第四十一話 覚醒

「そろそろあいつと当たるな。」

 武田は走りながら四条、紅に声をかける。ここでいうあいつとは、まだ名を知らないダイバーの能力者のことである。

「紅さんの話では地面から触手のようなものを伸ばすようなので、武田さんの斧と僕の弓で対処すれば紅さんが近づけるかもしれません。」

 四条は相手の戦い方について対策を練ろうとする。

「能力者との闘いで俺にもやることがあるんならよかったぜ。俺は人を斬りたくはねぇからな。」

「でも武田さんと四条さん、体力とか大丈夫ですか?」

 紅は相当な数のダイバーを相手にした二人の走るスピードがいつもよりも遅くなっていることや、全身から汗が流れていることから、二人の疲れ具合が気になっていた。

「大丈夫だ、まだまだ戦えるさ。」

 武田はいつものように元気でいるよう見せたかったようだが、彼の表情を紅はじっと眺めた後、ゆっくりと口を開いた。

「はい、頼みます。」

 紅は何かを悟られないように答えると、再び能力者の気配に集中した。

「来ます!」

 四条さんの合図の後、前方から触手のようなものが道の幅を埋めるほど伸びてきた。奥がよく見えないのでどれほどの数が押し寄せてくるのかは判断出来そうにないが、三人は素早く迎撃体勢をとる。武田は戦斧で、四条は矢を同時に複数本放ち、紅は火を纏った拳でそれぞて対応する。一人であれば厳しいと思われる触手の対応も、三人となれば不可能な話ではなかった。

「触手の先に能力者がいます!」

「なら、突き進む……!」

「はい!」

 四条が言った通りだと確信していた武田は今までの疲労を感じさせないような槍捌きで触手を斬り払っていく。紅の拳も迫り来る触手に囚われまいと腕の振りが見えないほどに高速に触手たちを粉砕し、四条の矢も触手がダイバーの腕に比べれば細く、当たりにくいが数が多かったため、ひたすら矢を放ち続けている。

「三人同時に仕留めるのは難しいか……。」

 上條は触手の向こうにいる三人の気配を感知しながら状況を俯瞰していた。加賀は霧島の方へ向かわせてから連絡が無いので、まだ発見できていないのだろう。仮に藍澤を霧島が救出し、二人がこちらへ向かってきた場合、戦況は一気に劣勢に立たされることになるため、何としてもここで三人を仕留めたいと考えていた。

(なら俺が直接やるしかないか……。)

 触手で三人を捕らえるのが理想ではあったが、それが出来ない以上自らで手を下すしかない。彼は触手の攻撃を止めるように操作した。触手はピタリと動きを止めると、地面へと還っていく。

「急に触手が……。」

 紅は唐突な出来事に戸惑っていたが、他の二人は目の前に立ちはだかる人物に気づいた。

「親玉が来たってとこか。」

 武田の言う親玉は体勢を低くし、もう戦う準備をしているように見えた。

「会うのは二回目ですね。」

 武田と四条は素早く戦う姿勢をとる。だが紅の足は少し震えていた。

(怖い……。)

 初めての戦闘では手も足も出なかったためか、紅は恐怖心を抱いていた。今日一番の緊張から、心臓の鼓動は早くなり、自分でも音が聞こえるほどだった。

 一瞬の間、だがそれは各々が戦う決意をし、行動に移すまでには十分な時間だった。まず紅と武田が一斉に駆け出すと、上條は身動き一つ取らずに地面から触手の何倍も太い四角柱の形をしたものを二人の前方から突き出した。二人は破壊できないと判断したのか、各自がそれを避け、さらに距離を詰める。紅は上條への妨害のためか、右手から火球を彼に向かって放つ。上條は即座に地面から壁を伸ばしてそれを防ぐが、その隙を見逃さずに二人はさらに進み、上條との距離は壁の厚さほどに縮まる。

「フンっ!」

 武田が唸り声を上げながら壁を斜めに切断し、上側の壁がずり落ちた。そして紅が跳躍し壁を飛び越えながら火を纏った拳で彼の胸部を殴ろうとする。上條はその拳を、体勢を崩しながらもギリギリ避けた。

「嘘だろ!?」

 武田が驚きの声を上げる。空振りとなった紅は空中前転のような形で地面に着地し、すぐさま上條の方を向いた。

(連携ができるようになっている……。)

 上條はあまり顔に出さないように意識はしているが、内心は少し焦っていた。想像以上に強くなっていた敵に、どのように戦うべきか思考する。だがその思考を邪魔するように別の考えが脳裏をよぎる。

「なぜお前たちはそこまでして俺の邪魔をする?」

「もうお前には話してるはずだが?」

 武田は皮肉でも言うように言ってきた。

「本当にそれだけか?たったそれだけで身を危険に晒すような真似をするのか?俺には納得しきれないところがある。」

 俺はより深いところが知りたかった。なぜここまで俺を追い詰めるのか、彼らは強くなるのか、その原動力は何なのか。

「それは多分、藍澤君ね。」

 意外にも武田ではなく、紅が話し始めた。

「あの、氷の能力者が……?」

 確かに彼は他の奴に比べて俺への執念が強いとは思っていたが、それは俺には知る必要のないことだとついさっきまで思っていた。だがここまで来ては気になって仕方がなかった。

