第17話 ちょっとした後の話

 ____月が見える。




「______あ?」


 見知らぬ場所で、意識を取り戻した。


 ゆっくりと身体を起こして周囲を見回す。

 戦場として選んだはずの廃工場はどこにも見当たらず、辺りは樹木が生い茂る森の中だ。



 ただ、無視するにはあまりに大きな『道』があった。



 廃工場があったと思われる方向からグレンの場所まで


 膨大な質量であらゆるものを押し流し、踏み鳴らし、圧壊し尽した跡が、目の前にはあった。


 災害にしてはあまりに不自然、されど人が行なうには規模が大きすぎる。異常現象としか思えないソレに______グレンは心辺りがあった。


 

「おっかねぇな」


 スライムだ。


 それがこの破壊を生み出した正体だ。


 グレンが為す術もなく呑み込まれた大質量攻撃の跡がそこにあった。


「.........運がよかったわけじゃない、か」


 どうやらあのスライム使いは、本当に命までは取らなかったらしい。


 災害に匹敵する威力をモロに受けて生きていられるほどグレンは頑丈ではない。つまり今生きているのは、あの青年がスライムに命令を出し「押し流す」程度で済ませたからに他ならない。


 なんという甘さ。


 なんという弱さ。



 _____だが



 そんな相手にしてやられたのだから言い訳もできない。

 闘争こそが本領であるはずの自分が戦いで負け、さらには命まで見逃されている。


 完敗だ。


 まごう事なき敗北だ。


「これからどうするかね」


 もう一度、戦うつもりはない。 


 見逃されたゆえの義理もあるが_______幻狼とスライム使いに再戦を挑んだところで、返り討ちに会うのが関の山だろうという判断だ。闘争は好きだが、わざわざ勝ち目の薄い事がわかる戦いに身を投じるほど、グレンはこの戦いに執着はしていない。



 なにより奴らの在り方を、多少なりとも理解した。



 奴らは強さではなく、強さ以外を選んだ人間なのだ。

 己の戦闘性能ではなく、生存のための戦略ではなく、闘争に適した精神でもなく、勝利を求める貪欲さでもない、もっと別のナニカに重きをおくのが奴らの在り方だ。必要であれば命を懸けるほどに。

 

 強さこそが全てであるはずのこの世界で、非合理的な選択をする人種。


 グレンにとっては闘争こそが生であり、殺し合いこそが娯楽であるが、幻狼とウィルはそうではない。見据えているものが違い、立っている場所が違い、なにより価値観が違う。


 そんな連中と何度も殺し合いを興じるほど、グレンは見境なしではない。


 というか面白みがないので戦いたくない。一度戦って実力と在り方が分かれば十分だし、また負けるだろう戦いをするのはつまらない。


「ま、せっかく拾った命だ。好きなようにやらせてもらうぜ」


 幻狼を殺せと依頼を請け負っていたが、そもそもが戦いのついでのようなものだ。多少は信用に響くが、キャンセルしても別に問題はないだろう。


 痛むからだを解すように伸びを一度する。

 とりあえずは廃工場に戻り身体を休めよう。先の戦闘でどこかに落とした愛刀も探さねばならない。

 

 流された「道」の長さを見て、少々安全圏から離れているなと思い当たって______

 


「_____あ?」  



 トスリ、と首にナニカが触れたことに気が付いた。


  

 接触してきたナニカを咄嗟に振り払う。

 蛇のように細長い赤黒いソレは、腕を避けるようにしゅるりと木々の隙間の闇に消えていく。


 奇妙な動きをするソレにグレンが眉を顰め______

 


 爆発的に引き上がった身体の感度に絶叫した。


 体が熱いのにゾクゾクと悪寒が走る。

 眩むほどに視界が鮮やかになり、全身は剥き身になったかのように触覚が過敏になっている。心臓がうるさいほどに鳴り響いている。味覚も聴覚も嗅覚も、何もかもの情報を過剰に受け取っている。明らかに異常だ。

 

 だが、何より異常なのは____ことだ。 


 声による喉を震え


 呼吸による肺の空気の出入り

 

