第66話.策略の結末

 オルクの進言を受けて、アドレイアは早速動き出す。


「よし、一旦少し後退しろ! ゆっくりと戦線を後ろに下げるんだ!」


 まず、アドレイアが取った行動は、後退だった。


 とは言っても、逃げ出すわけではなく、少し戦線を下げるだけなので、ゆっくりとだ。


 そんな一気に下がったりはしない。


 一歩、また一歩と、じわじわと下がっていく。


 敵に背を向けたりはしない。


 と、同時に、アドレイアは自身の傍においておいた、精鋭部隊を少しづつ前線に送っていく。


 そう、今アドレイアがやろうとしているのは、兵を動かすと見せかけて、ちょっとずつ精鋭部隊を前線に移動させることだ。


 精鋭部隊を動かしていることが、ヘルト国王――ヴァラスに見つかってしまったら、同じく敵の精鋭部隊をぶつけられて、止められてしまう。


 だったら、見つからないようにすればいい。


 その、見つからないための作戦が、これだ。


 シンプルではあるが、目くらましには悪くない。


 慎重を期して、30分以上かけてゆっくりと精鋭部隊を前線に送っていく。


 この間、無意味な陣形移動も欠かさない。


 警戒しすぎているくらいに、丁寧に事を進めていく。


 その甲斐あって、アドレイアは上手く、右翼の前線に全ての精鋭部隊を送ることに成功した。


 もちろん、アドレイア自身もそこに存在する。


 準備は万端だ。


 が、攻撃を開始する前に、アドレイアは、ウォーミングアップとばかりに、軽く敵に魔術攻撃を放つ。


 流石にこれくらいは防がれ、反撃が返ってくるが、アドレイアにそんな攻撃が当たるはずもない。


 最小限の動きで、綺麗に躱す。


 今日も絶好調の様だ。


「よし、行くぞ!」


「「「了解!」」」


 力強いアドレイアの言葉に、精鋭部隊のメンバーも、力強く呼応する。


 そして、一斉に動き出した。


 一気に前進して、敵との距離を詰めると、息もつかせぬ猛攻撃を仕掛ける。


 先ほどまでの、均衡を保っていた、比較的平穏な打ち合いとは、まるで違う。


 突然空気が変わったような、戦況変化だ。


「な、なんだ!?」


「急にどうしたのだ!?」


 突然のロドグリス軍の攻勢に、ヘルト王国軍は慌てふためく。


 ただでさえ強い精鋭部隊とアドレイア。


 そんなロドグリス軍に対して、混乱していては、とても対抗できるわけがない。


 さきほどまで、圧倒的な強靭さを誇っていたヘルト王国軍の連携が、ロドグリス軍の暴力的なまでの攻撃力に、ボロボロと崩れていく。


 中でも、アドレイアの戦闘は圧巻だ。


 ロドグリス軍の精鋭部隊の魔術師は、全員がハイレベルだが、その中でもアドレイアの動きは頭一つ抜けている。


 流石に、「竜王」などと呼ばれるだけのことはある、と言ったところだろうか。


 アドレイアも、圧倒的な自軍の優勢に、勝利を確信した。


 圧倒的な力を見せつけたロドグリス軍が、敵右翼を半壊させることに成功するのに、30分とかからなかった。


 そして、敵が戦意を喪失し、散り散りにどこかへ逃げていく。


 流石にこれ以上に敵を追う必要はないので、殲滅を打ち切って、今度は敵将ヴァラスを捜索し始める。


 だが……。


「見当たりませんね……」


「あぁ……」


 オルクの言葉に、アドレイアは難しい顔をしながら頷く。


 そう、肝心なヴァラスの姿が見当たらない。


 これにはアドレイアも意味が分からず困惑する。


 とはいえ、すでにヴァラスの捜索に、10分近くかけている。


 ひとまず捜索は打ち切って、左翼の方に行った方がいいだろう。


 そう考えたアドレイアは……。


「一旦、捜索はやめにする! 左翼の援護に行って、敵を完全に退けるぞ!」


「「「了解!!」」」


 アドレイアの指示に、魔術師たちが呼応する。


