9_外面よりも内面という言葉は決して名言ではない ⑧

「大体ヨォ。女タラシデ女ヲトッカエヒッカエシテルヲ前ガミスター? 笑ワセンナヴァーカ!」

 邦改も地に落ちたな。威厳もへったくれもないわ。

「それミスコンと関係なくない?」

 田村はヘラヘラしながら首を横に振っている。

 俺がこんな輩に負けるなど――あってはならない! 世論に示しがつかない!

「コウナッタラミスコンナンテオ遊ビデハナク、実力行使デヲ前ニ勝ツ!!」

 そうと決まれば即行動! 田村に向かってダッシュする。物語の最後は正義の主人公が必ず勝つって相場は決まってんだよ!

 ――――が。

「グフォッ!?」

 田村から背負い投げを食らい、背中から地面へと叩きつけられた。

「ゲホッ、ゴホォ……田村貴様ァアアッ!!」

 こいつ、結構強い……! 動きの速さ、力の強さ。永田大地に引けを取らない……!

「ミスコンでもタイマン勝負でも平原に負ける気はしないな」

 ハッタリを! 今回のミスコンではたまたま! 僅差で勝てただけの分際で……!

「しかも圧倒的大差で負けましたしね」

 おい高岩! 余計なこと言うな!

「グッ……今日ノ俺ハ風邪デ調子ガ悪イダケダ。本来ナラヲ前等ナンゾ小指一本デ仕留メラレルッテノニヨォ。マッタク運ノイイ連中ダコト」

 俺が背中をさすりながらぼやいていると、涼しい顔で手をはたく田村の横から、

「結局お前はいつもそうだよな。気が狂った猿かよ。何度同じ醜態しゅうたいを繰り返すんだよ。マンネリなんだよ。いい加減学びな?」

 永田大地が茶々を入れてきやがった。お前がミスコンで優勝したわけでもないくせに偉そうに抜かすなや!

「ウキーッ! ヲ黙リッ! 空モ飛ベヌペンギンメ!」

「ネタで言ったつもりがマジで猿、いや猿以下だったか」

「トコロデ田村ァ。今ノハナンダ!? 暴力ダヨナァ!? 生徒指導室ニ連行サレル事案ダゾ!!」

 か弱い後輩に対する暴力、いやパワハラは日本社会から一掃いっそうしなければならない!

「毎度言ってる気がするけど先にけしかけたのはお前だぞ。これだけの目撃者がいる中で無意味な抵抗は無駄だぞ」

 永田大地の言ってることが理解できん。まるで俺が原因みたいな物言いじゃねーか。

「新山! 高岩! ヲ前等モナントカ言ッテヤレヨ!!」

 この、クソバカどもに! なんなら武力行使してもいいぞ! 特例で許可する!

「俺たちの完敗、惨敗ざんぱいだ」

「永田さんたちの主張が全面的に正しいです」

 しかし二人は瞬時に白旗を上げて裏切りやがった。

 貴様ら、この俺が見い出して世話してやった恩を忘れたのか!? 恩をあだで返すとはまさしくこのことなり!! 許されんぞ!!

「フォオオオオオオッ!! ッフォーーーーーーオオオオオオオーーーーーーッ!!」

「どれだけ叫ぼうが現実は変わらんよ」

「フォフォフォーーーーッ!! フォーーッフォッフォッフォッフォーフォケキョッ!!」

「なに? なにがそんなに嬉しいんだ圭?」

 怒りに震える俺を見て永田大地は吹き出した。どこまでも無礼な輩だな!

「嬉シイワッキャネーダロボケガァ!! 嘆イテルニ決マッテオロウ!!」

 GODよ! そろそろ悪夢は終わりにして現実に戻してくれ! 現実は俺の完全勝利なんでしょ?

