第37話.決行
「は? マジかよ……」
リガルは予想だにしなかった急報に、呆然とそう呟く。
「バカな……。状況は?」
アドレイアも、完全に虚を突かれて動揺しているが、すぐに対応を始める。
イレギュラーへの対応が早いのは、経験値がリガルとは比較にならないからだろう。
「アルザート軍の奇襲です! 向こうもこちらの居場所を特定していたようで……」
「クソ……。こんな早くにか。私も戦おう。敵のところまで私を連れていけ!」
「そ、そんな……! 陛下、危険です! 奇襲を受けている上に、こちらの方が数で負けています!」
「いや、劣勢だからこそ私が自ら出るのだ。さぁ、案内しろ!」
「……! はい!」
アドレイアの迫力に負けたのか、敵襲を伝えに来た魔術師は、こくりと頷く。
「リガル。お前は陣幕の中で待ってろ。何人か俺の側近を置いていくからな。しっかりいう事を聞くんだぞ!」
アドレイアは最後に、リガルにそう声を掛けると、あっという間に陣幕を飛び出していった。
リガルはその
何が起こっているのか、突然の出来事過ぎてわからなかったのだ。
しかし、ずっと脳がバグっていることもないので、数分もすれば流石に冷静さを取り戻す。
そして気が付く。
(待てよ。これってもしかしてチャンスなのでは?)
現在、敵の夜襲により、こちらは大ピンチ。
アドレイアはこの夜襲で自軍が崩壊しないように、自ら戦火に飛び込んだ。
そして今、リガルはレオやレイと共に、数人のアドレイアの側近の下、陣幕に取り残されている。
この状況は、正にリガルたちが、狙撃夜襲作戦の成功のために、第6位階以上の魔獣を連れてきて起こそうとした混乱とほとんど同じだ。
つまり、今のうちに陣幕から逃げ出して、狙撃夜襲作戦を行う絶好の大チャンス。
(行くしかないだろ……)
そう思ったリガルは、まだ動揺したままのレイとレオに……。
「おい、急遽決行だ。どうやってここから逃げ出すかは説明している場合じゃないので、上手く乗ってくれ」
「え、えぇ⁉」
「ん? 殿下、どうかされましたか?」
リガルの言葉に驚くレイ。
しかし、あまりに驚いたせいで、アドレイアの側近の注意がリガルの方に向いてしまう。
「い、いや……」
――別に何でもない。
一瞬、そう誤魔化してこの場を逃れようとしたが……。
(いや、これを逆に利用しよう!)
突如策を思いついたリガルは……。
「父上が戦地に向かったのに、俺だけこの安全な場所で待っていることなど出来ない! 俺も父上と共に戦うぞ!」
「な、なりませんぞ! 殿下は時期国王。絶対に戦闘などしてはいけません!」
少し芝居がかったような台詞になってしまったが、リガルの言葉の内容が衝撃的なものだったためか、違和感を持たれることはなかった。
それに内心ほくそえみながら……。
「誰が止めようと無駄だ! 俺は父上と共に戦うぞ!」
そう言って、勢いよくリガルは陣幕を飛び出した。
「な……!」
驚愕で固まりかけるも、すぐに冷静さを取り戻し、アドレイアの側近はそれを追おうとするが……。
「ま、待ってください殿下!」
「「「うげっ」」」
そういいながら、レオがアドレイアの側近たちがリガルの後を追うのを、足を引っかけることで妨害しつつ、リガルの後を追う。
アドレイアの側近たちは、見事に全員転び、情けない呻き声を上げる。
それを見ていたレイも、上手くリガルとレオの後を追って陣幕を飛び出した。
3人は、後ろを振り返ることなく、猛ダッシュで陣を出て行く。
打ち合わせなど、当然していないが、その動きに迷いはない。
さらに、夜襲を受けているという状況だったうえに、辺りが暗いため、味方の魔術師に見つかることも無かった。
結果、リガルたちは上手く姿を眩ますことが出来た。
「さて、ここまではアドリブながら理想的に動けた。問題はここから」
「ですね。敵の居場所は我々も知ってるので、まずは敵陣が見下ろせる高台に移動することが第一目標……といったところでしょうか?」
「あぁ、とはいえ、戦闘もどれだけ続くか分からない。父上たちがあっさりやられることは考えたくないが、あまりのんびりはしてられないだろう。先を急ごう」
「はい」
そして、3人はどんどん道を進んでいく。
それから20分ほど経ち、リガルたちはようやく絶好の狙撃ポイントを見つけた。
(スナイパーの存在が知れ渡っている地球ならば、多分全然甘すぎるんだろうが、この世界なら間違いなくバレないだろう)