 こうして、アドレイアは勝利を確信して、沸き上がる喜びを必死に抑えながら、左翼の援護にやってきたのだが……。


「な、なんだこれは……」


 左翼の戦場が見えるところまでやってきたところで、アドレイアは愕然と呟く。


 ヴァラスに関しては、信じられな過ぎて、声も出ないようだ。


 他のロドグリス軍魔術師も、固まっている。


 何故なら、そこにはロドグリス軍の魔術師の姿はなく、雄たけびを上げるヘルト王国軍の姿しか残っていなかったからである。


 それの意味するところは一つ。


 ロドグリス軍の左翼は、ヘルト王国軍に敗北した、ということだ。


 そんな、信じられないといった気持ちで、この戦場を見つめるロドグリス軍の姿を、ヘルト王国軍も視認したのか、ゆっくりとこちらへやってくる。


 それに気が付き、呆然としていたロドグリス軍も、臨戦態勢に入る。


 両者の距離が、30mほどの距離のところまで来たところで、ヘルト王国軍の進軍が止まる。


 そして、その軍の中から、ヴァラスが前に出てきて……。


「何故ここにいるんじゃ? まさか左翼の儂らの軍を撃破したというのか?」


 大きな声でアドレイアに問いかける。


 それを受けて、アドレイアも自軍をかき分けて、後方から前に躍り出ると……。


「当然! 貴様の率いる軟弱なヘルト王国軍など一瞬だったわ! それよりも、どうやって我が軍の左翼を撃破したというんだ!」


 ヴァラスの問いに、煽りの言葉で返答する。


 さらに、自らもヴァラスに、左翼の惨状について問う。


「ふん。儂らは、最初から精鋭部隊を一般魔術師と思い込ませて、前線に送り込んでおったんじゃよ。儂らの精鋭部隊に掛かれば、お主の奇怪な戦術など、一瞬で粉砕してやったわ」


「何だと……」


 どうやら、考えていたことは、しくも同じだったらしい。


 目的は同じ。


 手段が違っただけ。


 アドレイアは、敵の左翼を粉砕するために、相手に気取られないように注意を払って、少しづつ右翼に魔術師を送り込んだ。


 対して、ヴァラスは、アドレイア側の左翼を粉砕するために、はじめから右翼に一般兵に偽装した精鋭部隊を置いていた。


 どちらも、敵左翼を突破する作戦。


 決行タイミングもほぼ同じ。


 その結果、どちらも作戦は成功し、互いに左翼の兵を失った。


 この戦いは、引き分けという事だ。


「おのれ、今度こそ完全勝利してやるわ! 全軍、素早く陣形を整えろ!」


 だが、次は勝つと、気合を入れなおしたアドレイアは、自軍の魔術師に力強い声で指示を出す。


 が……。


「ふん、やる気になっているところ悪いが、儂は撤退させてもらうぞ。戦いは自分に有利な状況じゃないと、始める気が起らないのでな。全軍! 撤退じゃ!」


 そう言って、ヴァラスは背を向けた。


 それに伴い、ヘルト王国軍も、それに続く。


 その動きは、非常に迅速だった。


「なっ……。ま、待て!」


 アドレイアは、驚いたような表情をして、それを慌てて追う。


 他のロドグリス軍の魔術師も、魔術を放ちながらそれを追った。


 しかし、ヴァラスの撤退は完璧で、上手く崩すことが出来ない。


 そうこうしているうちに、敵は射程距離から逃れてしまった。


 去り際、ヴァラスはこう言い残した。


「では、また遠くないうちに、相まみえるとするかのう!」


 アドレイアは、それを歯噛みしながら見つめ、立ち止まることしかできなかった。


 かくして、ヘルト王国対ロドグリス王国の戦いは、予想外の引き分けという結果に終わった。


 ヘルト王国軍が、自国内にいては、アドレイアもおちおちエイザーグの救援になど向かえない。


 そのため、アドレイアはこれ以降、ヘルト王国軍に足止めるを食うことになったのだった。

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