 服の衣擦れからさえも快感をうけとってしまう。



 言葉にならないほどの激感に崩れ落ち____その衝撃の快感に悲鳴をあげる。



 ガクガクと全身が震えを感じながら、グレンが辛うじて思考する。


 これは、攻撃だ。

 何者かに強力な毒を撃ち込まれた結果がこれだ。


 だがおかしい。

 

 消耗しているとはいえ、グレンに一瞬で接近して離脱できるような怪物など、そうそういるはずが______


「まさ、か………………」


 いる。


 いたはずだ。


 ロクにノストの街を調べはしなかったが、それだけは興味深い内容であるが故に覚えている。


 それはノストの安全圏が生まれた頃から存在する。

 それは人を襲い魔力を奪うが、死なない程度で解放するが故に無害と放置されている。だがその実情は強大すぎるせいで排除不可と諦められている辺境最強の魔獣______!!


「テンタクル、だと………………っ!?」


 安全圏から出なければ問題ないと失念していた。

 広大な辺境で一体の魔獣に出くわすことも、確率的に考えればほとんど無いはずだ。にも関わらずヌシに遭遇するとはなんと運の悪______


「………………あ?」


 ______本当に運が悪かったのか?


 

 いや、違う。


 ウィル アーネストは、ノスト全域に使い魔のスライムが棲んでいるのだと言っていた。廃工場での戦闘を見つけ出したように、奴の魔獣が感覚共有で索敵を可能とするのなら______脅威であるヌシの動向すらも把握していたのではないか?


 ならばこの目の前の状況は、全て奴の想定通り______



 _____別に、命までは取りませんよ。


 _____お仕置き程度で済ませておきますよ。


 

 ウィルは命は取らないと言うような、甘い人間だ。

 だが、その代わりに別の地獄を用意する程度には_______甘くない人間だった。



 ビクビクと体が震え、まともにうごくことができない。

 

 樹林の闇から、赤黒い触手が無数に這い出してくる。

 辺境のヌシの全容は闇に阻まれ見る事ができない。だが、ゆっくりと音もなく現れる触手それは一度囚われれば、飽きるまで逃さないことを理解させた。




「あの、やろォ! ふざけん_______あ”っ」




 ぞるり、と大きく波打つ音が響く。

 引き攣った表情の鬼は、悪態を言い切るまもなく夜の闇に呑み込まれて____消えた。



***



 


「______うーん哀れ。ナムアミダブツ」


 終わったら拾おうと考えながら、スライムの感覚共有を切る。


 まあ、家を爆破されて何も無しは流石にあり得ないよね。

 本人も上手く計算はして爆破したようで、周囲に一切被害はなかったのだが、それはそれとして自宅が消滅したのでまあまあブチギレてるのだった。


「……………? なんの話だ」

「独り言ですよ。気にしないでください」


 ベットで寝ているロアさんに、りんごを剥く。

 

 病院に運んだロアさんは案外元気だった。

 今にも死にそうに見えたのだが、単に魔力が足りていなかっただけらしい。町医者の爺さんが魔力ポーションを飲ませたらすぐに目を覚ました。


 傷も時間はかかるが綺麗に治るらしい。


 魔族ってすげー。


「そんなことより、また『ウ~ズ』で働いて欲しいんですけど」

「_____ああ、店長がいいならよろしく頼む」


 思ったよりもあっさりと返事がもらえた。ちょっとだけ意外だった。


 まあOKなら文句はない。


「じゃ、そんな感じで」

「だが、いいのか? また迷惑をかけるかもしれないぞ」

「…………………あー」


 赤色鬼が言った通り、今回僕がしたことはただの先延ばしだ。目の前の問題を力任せに押しのけただけ。ロアさんがもつ過去のしがらみを解決するにはほど遠い結果だろう。

 もしかしたら、追いついた過去がまた彼女を苦しめることになるのかもしれない。


 彼女が望まなくとも、周囲も巻き込んでしまうのかもしれない。


 まあ、だとしても____彼女がもうしばらく「ウ~ズ」で働いてくれると言うのなら、僕も答えは決まっているのだ。


 だから言い切る。



「______その時はまた力になりますよ」





 

 うーん恥ずかしい。

 やっぱ向いてないよこういうの、風呂入って寝たいわ。今日一日振り返って布団の中で「あああああああああ!」って絶叫したい。


 





 

 


 

 





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