第二十七話 決断
――数時間前――
僕は試験に向けて追い込みをかけていた。試験までは数日、今まで出来なかった分、僕の尻に火がついている状態だった。分からないところなどは友達に教えてもらおうとスマホを近くに置いていたが、ふと電話がかかってきた。友達とのやり取りはSNSを使っているので、電話が来ることは珍しいのだが、スマホの画面を見ると、大門地と表示されていた。
「もしもし?大門地さん?」
「藍澤だな?実は……言っとかなきゃいけないことがあるんだけど……。」
「?」
大門地の声は少し悩んでいるように聞こえた。
「えーと、これを藍澤に話すのは武田にも悪いんだけと……」
「武田さんがどうしたの?」
その時僕は不安を抱いた。
「武田が今夜、ダイバーの能力者と戦うつもりなんだ。」
「一人で!?」
僕は勢いよく席を立ち、声を張り上げた。
「あいつ一人でこの件をなんとかしようとしてるっぽいんだ。でも、そんなの無茶だろ? だから藍澤には話しておこうと思って。」
武田さんが心優しい人だと知っている僕は彼の意図をすぐに理解できた。
「武田さん、どこにいるか知ってる?」
「分かんない、でももしダイバーと戦うなら、ダイバーを追えば見つけられるはずだぞ。」
「分かった、僕も行くよ。心配しないでね、大門地さん。」
僕はそう言って電話を切り、武田の元へ行く決意をした。そのためにはまた家を抜け出さなければならないが、僕にとってはもう些細なことだった。
身長は二メートルを超えるダイバー三体を前に、武田は怯まずに斧を構えている。
「懲りないな。お前。」
俺は怒りの感情を込めて武田と向き合う。
「俺は全然疲れてないぞ。このまま夜通し戦ってもいいくらいだ。」
武田の発言はハッタリに見えなかった。現にダイバー二体を相手に互角以上の戦いをしている。俺は三体目を作り出した。まだ体力的には問題無い。
「いくらでも付き合ってやる。とにかくお前が邪魔なんだよ……! 行けっ!」
俺の掛け声と共に三体のダイバーは武田へと襲いかかっていく。三体の攻撃を武田は斧で受け流したり、体の小回りをきかせたりと避けていく。だが、かなりギリギリになってきているように見えた。武田の表情からは段々と余裕が消えている。轟音が夜空を駆け抜け、地面のアスファルトはどんどん足場が悪くなっていく。俺は武田がダイバーに手一杯だと判断し、急いでその場を見渡し、梶原を探す。梶原は俺たちから三十メートルほど離れた木影に身を潜めていた。俺は全力で梶原の元へ走った。梶原が気づいた頃には時すでに遅しで、俺は梶原の首を片腕で絞めていた。
「武田!」
俺はダイバーの攻撃を止め、彼の名前を叫んだ。武田はこちらを向き、顔をこわばらせた。
「武田、お前は俺が思うに善い人間だ。」
俺の突然の言葉に武田は戸惑っているように見えた。
「お前が護っていたこの梶原という人間はいじめの加害者だ。護る価値は無い。」
武田は俺の言葉をただ黙って聞いている。
「俺はお前を傷つけたい訳じゃない。梶原に用があるだけだ。」
梶原は俺の腕を引き剥がそうと両腕を必死に使っているが能力者の俺の腕力ならばそんなのは大した問題ではない。武田は斧を持ったままだが、口を開いた。
「お前のことを俺はよく知らない。でもな、お前のやっていることが正しくないってことは変わることはない。」
武田はあくまで真っ直ぐこちらを見てきている。
「お前は何もしらないだろ……。」
俺は歯を食いしばり、怒りを堪えた。武田の言葉に俺は過去のことを思い出していた。
「お前がなんと言おうと、俺のやること、いや、やるべきことは変わらない。」
「だったら俺のやることも変わらない。」
再び武田は斧を構える。
「ダイバー、やれ!」
俺は二体のダイバーで武田に攻撃し、残りの一体で逃げようとする。ダイバーの腕が俺たちを包むと徐々に潜っていく。俺は潜っていきながら武田の方を見た。武田はダイバー二体に臆することなく向かっていく。三体でも彼は一人で戦っていた。なぜ彼はそこまで戦えるのだろうか。俺には分からなかった。だが、恐らく俺と同様何らかの経験を過去にしているのかもそれない。俺はそう思いながら地中へと消えていった。
大門地さんから連絡を受けてからすぐに家から抜け出し、ダイバーの気配を感じる方へと駆けていく。普段よりもダイバーの気配は濃く感じられた。一体でも二人がかりでやっていたので、武田さんが心配だった。不安が僕の中を埋め尽くしているまま必死に走った。夜なので普段は抑えている能力者としての身体能力をフル活用した。肌で感じる風は夏だが涼しく感じられ、息は程よく上がり、戦闘前のウォーミングアップに丁度いいくらいだ。僕は不安や恐怖を高揚感に無理矢理変え、ひたすら走った。