「おい、圭」

「ンダヨ永田大地ィ!!」

 小汚い声の呼びかけに応じてやると、

「バーーカ」

 コイツはきっしょいニヤケ面で俺を侮辱してきやがった。侮辱罪で訴えるぞ。

「ウオオオオオオオッ!! フォーーーーーーーーッ!! フシュルルルルーーーーーーッ!!」

「吠えれば吠えるほど負け犬度合いが増してくな」

「グッ……グギギギギギギ……」

 響け! とどろけ! 俺のソウル! エネルギーよ!!

 てな具合でしばし天に向かって叫び続けていると、

「平原ー、アンタさっきからうっさいんだけど。さっさと手を動かしなさいよ。ご自慢のその筋肉はお飾りなわけ?」

 俺のダンディな声を聞きつけたみさきを含めた田村親衛隊の面々もこぞって俺の近くまでやってきた。三人ともパイプ椅子を持っている。

「ミ、ミシャキィ! 俺ヲ慰メテオクレ……!」

 哀れな俺に救いの手を! 慈愛じあいの心を!

「は? なんであたしが?」

 みさきは敵意のたっぷりこもった顔を向けてくる以外のことはなにもしてくれない。

 それどころか、

「翔君おめでと~! 分かりきってたけどやっぱり惚れ直しちゃう☆」

 さっさと方向転換して田村に色目を使いはじめやがった。尻軽女めぇ……。

「…………コンノ浮気者メーーッ!!」

 お前は俺にベタ惚れじゃなかったのか!? 俺が内閣総理大臣になった際には絶対に後悔させてやる! その時に言い寄ってきてももう遅いんだからな! 下積み時代から支えてきた女ってところが美談になるポイントなんだからよ。

「それはアンタでしょ。一応彼女いるんじゃないの?」

 その軽蔑する視線。お前の魅力でもあるが俺に向けちゃアカンよ。

 それに葵は恋人でお前はあくまでも愛人候補よ。用途は使い分けないとだろ?

