他の都市はその半分くらいしかいないかもしれない。


 そんな手薄な状況なら、あっさりと夜襲が決まる可能性は高い。


 しかもそれを、複数の都市で同時に行えば、電撃的にここら一帯を制圧することが出来るだろう。


「確かにそれは俺も考えた。ただ、単にそれだけでは上手くいかないと思う」


「どういうことですか?」


「考えてもみろ。夜襲なんてすれば、それを聞きつけた敵が、夜が明けるのを待たず襲ってくるかもしれない。いや、しれないどころか、その可能性は十分にある」


「まぁ、そうですね。しかし、別に迎え撃てばいいのでは? 敵もそんな慌てて出撃してきたのでは、しっかりと統率も取れていないでしょう」


「アホか。こちらは兵が散っている。そして、襲ってくる敵の動きも、数も分からない。そんな状況で戦ったら大変な被害が出るだろうが」


「うーん、それならば、都市に火を放ったりして、すぐさま退散すれば……。いや、それも逃げる途中に敵と鉢合わせたりしたら無意味ですか」


「その通り」


 夜襲を仕掛けたはいいが、仮にそれが完璧に成功しても、その後同じような目に自分たちも遭ってしまうという訳だ。


 それでは、お互い痛み分けという形になってしまい、勝利とはならない。


「そこでだ。まず十個中隊を用意する。それを攻撃部隊とし、残った八個中隊とちょっとは、敵の反撃に対応する防御部隊とする」


「なるほど。まぁ、一度に都市を5つも落とせれば大成功ですね」


「いや、一つの都市を落とすのに使う兵力は、一個中隊だ。これなら10個の都市を同時に陥落させることが出来る」


「は? いやいや、いくら敵の兵力が少なくなっているからって、いくらなんでもそれは無謀でしょう!」


 リガルの言葉に、大げさなくらいの反応を見せるレオ。


「かもな」


 だが、レオの言葉に対して、リガルは否定するのかと思いきや、あっさりと頷く。


「えぇ!?」


「別に驚くようなことじゃない。仮にいくつかの部隊が失敗してもいいんだ」


「いや、だったら二個中隊を送って確実に落としていった方が良くないですか?」


 リガルは、あえて失敗するリスクを冒してでも、都市を多く落とすことを狙った。


 しかし、いくら手薄と言えど、一個中隊でそれを完遂するのは、そう簡単ではない。


 それはリガルも分かっている。


 だが、いくつかの都市の制圧は失敗する前提ならば、5個の都市を確実に落とした方が良い。


 その方が、落とせる都市の数は少なくなっても、魔術師の安全度が段違いで高い。


 ここは無駄な損耗は避けるべきだ、というのがレオの意見だろう。


 しかし、リガルが問題としているのはそこではなかった。


「落とす都市の数だの、兵の損耗だのどうでもいいんだよ。いや、良くはないけど、今は良いんだ。今は」


「え?」


「もちろん都市を落とすのは、最終目標なんだから、当然大切なことだ。しかし、今はそれ以上に落とした後のことの方が大切なんだよ」


「落とした後……? それは、攻められていない他の都市に駐在している魔術師からの攻撃、ですよね? だったら尚更、出来る限り多くの兵で固まっていた方が良くないですか?」


 戦場において、互いが連携できない場所に散っているのは非常に良くない。


 各個撃破されるからだ。


「確かに、それも一理ある」


 レオの言うことは正しい。


 リガルも頷く。


「けど、今回の俺の作戦にはそぐわない。考えてもみろ、俺はさっきなんて言った?」


「え? さっき……?」


「そう。さっき、俺の元に集まっている500の兵を、攻撃部隊と防御部隊の二つに分けるって言ったよな?」


「…………?」


 リガルの言葉の後、レオはだいぶ長い間悩むようなそぶりを見せ……。


「あぁ! 分かりました。つまり、殿下は他の都市の敵が攻めてきた時には、防御部隊が対処するから、そもそも攻撃部隊が夜襲時以外に敵と交戦することは、はなから考えていない、ってことですね」


「そゆこと」


 敵と戦わないなら、兵が散らばっていようがまとまっていようが関係はない。


「それに、わざわざこちらの魔術師に損害が出るリスクを冒してまで、少人数で都市を攻めようなどと言い出したのには、他にも理由がある」


「他にも?」


「そうだ。ヘルト王国の都市を俺たちが攻めた時、それに対処しようとする敵の思考を読むんだ」


「また難しいことを言いますね」


「そうか? じゃあ一旦、敵の視点になって状況を整理するぞ。まず、フォンデ近隣の10個の小規模都市が夜襲を受けた、という情報が、大体1時間後くらいに届く。さらにそこから1時間から2時間ほどかけて、ここら一体の魔術師1000人ほどをかき集る。そしてその後ようやく、さぁ、出陣となる。目標はもちろん、国内の都市を荒らしている不届き者を始末することだ」


「えぇ? よく分かりませんが……。まぁ、当たり前ですけど、とりあえず早急に処理したいですね。他国の侵略中に自国で騒ぎなんて起きたらたまったもんじゃない」


 レオは首をひねりながらも、リガルの未だ真意が分からない問いに答える。


「そうだよな? 当然早く解決したいよな? そんな中、敵の兵力はどれくらいかな? と探ってみると、なんと一個中隊しかいません、となる。これは、兵を分けて対処していいのではないでしょうか」


「……!」


 ここにきて、レオはようやく気が付く。


 リガルの真の狙いに。


「そうか! 敵の焦りを利用した、兵力の分散を引き出すための罠、ということですね?」


「正解。そうなれば、数の上で本来下回っているはずなのに、敵と同数でやりあえる。凡将相手に同数なら、俺は絶対負けない自信があるね」


「はは……。私もその状況で殿下が負けるビジョンが見えませんよ……」


「だろ? んじゃあ、早速落としたい都市を選ぶとするか」


「ですね」


 こうして、2人は再び地図とのにらめっこを再開するのだった。

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