第12話 旧ギルドの攻防

 ハロルドは応戦することに決めたようだ。

 考えていることはだいたいわかる。

 ここで俺たちが目の前の黒ずくめから逃げおおせたとしても、もう一人の黒ずくめを追っていったロイドが心配だ。

 もしロイドが二人の黒ずくめに挟み撃ちでもされようものなら、間違いなく命はないだろう。


 建物内には闇夜の死竜に扮したブランドン先生もいる。

 ロイドが無事に闇夜の死竜と合流できることを期待しつつ、俺たちで目の前の黒ずくめを足止め、あわよくば撃破できたらと考えているはずだ。

 ハロルドの呼吸が速い。

 その緊張が伝わってくる。

 恐怖はないのだろうか、いやきっと今も恐怖と戦っているのだろう。

 初めての実戦なのだから。


「自分の身は自分で守れって言われても……」

「アルが僕の思ったとおりの人なら問題ないと思いますが」

「おまえと一緒にするな。俺はおまえと違ってまだ初級なんだぞ?」

「グラナート流では、ね」


 ハロルドが意味深な目を向ける。


「何をごちゃごちゃと話している。こっちは忙しいんだ、さっさと終わらせるぞ!」


 黒ずくめが動いた。

 ハロルドのほうへ体を向け剣を振り上げる。

 しかし剣を振り下ろしたのは俺に向かってだった。

 やはり奇襲のヤーデ流剣術。

 こういう場での戦いに慣れている。


「アルっ!」

「くっ……!」


 ある程度予想していた俺はなんとか剣で防ぐ。


「ほう、今のに反応したか。ウルズの冒険者も雑魚ばかりではないようだ。だが、これで終わりだと思うなよ?」


 黒ずくめは変則的な軌道で剣を振るう。

 隙はある。

 だが片手剣の俺では、その隙をついて攻めに転じるのは難しい。

 せめて魔眼が使えればこの状況を打開できる筋も見えたが、無い物ねだりをしても仕方がない。


 俺は防戦一方だった。

 接近して膠着しているので、ハロルドも手が出せない。

 かと思うと、黒ずくめの剣はハロルドにも襲いかかった。

 ハロルドもまた防戦を強いられた。

 グラナート剣術中級のハロルドでさえ、機転を見いだせずにいる。

 この薄闇の旧冒険者ギルド内では地の利は黒ずくめにあると、改めて認識させられた。


 息をつく暇もないほどの猛攻だ。

 こちらが気を抜けばひとたまりもないだろう。

 そして俺は失態を冒した。

 背中の怪我の痛みから、思ったように防御がとれなかった。

 それを逃す黒ずくめではない。


「そろそろ限界のようだな! 動きが鈍ったぞッ!」

「アル、危ないっ!」


 このままでは斬られると思った瞬間、突如黒ずくめの攻撃が止んだ。

 黒ずくめはバックステップで素早く距離をとった。

 その行動の意図が読めず、俺たちは警戒した。

 ゆっくりと首を動かし周囲を気にする黒ずくめ。

 やがてそれを終えると、ハロルドに尋ねた。


「……おまえたちの他に誰かここへ入ったのか?」

「ええ、ウルズの守護神である闇夜の死竜も建物内のどこかにいるはずです。僕たちの仲間も何人かいますよ」


 ハロルドが即答する。

 前半は本当だが、後半はハッタリだ。

 俺たちの仲間はロイドしか中に入っていない。

 黒ずくめが少しでも動揺を見せてくれれば儲けもの。


「闇夜の死竜……だと? 嘘をつくとためにならんぞ」

「本当です。あなたほどの腕をもってしても闇夜の死竜は怖いですか?」

「バカを言うな。アレには昨日仲間をやられている。むしろ、本当にここに来ているのなら好都合というものだ。俺が始末してやる」

「あなたには無理でしょうね。僕たち二人に手を焼いているぐらいですから、闇夜の死竜に到底及ぶとは思えません」


 ハロルドが黒ずくめを挑発する。


「やめておけ、俺にその手の挑発は効かんぞ。しかし、事実はともかく二人……少なくとも一人は中にいるようだ」


 黒ずくめは耳を澄ませるような仕草をとり、何かに納得した感じでうなずいた。


「話が長くなったな。お遊びもここまでにしよう」

「そうですね。こちらも本気でいきますよ」

「ほう、大人を舐めると痛い目を見るぞ」


 先に動いたのはハロルドだった。

 飛び出したハロルドは正攻法で剣を振るう。

 対する黒ずくめは余裕をもってハロルドの剣を捌いていく。


「なかなか良い剣を使っているな。名の知れた職人が打った業物か。しかし残念だが腕が未熟すぎる」


 ハロルドは中級の腕前だ。

 そのハロルドの攻撃がまったくかすりもしないことから、黒ずくめの腕は上級だと想像できた。

 やはり、昨晩の連中と同じくらいか。

 俺は試しに魔眼の発動を試みるが、やはり魔力が切れていて機能しなかった。

 それどころか、魔眼を昨日今日と立て続けに酷使したせいで、目が若干霞んできていた。


 ここまでお遊びのように防戦一方だった黒ずくめが、徐々に攻めに転じる。

 勝機があるとすれば、黒ずくめがハロルドを格下と決めつけ油断している今がその時なのだが、あまりにも技量が違いすぎた。

 これがプロと剣術学院の一生徒との差だ。


 たまらず俺も加勢する。

 しかし黒ずくめの反応は早い。

 即座に標的をハロルドから俺に切り替えた。


 次の瞬間、黒ずくめが剣を横に薙いだ。

 警戒していた俺はいち早く気づいて、ハロルドの襟首を掴んで後ろに引っ張った。


「ハロルド、下がるんだ!」


 一撃目を躱すが、続けて二撃目が迫る。

