第31話 人形は眠る④

「中枢に致命的異常発生。魔素マナコントロール困難。駆動モードを第二種に変更」


 みつる小烏丸こがらすまるに貫かれた人形は、取り憑かれていた死霊が消滅すると、一旦機能不全を起こしたが、すぐに立ち直り、がら空きになった光の両肩に腕の剣を叩き付けようとする。その動きは極めて滑らかであった。


「にゃろっ、往生際の悪い!」


 光は一瞬早く刀を引き抜き、同時に蹴りを放ちつつその斬撃から逃れた。

 だが体勢が崩れ、背中から床に倒れ込んでしまう。

 左手の松明が手から離れようとしたが、慌てて持ち替えて床の香油に接触することはなんとか逃れる事が出来た。

 

 だがそこに隙が生まれてしまう。


「なんだと!?」


 人形が飛び上がったかと思うと、何を考えているのか、倒れた光の顔面に股間をダイブさせ、いわゆる顔面座位的な体勢でマウントを取ったのである。


「ぶはっ!?」


 はたから見れば、ある種の男にはとってはなかなか羨ましい体勢であるが、やられたものは堪ったものでは無い。

 何しろ股間で鼻も口も塞がれ、息が出来ないのである。

 なんとかこの破廉恥な地獄から逃れようと、光は左手の松明を人形の背中に押し付けた。

 無論相手は痛覚など無い人形である、ゴムのような物が溶ける手応えしか感じなかった。

 とはいえ、人形側もマウントを取ったは良いが、具体的にどう攻撃しようか考えているように、ブツブツと何事か呟いている。


「腕部ソードでの攻撃、体勢的に困難。髪刃ヘア・エッジによる攻撃を選択。上半身可動域最大展開」


 そう言うと上半身が人間ではまず不可能なほど旋回し、ツーサイドにまとめた細い鋼線が、光のむき出しの太腿ふとももの表面をなで斬りにする。


 あまりの痛みに声を上げそうになったが、鼻も口も塞がれている身としては、うめき声を上げるのがやっとだった。


 このままではジリ貧だ。光は必死になって腹筋を酷使して脚を挙げ、そのまま人形の首に脚を絡める。


「ぷぉりゃあ!」


 そして脚と腹筋の力を利用して、そのまま人形を投げ飛ばした。

 投げ飛ばした際、敵の首から骨が外れるような妙な感触が伝わってきたが、構うことではない。


「ぷはっ! し、死ぬかと思ったっ」


 そのまま光は小烏丸を杖に、なんとか立ち上がる。

 一方人形も投げ飛ばされた状態から、体勢を整えつつあった。ただ、やはり首の関節を傷めたのか、あらぬ方向を向いている。

 そしてそんな状態にもかかわらず、再度攻撃に入ろうかとしたその時に、美しい声が響き渡った。


『命の理たる魔素マナよ その身を槍と成して 我が敵を貫け!』


 エルレインの詠唱と共に光り輝く槍が生まれ、それが人形の胸に深々と突き刺さる。

 人形は全身を痙攣させたかと思うと、それっきり稼働を停止した。


「やれやれ、ひでぇ目にあった」

「そげん言うて、案外気持ち良かったちゃなかとね?」

「んなワケあるか。相手は人形だぞ」


 見回せば、戦いも終わりに近づいている。


 まずダルゴが一体トドメを刺していたし、もう一体も今片付けた。

 残るは真琴と戦ってる一体だが、こちらもそう長くは無いようだった。


 初っぱなからキツい戦いになったな。



 光はこのダンジョンの難易度に、改めて思いを馳せるのであった。



※※※※※※



「んで、こいつら持って帰れば、お前達の結婚認めて貰えるのか?」


 光達は、ものの見事にスクラップ化した人形達を前に一息入れていた。


「馬鹿言うねぃ。死霊が取り憑いていた人形だぞ? んな物騒なモンを持って帰っても、親父達が納得するとは思えねぇよ。なぁ? エル」

「デスよねー」


 本命は他に有ると言うことか。

 そう言えば気になっていたことがある。


「そもそも、お前の親父さん達はなんでこの迷宮にカラクリ人形が有るって知ってて、それを欲しがってるんだ? ダルゴ」

「そりゃ兄弟ぇ、お前ぇ。ウチが先祖代々受け継いできた伝承のためよ」

「伝承? それなんなのさ」


 真琴の質問に、ダルゴは遠い目をして答えた。


「むかしむかし、あるところに魔法使いがおりました。その魔法使いは魔法を勉強するために、女の子と付き合ったことがありませんでした」

「なんか、妙に哀しいっつーか……まぁ続けてくれ」

「そして魔法を勉強し終わった魔法使いは、失った青春を取り戻すため、恋活をすることにしました」

「この世界にもあるんだ。恋活」


 真琴は興味津々だが、なんだか話が妙に生々しくなってきた。


「でも歳を取った魔法使いの相手をしてくれる女の子はいませんでした」

「そりゃそうだよね」


 無情にも真琴がうんうんと頷く。


「そこで魔法使いは考えました。付き合ってくれる理想の女の子が居ないのなら、自分で創れば良いんじゃない? と」

「またえらく短絡的な」


 光は心底呆れましたと正直言いたかったが、どうやら話の本番はここかららしい。


「そこで魔法使いはドワーフの有る一族に協力を求め、一人の人形を作りました」


 まさかそれが。


「そして魔法使いは人形に魂を創って入れ、目覚めを待ちました。自分が死んでも、黄泉返よみがえる魔法を自ら使って待ちましたとさ。いつまでもいつまでも」

「それでその人形はどうなったの?」


 真琴の問いにダルゴは哀しげに、というかいっそ憐憫の情を込めて首を横に振った。


「正直分かんねぇ。ただ、そのドワーフ族との約定に報酬を払うって事だったんだけど……未だに未払いなんだとよ」

「ちょっと待てダルゴ。その人形を回収しようって理由は、まさか」

「おう。借金のカタに取り上げてこいってさ」


 話は大体分かった気がするが、理解が追いつかない。


「えーと? 理想の嫁を? ドワーフ族の協力と一緒に? 人形として作って? んで制作費が未払いだから借金のカタにそれを差し押さえる、と。そいうことでいいんだな? この話」

「おお、理解が早くて助かるぜ。兄弟ぇ」


 なんだか頭痛がしてきた。


「なぁ、ダルゴ。一言、いいか?」

「なんだよ」

「その魔法使いも、お前らドワーフも、馬鹿じゃねぇの!?」


 古代カナン文明が何百年前の出来事か、正確な年数は公式にも記載されていないが、それにしても気が長すぎる。


「いやま、オイラもそう思うんだけどなぁ。借金は必ず取り返せってのがウチの家訓でよ」


 さすがのダルゴも身内の強欲さには辟易してるらしいが、エルレインとの仲を認めさせるには仕方が無いと諦めきってる様子だ。


「まぁー話は分かったし、協力はするけどよ。ここに住んでるリッチに同情したくなってきたよ。俺は」



 本気でその魔法使いに同情したくなる光であった。

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