第三話 束の間は所詮束の間

 目覚めの悪い朝だった。昨日はあの事が頭から離れなかった。人生で初めて命を狙われた経験をしたのだから当然だろう。結局あの後家に帰ってからは夕飯を食べてお風呂に入ったらすぐ寝てしまった。”ソレ”に襲われたと言ったところで信用されないだろうし、心配かけたくなかったというのもある。出来れば昨日見たことは一晩寝たら全て夢だった、ということを期待していたのだが、そんなことはなかった。よく覚えていた。”ソレ”の姿も、"ソレ"から逃げるために全力疾走したことも、それに僕を助けてくれた男のことも。


 僕は眠い目を擦りながら二階の自分の部屋から一階に降りて朝ご飯が用意された食卓に向かう。木製の4人ほど座れる食卓の自分の席には炊き立ての白米と味噌汁、目玉焼きが準備されていた。食欲がなかった僕は朝食をいつもよりゆっくり食べていると二階からパジャマ姿の兄、和哉かずやが大きなあくびをして右手で水色の髪の寝ぐせでボサボサな頭を掻きながら降りてきた。おはよう、と言って僕の向かいに座ると、僕と同じく食事をする。あんなに眠そうだったのに、いざ食事となると兄はよく食べる。僕よりも遅く食べ始めたというのに、僕が半分食べきるよりも早く朝食を済ませて、自分の部屋に戻って着替え始めたようだ。

 

 「和哉は食べるのが早すぎるわよねぇ。拓人たくとは遅すぎるんだから足して割ったら丁度いいのにねぇ。」

 

 テレビを見ていた母が皮肉っぽく言ったが、僕は眠気でそれどころではない。テレビでは高校生誘拐事件のニュースがやっていた。

 

 「先日、ロストシティ付近で〇〇高校の生徒の目撃情報が入りましたが・・」


 ロストシティ。十六年前に宇宙から降ってきた隕石が東京に落下し、東京の西側地域に壊滅的な被害をもたらし、今では人は住んでおらず廃墟になっている場所のことだ。当初は復興計画もあったが、落下の衝撃によって地盤に影響が出ていて、復興不可能ということで大部分は放置された。そしてそれとは別に最近中高生の誘拐事件が多発している。誘拐だというのに犯人は身代金を要求することなく、しかも被害者を数日で家族のもとへ返していて意図が全く分からないということもあり、ニュースで連日報道されているが犯人は捕まっていない。被害者は大怪我はしているものの死者は出ていない。また、被害者の多くは事件のことを語りたくないらしく、警察もお手上げのようだった。


 何度も聞いたニュースなので普段は聞き流す僕だが今日は違った。昨日あの男は僕に明日話すと言っていた。つまり今日あの男に会うということだ。たしかに彼はおそらく命の恩人だと思われるが彼のことを何も知らない。そもそもどうやって僕に会うというのだろう。漠然とした不安を抱えながら僕は登校の準備をした。


 僕の通う高校は家から電車と徒歩で小一時間ほどで着く場所にある。学校では授業中や友達と話している時も昨日のことで頭が一杯で常時上の空だった。運が良いのか悪いのか、部活が無かった僕は授業が終わって帰宅する。

 

 はずだった。帰宅するために校門から駅に行くつもりだった。そのはずなのだが、いたのだ。あの男が。どうやって僕の学校を調べたのだろうか。全身から冷や汗が出てきた。男は僕に気づくと手を振りながら近づいてきた。

 

 「こんにちは。昨日ぶりだな。」


 まともに話すのは初めてだというのに男はやけに明るかった。僕は小さい声で挨拶を返すと

 

 「おっと、自己紹介がまだだったな。俺の名前は武田影行たけだかげゆきだ。」

 

 「えっと、僕は藍澤あいざわ拓人です。あの、どうして僕の高校分かったんですか?」


 正直かなり驚いている。どうやって調べたのだろうか。武田は少し奥歯に物が挟まったような口調で

 

 「あー、やっぱ気になるよなぁ。えーと、俺たちの家に一緒に来てくれないか?」

 

 そう言われてのこのこ行くわけにはいかない。幸い今は学校の目の前だ。人目もあるうちに知る必要がある。

 

 「まあ信用出来ないよなぁ。だが俺は昨日君を襲ったやつについて知っているし何故君が狙われたかも知っている。君の知りたいことを教えるから俺たちの家に来てくれないか?」

 

 普通ついて行くべきではない。初対面で家に誘うなんて変だ。だが武田は僕の知りたいことを知っているようだ。もし僕が襲われた理由があるのだとしたらまた襲われる危険性があるということだ。僕は知るべきだろう。だがそれは武田を信用する理由にはならない。僕が悩んでいると武田は僕の肩を両手でガシッと掴むと

 

 「頼む、来てくれ。」

 

 力強い言葉だった。半ば力づくでも連れていくという意志が感じられた。だが悪意は感じない。武田を信用していいと確信できた。そして僕は彼に対し力強く頷いた。

  

 武田についていくと東京都内のある一軒家に着いた。そのまま武田に連れられて家に入り、居間に入ると、僕らを待っていたのだろうか、机と一人用の椅子が六人分用意されていてそのうちの四つに四人の男女がそれぞれ椅子に座って待っていた。

 

 「武田さん、彼が新人ですか?」


 座っていた男の一人が武田に尋ねた。新人とは一体どうゆうことだろうか。

 

 「まあな。とりあえず空いてる椅子に座ってくれ。」

 

 武田に勧められ僕も武田と同じく空いている椅子に座ると、武田が口を開いた。

 

 「それじゃあ藍澤が襲われた理由を教えよう。」


 急に緊張し始めた。かなり気になっていたことだ。僕が唾を飲み込むと、武田はゆっくり口を開いた。

 

 「単刀直入に言おう、君は能力者だ。」



 

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