 俺たちはバックステップを決め、三歩後ろに下がる。

 直前まで俺たちがいた場所を黒ずくめの斬撃が通り過ぎた。


「今の攻撃……よく読めましたね。ヤーデ流は変則すぎて、僕は反応できませんでした。もしかして、アルはヤーデ流と戦ったことがあるんですか?」

「あるわけないだろ。俺だって実戦は初めてなんだからよ」

「そう……ですよね。でも助かりました。今も背中の汗が止まりませんよ」

「俺もだ。いいか、俺たちじゃまともにやっても勝てない。だが俺に考えがある」


 ハロルドは視線を俺に向けた。

 俺は小声で簡潔に説明する。


「いけるか?」

「わかりました。それに賭けるしかなさそうですね」


 言い終えるなり、ハロルドは部屋の中へ飛び込んだ。

 俺も後に続く。


「おいおい、逃げるのか? まさか俺から逃げられると思っているのか?」


 予想どおり黒ずくめは俺たちの後を追って部屋の中に入ったようだ。

 部屋の中は暗くて何も見えない。

 俺は左手で周囲を探りながら移動する。

 隣にはハロルドもいる。


「観念したらどうだ? この暗がりでは俺を斬ることなどできはしないぞ」


 声のしたほうから黒ずくめのだいたいの居場所は把握できる。

 どこからでも攻めてこいという自信がうかがえた。

 ここで俺たちが斬り込んでいっても、返り討ちに遭う確率は高い。

 それほどの実力差があるとすでに痛感しているからだ。

 こちらの攻撃を当てるには決定的な隙を突かなければならない。

 俺はその準備を始める。


「ここまで来てかくれんぼはないだろう? まだこの部屋にいるんだろ? どうした、俺はここにいるぞ」


 何かが倒れる音がした。

 黒ずくめが何かを蹴飛ばすかしたのだろう。

 だが俺とハロルドは息を殺して移動する。

 準備はほぼ完了した。

 あとはその瞬間を待つだけだった。


「言っておくが、俺は暗闇でも多少の目は利くんだ。そら、もう慣れてきた」


 俺たちを誘い出すためなのか、黒ずくめはそう言い放った。

 それでも俺たちは動じない。

 そして俺は作戦を決行する。

 すぐ近くにいるであろうハロルドに触れて合図する。

 ハロルドが俺の背中を二度叩いた。


 俺は左手に握っていた物を床に叩きつけた。

 すると、そこから淡い光が漏れた。

 光は徐々に輝きを増し、その部分を照らし始めた。


「そこかぁッ!」


 黒ずくめがその明かりに向かって剣を振り下ろしたのが、俺たちの位置からハッキリと見えた。

 しかし、その場所には俺たちはもういない。


「何っ!?」


 黒ずくめは動揺したに違いない。

 俺たちの居場所を見つけたと思っただろう。

 今、俺たちからは黒ずくめの側面が丸見えになっている。

 隙だらけだった。

 この瞬間を逃すほど俺たちも未熟ではない。


「ハロルド、決めろっ!」

「言われなくてもそのつもりです! はあっ!」


 黒ずくめの横から飛び出したハロルドが剣を振るった。

 その直後、ハロルドを視界に捉えたように黒ずくめが回避行動をとるが間に合わない。


「ぐあああああっ!」


 ハロルドの剣が黒ずくめの腹を斬った。

 しかしこれ以上は駄目だ。

 そう思った俺は黒ずくめに体当たりを敢行した。

 黒ずくめは壁に激しく体を打ちつけた。

 「うっ」と呻くと、黒ずくめはそれっきり動かなくなった。


「アル!」

「やったぞ、ハロルド!」


 おそらく気を失っているだけだろう。

 ギリギリで反応したのはさすが上級といったところか。

 おかげでハロルドに人殺しをさせずに済んだ。

 直撃ならいかに上級とはいえ死んでいたかもしれない。


「はあっ、はあっ、うまくいきましたね」

「ああ、ミリアムに感謝しないとな」


 勝利の決め手になったのは、ミリアムから手渡された魔鉱石だ。

 この中では使えないと思っていたが、逆に仕掛けとして利用できることに気づいたのだ。

 部屋の中を手探りで進みながら様子を見て、俺は魔鉱石を床に叩きつけて砕いた。

 同時に俺とハロルドは近くの物の影に隠れた。

 魔鉱石の放った光源を俺たちの居場所だと決めつけた黒ずくめは、まんまと

罠にかかったのだ。

 黒ずくめが俺たちを子どもだと舐めていたから成功の確率がより増した。


「ハロルド、ロイドを追うぞ」

「はい、急ぎましょう」


 魔鉱石の光が徐々に消えていく。

 俺たちはその前に奥へと続く扉を見つけた。開け放たれている。

 ハロルドと顔を見合わせてうなずくと、俺たちは扉に向かった。

 進んだ先は小さな部屋だった。

 それが確認できた時、ちょうど隣の部屋の魔鉱石の光が消えた。


 部屋の構造は頭に叩き込んでいる。

 左側に扉が一つだけあった。

 手探りで進んで扉を開けた。

 そこは壁際の通路のようだった。

 窓があり月明かりに照らされている。


「ロイドはこの先へ進んだんでしょうか?」

「前の部屋にはいなかったから、そうだろうな」


 窓から外を覗くとセシリアたちの姿が見えた。

 外に変化はないようだ。


「早いとこ戻ってやらないと、ブレンダたちに怒られるぞ」

「そうですね、早くロイドを見つけましょう」


 俺たちは月明かりを頼りに通路の先へと足を向けた。

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