対して、こちらは敵の位置がはっきりと見える。
狙撃ポイントを見つけたリガルは、懐から何かを取り出し、レオに渡す。
「ほら、これがスコープだ。ちゃんと杖に装着できる」
「おお、そういえば前に密かに開発しているって言ってましたね。……って、これはなんです?」
そう言いながらレオはスコープの先端を指さす。
レオの指さした先を良くみると、レンズの上に何か網のようなものが張ってあった。
「あぁ、それはキルフラッシュっていうんだ。レンズっていうのは、光が当たると反射するだろう? こいつはそれを防いでくれる。レンズが光ったら敵に居場所がバレてしまうからな」
ちなみに、このキルフラッシュはリガルの手作りである。
クライス商会の囲っている職人を紹介してもらったのだが、説明を理解してもらえなかったためだ。
構造は非常にシンプルだし、技術など微塵も持ち合わせていない素人のリガルでも、それっぽいものが出来上がったが、性能は保証できないだろう。
あればワンチャン役に立つかもしれない、程度だ。
「そうなんですね……。え、でもそこまでする必要あるんですか? レンズの反射なんて絶対に気が付かないと思いますが」
「それがそうでもないんだなぁ。今なんて特に辺りが暗いだろう? 月明かりにでも照らされて、光ってしまったら、相当に目立つぞ?」
「そ、そんなもんですか?」
「あぁ。それに、警戒は少しでもしておいた方がいい。警戒に、やりすぎなんてないからな」
「まぁ、それもそうですね」
頷きながら、レオは杖に受け取ったスコープを付けて、覗く。
「おお、見やすいですね! 結構な距離がありますが、これなら完璧に狙撃できそうですよ」
ここからの距離は300mほど。
現実のスナイパーなら、当てて当然の距離であるが、この世界では厳しい距離。
これを「完璧に狙撃できる」と自信満々に言うレオは、やはり狙撃の天才と言えるだろう。
だが……。
「スコープを覗くことで、距離が近いように見えても、実際の距離は肉眼で見ている距離と変わっていない。偏差や弾道の落下などは頭に入れておけよ?」
「流石に分かってますよ。殿下に雇われてからの2年間を、伊達に過ごしている訳じゃありませんから」
「そうか、ならいい。とりあえず俺は別の準備をするから、レオは敵の指揮官を探しておいてくれ。ついでに余裕があったら、隊長クラスの奴も目星をつけておいてくれ」
「お任せください」
そう言って、レオは敵陣に視線を戻した。
さて、リガルはその間に一体何をするかと言うと、草集めである。
ふざけているのか? と思う人もいるかもしれないが、リガルは至って真面目だ。
草を自らの身体に張り付けることで、周囲の風景に溶け込み、敵の眼を欺くことが出来るのだ。
(まぁ、今回はそんな丁寧に張り付けたりせずとも、適当に被るだけで十分だろう)
本来なら、まず敵陣に近づく前に、絶対に敵に補足さない距離で準備しておくことだが、今回は敵を攻撃した後にバレないようにすることが目的だから問題ない。
「よし、こんなもんでいいだろう」
リガルは、両手に大量の草を抱えてレオの元に戻ると、持っていた草をレオの身体の上に置き始めた。
「ちょっと! 何するんですか!?」
もちろん、突然こんなことをされたら、誰でも怒る。
レオはリガルの家臣であるため、怒ることは出来ないが、それでも僅かに不快感をあらわにする。
しかし、リガルは別に、小学生の悪戯のようなノリでやっている訳ではないので……。
「落ち着け。これは風景に俺たちの身体を溶け込ませるカモフラージュだ。暴れると草が落ちちゃうから、じっとしてろよ」
「な、なるほど」
その説明に、レオは納得すると、すぐに敵の指揮官を探す作業に移った。
リガルが命令してから、すでに10分ほど経過しているが、まだ見つからないようだ。
自分のやることが無くなったリガルも、双眼鏡を懐から取り出して、敵の指揮官探しに協力する。
時間に余裕もないうえ、自軍が奇襲を受けているという状況、そして辺りが暗闇である不安。
様々な要因のせいで、焦りがリガルの中に生まれてくるが、リガルはそれを押さえつけて、じっと双眼鏡で敵陣を見ることに集中する。
それから、さらに10分ほど経過した頃だろうか。
「「あ……!」」
突如、2人は同時に小さく叫び声を上げたのだった。
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