走り出してから二十分ほど経ったくらいだろうか、ダイバーの気配を追って以前、武田さんと一緒にダイバーと戦った公園に来た。さらに公園内へと進んでいくと、僕の目に映ったのは、先日よりも明らかに抉られた痕が増えたアスファルトと草原、二体のダイバー相手に一人で戦う武田さんだった。
「武田さん!」
僕は叫んだ。武田さんはこちらを向き、驚きの表情を浮かべたように見えた。だがすぐにダイバーから距離を取った。それを見計らって僕は力強く両方の手のひらを地面につけた。手は急激に冷え、僕の周囲には冷気が漂い始める。真夏だというのに僕の周囲の空気は冷え、吐いた息は白くなっていく。
「うぉぉおぁあぁぁ!」
僕の前方へと氷は伸びていく、ピシピシッと音を立て、前よりもより速く、広範囲に広がっていく。その氷は十メートル先の二体のダイバーへと届くと、少しずつダイバーの動きが遅くなり、止まった。
「助かったぞ、藍澤!」
僕は肩を上下に震えさせはぁ、はぁ、と息を吸ったり吐いたりを繰り返していた。武田さんがこちらに駆け寄ってきた。
「てか、どうしてここにいるんだ?」
武田さんは今更ながらに疑問に思ったらしく、いつもの明るさで聞いてきた。
「大問地さんに頼まれたんです。武田さんを頼むって。」
僕の回答に武田さんは頭を掻きながら苦笑いしている。
「大門地のやつ、余計なことを…。」
武田さんは片手を額に当て、天を仰いでいた。
「どうして言ってくれなかったんですか。やるならせめて僕ら二人でやるべきでしょ。」
僕は武田さんに対して怒りさえ抱いていた。
「あ……さっき見てたろ?」
武田さんは観念するように僕に語りかける。
「ダイバーを一体倒すなんて俺には楽な話なんだよ、ほんとはな。」
「じゃあ! どうして僕と一緒に戦ったんですか?」
僕には武田さんが何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「藍澤が俺たちのグループに入る前に皆で話し合った時に結論として戦わないってなったって話しただろ?」
それは以前に武田さんから聞かされていた。
「ほんとはな、俺は戦いたかったんだよ。なんつーか、許せねぇなって、なってさ……。」
武田さんは唇を噛み、俯き、悔しそうだった。
「でもよ、俺一人じゃ出来ないかもって思ったんだ。そん時は不安だったんだ。でもな、お前に出会ったんだ。」
「僕、ですか?」
武田さんの言葉は僕にとって意外だった。僕は武田さんとそこまで深い仲ではない。なぜ僕が武田さんの心を動かしたのか、僕には分からなかった。
「藍澤はやると言ったんだ、ダイバーと戦うって。その言葉は俺に勇気を与えてくれたんだ。」
武田さんの言葉は力強く僕の胸に響いた。
「恥ずかしい話、独りでやるのは怖かったんだ。それをお前は変えてくれたんだよ。」
自分の言葉が人の心を動かしたのだという事実にいまいち実感が湧かないでいた。
「でも、梶原っていう今回のあいつのターゲットは結局助けられなかった。」
武田さんは表情を曇らせ、残念がっていた。武田さんの真剣度がひしひしと伝わってきた。そこで僕にはある考えがまた浮かんだ。
「やっぱり、皆の力を借りた方がいいんじゃないですか?」
この提案は武田さんにとって苦渋の選択であろう。なにせ他の皆を巻き込まないために立ち回ってきた。だが、ダイバーの脅威を退けるにはもうこれしかない。僕の提案に武田さんはしばらく悩んだ。
「それが叶う可能性は低いし、俺らは巻き込んでしまう側だ。一度はあいつらは戦わない決意をしたんだ。それを俺が自分勝手にダイバーと戦い始めたんだ…。」
武田さんの言うことは最もだ。だがそれでも僕にはダイバーを止めるべきだと思った。
「確かに皆を巻き込むことになってしまいます。でも、ダイバーを完全に倒せれば、もう怯える日々は終わります。それに……。」
僕は言葉を詰まらせ、続きを言うか迷った。
「それに?」
「僕は、そのダイバーの能力者を止めたいんです!」
これは僕なりの正義なのだろう。能力者に対して戦えるのは能力者だけ。ダイバーを止められるのは僕らしかいない、なら僕たちがやるべきだ。
「藍澤って、結構お節介なんだな。」
僕としてはかなり恥ずかしい発言のつもりだったのだが、武田さんは笑って返してくれた。
「じゃあ、明日にでもあいつら集めて、やれるだけやってみるか。」
そう言って武田さんはまた笑った。その笑顔はいつもの武田さんの笑顔だった。そうして、僕らはそれぞれ家に帰りはじめた。公園の木々の間から月光が僕らを照らしていた。
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