「藍澤は俺たちにこう言ったんだ。能力者を止められるのは能力者だけってな。」

 武田の言葉に紅が続く。

「それに、あなたが何故こんなことをし始めたのか、経緯を知りたいとも言っていたわ。」

「何……?」

 俺には意外だった。命のやり取りと言えるようなことをしていたにも関わらず、彼は俺のことを理解しようとしていたということに驚いた。だがそれなら戦わずに俺に聞けば……。その思考をした瞬間に俺は何を馬鹿なことを、と思考を瞬時に放棄した。俺にはそんな甘いことを考えている暇は無い。全ての己の罪を償い、翔太のような被害者を一人でも減らすこと。彼らにダイバーによる恐怖を与えてしまったのは俺に非があるが、その改善策もある。そうなれば彼らは部外者だ、俺の邪魔はさせない。

「ダイバーで君たちに危害を加えたのは悪かったと思ってる。俺の未熟さによるものだ。すまなかった。」

 俺は誠実に謝ったつもりだ。彼らは確かに俺の邪魔をしたが、それはダイバーが彼らの生活を壊しかけていたから。それ自体は真っ当な理由だ。

「だから、もう俺の邪魔はするな。俺は……お前たちを殺したくない。」

 俺は最後の忠告の意味合いも込めた。俺は彼らに本気は出していなかった。それは命を奪いかねないからであり、彼らを殺すほど憎んでなどいなかったからだ。これを素直に聞いてくれるとは思ってないが、もしこれでも引き下がらないというなら、お互いタダでは済まなくなるだろう。

「俺たちを殺す?ハッ!殺す覚悟が無いくせに何言ってやがる。」

 武田は俺を嘲笑うかのような態度だ。確かに俺には人を殺す覚悟なんて無いだろうし、殺したくない。しかし、武田に言われて分かったことだが俺は能力の制御が完璧ではない。それが自分自身の心の問題なのか、能力の特性なのか、原因は分からない。だからこそ怯えながら戦ってきたと言える、ここからはその制御にも綻びができ始め、やり過ぎてしまうかもしれず、そうなれば最悪人を殺しかねない。それは俺が絶対に避けたいところだ。

「私たちはあなたを止めるわ!そのためにここまで来たんだから。」

 止めろ。

「僕もだ、君やダイバーの脅威がなくならないと受験勉強に専念できないからね。」

 止めろ、止めろ。

「お前の意志が変わらない限り、俺たちの意志は変わらねぇ。」

 止めろ止めろヤメロヤメロ……。

 俺の中で感情がぐちゃぐちゃになっていく感覚がした。そして、緊張で張り詰めていた糸がプツンと切れたような気がした。そして様々な思考が俺の中に流れてきたかと思うと、激しく渦巻いた。

「覚悟しろ。俺は自分で自分を抑えられないぞ。」

 最後の忠告、そして懇願。その二つを同時に済ませると俺は大きく息を吐いた。

「……!」

 俺はほぼ動くことなく三人に的確に攻撃が届くように円錐状の土の塊を地面から伸ばした。だがこれまでとは違い、速度が上がっている。三人はそれに驚いたようで、完全には避けきれずに攻撃は彼らに確実にダメージを与えた。

「いっ……!」

 紅は左腕に当たったらしく、痛みを堪えていた。四条、武田もそれぞれ腕に当たっていたようだ。

「こいつ、今まで本気出してなかったのか?」

 武田は苦し紛れなのか、笑みを浮かべているが、その顔の表面を汗が流れていくのが見えた。

「あぁ、お前に能力が制御出来てないことを指摘されてからはセーブしてたさ。でも、そうしてたら勝てないって分かったからな。」

 俺は能力を全開にしたことによる解放感に浸りながら、次の攻撃を考える。だがその思考をし始める直前に、俺は高速で近づいてくる何かを察知した。それが何なのかを理解する前に俺は身体の前に壁を生成し、攻撃を防ごうとする。その壁に矢が何本か突き刺さり、それは四条の矢だった。

「四条さん!?人にはうたないって……。」

 紅は四条の行動に驚いたらしい。それもそのはずで、四条と武田は俺に直接的には能力による攻撃をしないという話だった。

「僕らにはもうそんな余裕は無いです、紅さん。でも安心してほしい、僕は彼の足を狙いましたから。」

 彼の言う通り、矢は全て俺の腰の高さまでしか放たれていなかった。もしも頭部を狙っていたら、壁を伸ばすことが間に合わなかったかもしれない。緊迫した戦いであるにも関わらず、俺は段々と能力を使うことに快感を覚えていた。

「頼むから死なないでくれよ。俺は今、最高に気分が良い……!」

 それを聞いた三人の身体は緊張からか、それとも恐怖心からか、震えているのが分かった。そんな彼らを見て俺は自らの力の凄まじさを改めて実感すると共にこの力があれば俺の目的を達成できるかもしれないという期待に胸が膨らんだ。

(これなら、俺は目的を果たせる……!)


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