「とりあえず、俺が代わりに謝罪します。コレが大暴れして大変申し訳ございませんでした」

 乱れた場の空気を和ます目的か、新山が唐突に頭を下げた。

「そうですよ。土下座してください」

「新山さんの監督不行き届きです」

「えぇ~……」

 田村親衛隊の優子、彩香から慈悲じひのないお言葉を受ける新山は哀れな輩よ。

「新山ノ監督ハ俺ナンダガ!?」

 そこら辺をはき違えるんじゃないよ。

「新山さん、その程度の謝罪で許されると思ってるんですか? 誠意が足りませんよ。もっともっと謝ってください。全責任は新山さんにあります。反省してください」

「由生が俺に謝れや」

 なぜか高岩までもが新山批判を繰り出してきやがった。

 普段の俺だったら便乗してるところだが今はそんな余裕すらない。

 あとお前ら全員俺のツッコミを無視するなよ。一人くらい反応してくれや。


 そんなこんなで納得できるわけがないミスコンは最低最悪の結果で幕を閉じたのだった。


    ♪


「近隣住民の方々から騒音演説の苦情が相次いでいる。お前の仕業だろ?」

 翌日。

 俺は朝のHRホームルームが終わってすぐに生活指導の教師から職員室に呼び出しをくらった。泣きっ面に蜂とはこのことだ。

「断ジテ違ウ! 俺ハ常識ノ範囲内デ活動シテタダケダゾ。文句ヲ言ワレル筋合イハナイ!」

「犯人は大体そう証言するもんだ。というかお前に常識云々を主張する権利があるとでも? あとお前が話す常識は世間では非常識と呼ばれるんだぞ」

 傷心中の俺をネチネチといびって楽しいか? 陰湿な趣味してやがるな。

「俺ジャネェ……」

「通報者から証拠の動画も届いてるんだぞ。ほれ」

 教師は自身が使ってるパソコンのディスプレイを見るよう促してきた。

「動カヌ証拠ッテワケカ――ッテ、動画ダカラ動ク証拠ヤンケ!」

「うるさい。再生するぞ。黙って見ろ」

「ツレナイ先公ダゼ」

 仕方ないのでディスプレイを凝視すると――


『キェヨエエエエエエエェェェェーーーーーーイ!! 貴様等モルモルモルモルーーーーッ!!』

『ハイハーイ、我ハ平原圭デアリンス。モウミンナ既ニ知ッテルヨナ? マサカ知ラナイ非国民ハオランヨナ?』

『新山ァ!! モットスピード緩メロ!! 横断幕ガシワクチャニナッテルダロウガ!!』


 そこには大変美しい色男がひたむきに美しい活動に勤しんでる光景があった。

 あぁ、この頃はよかった……未来に希望しか抱かず、笑顔が絶えない日々だった……そんな日常を、私は日本で作りたい。

「どう見てもお前だよな?」

「俺様ハイツイカナル時デモ美シイフェイスナノダナ……」

「その美しい顔(笑)の奴が醜い所業で周囲に迷惑を与えている。つまりお前は薄汚いクソ野郎だ」

 自分のビューティフルな顔にうっとりしていると教師が無粋にも横槍よこやりを入れてきた。コイツも俺に嫉妬してるってわけか。下々からの妬みほどたるいもんはねぇよな。

「容疑を認めたな。まったくお前はいつもいつも……」

「シマッタ! 誘導尋問トハ卑劣ナ! 教師ノ風上ニモ置ケネェ!!」

 言質げんち取って延々と説教をクドクドクドクド……図体に似合わずねちっこいんだよ。

「お前のテロ……じゃなかった、ミスコン活動の数々こそ常人の所業じゃないんだよ。騒音、自転車で校内侵入、民家に突撃、恫喝どうかつ、放送ジャック――それと昨日の撤収作業中の奇声も報告が上がってるぞ」

 こいつが何言ってるのかさっぱり分かんね。

 あと俺の動画を撮った奴も変な趣味してるな。それほどまでに俺が魅力的なんだろうけどさぁ。

「放送室の扉も壊したよな? 器物破損も追加」

「ソレハ新山ガァ」

「は? 放送の件にそいつ関係ないよな? なんだそのしょーもない言い訳? 舐めてんの? 放送部の生徒がお前一人の犯行だと証言してるんだぞ」

「アイツ等、先公ニチクリヤガッタノカ……!」

 きちんと口封じしておくべきだったわ。

「チクられることをする奴が全面的に悪い」

「ギギギガガゴゴゴゴ……」

 教師から執拗しつようなイジメを受け続ける俺は打ち震えるばかりだ。優等生の俺をいびるとは趣味が悪い先公だぜ。

「本件は要反省だ。よってお前には今日明日、計二日間の自宅謹慎きんしんを命じる」

「ファファッ!?」

 圭だけに計二日間――ってそんなことはどうだっていい! なぜ俺のような模範もはん生が謹慎きんしん処分を食らわねばならんのだ!

「キュ、キュルルルーン、キュルルルルーン……」

「動物じゃないんだから変なうめき声上げてないで帰れ。あとで保護者にも連絡しておく」

「ハッ!? オ母サンニマデチクル算段カ!?」

「安心しろ。お父さんにも報告してやるぞ。特別大サービスだ」

「オットサーーーーイ!! オッカサーーーーイ!!」

 安心どころか迷惑でしかないわ!

 こいつは俺の家族に亀裂を入れようと企んでいる! そんな愚行は断じて許されてはならない! 教育委員会からしかるべき制裁を受けるべきだ!

「しっかりと反省するように」

「反省バカリデ前ヲ見ナイ人間ニ未来ハナイ」

「真上ばっか見てこけまくってるお前の未来が心配だよ」

 余計なお世話だわ。既に未来もへったくれもない中年オヤジのお前から言われたくないっちゅーの。


 結局、俺は二日間自宅で優雅に過ごしたのだった。

 両親からは多少叱咤しったされたもののすぐにお許しをもらった。これが家族の強固な絆ってヤツなんだよなぁ。

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