第27話 決め手は異臭
ダリア先生は初級の魔法ならいくつか使えるらしいので、ロイドの肩の傷を診てもらった。
しかし初級の回復魔法では完全に傷を癒やすことはできず、取りあえず止血と傷口を塞ぐ程度に留まった。
それでも、ロイドのほっとした表情から痛みはかなり軽減されたのだとわかる。
ダリア先生には、ウルズの町へ戻ってから診療所でちゃんと診てもらうように言われる。
「いいかい。もしきみたちの中に将来冒険者を志す者がいたら、パーティーには必ず回復術士を入れるんだ。間違っても、役に立たないなんて追放するんじゃないよ。きっと後悔するから」
その様子を見ながら、ブランドン先生は冗談めかして言う。
そういえば、ウルズの町の診療所にもパーティーから追放された元冒険者の回復術士が働いているが、大活躍しているようだ。
いまや彼は多くの患者から引っ張りだこで、元のパーティーから戻ってきて欲しいと言われたそうだが、何をいまさらと断ったらしい。
何にせよ、回復魔法の重要性は理解できた。
軍にも回復術士の部隊があるくらいだしな。
ロイドの傷が塞がったところで、俺たちはまだ見つかっていないエドガーとイアンの二人を捜索することになった。
風竜クラスが同行することに難色を示していたダリア先生だったが、ブランドン先生が万全でないロイドを連れて帰らせるのは逆に危険だと説得した。
結局、ダリア先生は森の主を倒した俺の実力を戦力になると判断したようだで、それならばと渋々納得した。
そうして、俺たちは森の奥へと歩を進める。
「まずいぞ、ブランドン。帰りのことを考えたらそろそろエドガーとイアンを見つけないと日が暮れてしまうぞ。いくらランタンがあるとはいえ、夜の森は魔物に有利に働く。生徒を連れ回すにも限界がある」
「そうだね」
と言いながらブランドン先生は、魔眼を行使する俺を横目で見た。
俺は首を横に振る。
ワイバーン戦と、さっきの森の主との戦いで、俺は魔眼を使いすぎていたのだ。
保ってあと少しか。
それにしても、イアンとエドガーはどこにいるんだ。
周囲を注意しながら進んでいると、時折ウサギやオオカミの姿を確認できる。
一方で、ゴブリンの姿はない。
この周辺に魔物はいないのか?
「ブランドン先生、冒険者ギルドが禁止区域に指定している場所ってこの辺りですか?」
いまどの辺りだろうと俺が訊くと、ブランドン先生はかぶりを振った。
「いいや、もっと先のはずだよ。その手前で、軍の兵士が警備をしているからすぐにわかるさ。そのあたりの事情は、ダリア先生のほうが詳しいんじゃないかな」
ブランドン先生はダリア先生に振り返る。
「いくら私が軍出身だといっても、ここの警備とは所属が違う。それに知っていたところで、告知している以上の内容を軽々しく話せるわけがないだろう。たとえ退役していてもだ」
「相変わらず頭が固いね、ダリア先生は」
「おまえに言われると腹が立つ。黙ってうちのクラスの生徒を探してくれると助かるのだが」
「わかったよ」
肩をすくめたブランドン先生と目が合う。
俺はさり気ない仕草で、自分の右目を指で差した。
(もう魔力が保たない。この先は相棒に任せた)
さすがに四年もコンビを組んでいるだけあって、俺の意図が正しく伝わったようだ。
ブランドン先生はウインクして頷いた。
だから、やめろよ。気持ち悪い。
俺はそこで大きく息を吐いた。
そろそろ俺の魔力も切れる。
焦りを感じ始めていた時、ミリアムが呻いた。
「ん~っ!」
ミリアムは鼻をつまんでいる。
すると、ロイドも眉をひそめた。
「くせぇ! この臭い……アルの持ってきた腐った傷薬の臭いじゃねぇか?」
ロイドに言われてセシリアたちもハッとする。
「言われてみれば確かにそんな臭いがするわ」
「間違いないでしょう。先生、この臭いを追えばエドガーに辿り着くはずです」
ハロルドがブランドン先生に進言し、事情を話した。
「……なるほど。いまはその手がかりにすがるしかないようだね。ただし、エドガーがそれを手元に残していたらの話だけど」
確かにそうだ。
俺が手渡した腐った傷薬を途中で捨てられていたら、エドガーの居場所は掴めない。
ちょうどそこで、俺の魔力も尽きた。
森の主ももういないし、戦闘になるとしてもゴブリン相手なら何ら問題はない。
稲妻の谷にはワイバーンがいるが、ここからは離れているので大丈夫だろう。
あとはエドガーとイアンを見つけることさえできれば、俺たちは全員揃って森を出ることができる。
そんなことを考えていると大きな声が聞こえた。
「ブランドン! いたぞ、エドガーだ!」
最初に見つけたのはダリア先生だった。
ダリア先生のところに駆け寄ると、木の根元にエドガーが倒れていた。
足元に腐った傷薬の容器と蓋が落ちていたので、ロイドが素早く封をしてニヤけながら俺のポーチに入れた。
この野郎。
いや、いまはそんなことよりエドガーだ。
「おい、しっかりしろエドガー!」
「んん……」
ダリア先生がエドガーの頬を二三度叩くと、彼は目を覚ました。
見たところたいした怪我はしていない。
覚醒したエドガーはぼんやりした様子で周囲を見渡して、俺と目が合うとバツが悪そうな顔をした。
「エドガー、大丈夫か? 一緒にいたイアンはどうした?」
「せ、先生……。イアンを助けてくれ! イアンは得体の知れない魔物を追って……!」
「何だと!?」
エドガーの話によると、魔物に襲われた樹竜クラスの七人だったが、エドガーの指示でイアンが前線に立って応戦したそうだ。
そのうちに、逃げ延びた五人とはぐれてしまったという。
これはその五人の証言とも一致している。
そして森の主はさっき俺が倒した。
「おかしいな……。その魔物はこちらで倒したけど、イアンの姿は見ていないよ」
ブランドン先生が顎に手をやって答える。
「あ、あの魔物を倒した……!? ふ、ふん、さすが教師だけのことはある……な」
ブランドン先生は俺が森の主を倒したことは言わない。
俺もそのほうがいい。
どうせエドガーは信じないし、たとえ事実だと知られても面倒なことになりそうだからだ。
「でも、先生……気になることがある」
「何がだい?」
「イアンはあっちの方向に向かったんだ。もちろん、魔物も……」
エドガーが指差したのは俺たちが来た方向とは真逆。
森の奥へと続く方角だった。
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