9_外面よりも内面という言葉は決して名言ではない ⑤

    ♪


 昼。

『お昼の放送をはじめます。担当は――』

 昼休みに入った途端に急いで弁当をかきこんだ俺は放送室へと向かっている。

「手ッ取リ早クアピールスルタメノ手段、ソレすなわチ校内放送ヨ」

 校内放送を駆使すれば一度に学校全体へとメッセージが投げられる。コストパフォーマンスの面で言えば他の追随ついずいを許さない手法だ。

 ドアノブを回してドアを引くも、

「チッ、鍵ガカカッテヤガル」

 だが簡単に引き下がるわけがなかろうが!

 放送室のドアをドンドン叩くと、

『な、なんですか!?』

 中から狼狽うろたえた声が聞こえてきた。おい、今のも放送で全校へと流れちまったが? 知らねーぞ。

「タノモォーーーーッ!!」

 例によって放送室のドアを乱暴に蹴り壊して中へと乗り込んだ。

『な、なんだい君は!?』

 突然のスーパースターの登場に放送部員どもは目を見開いて動揺している。

 放送室の中には放送部員が二人いた。さしずめ喋り担当と機材カンペ担当だろう。

「って、圭じゃんか」

 片割れが俺を見て顔をしかめた。

「俺ノ名ヲ知ッテルトハ感心」

「いや、去年同じクラスだったでしょ……」

 そうだったのか!? あまりにも存在感がなさすぎて分からないぜ。

 まったく、この学校は地味なオタクばかりで派手さが光る生徒がいないから物足りない。特に男子。

「ヲ前! ソコヲ譲レ! 控エオロウ!」

『おわっ!?』

 放送中だった男子を無理矢理放送席から押し退けて代わりに俺が席に座った。

『エェー、コノ場ヲ借リテ宣言シャス。ワタクシェ、平原圭ハキタルミスコンニ向ケテ努力シテオリヤス。ソシテ必ズヤ優勝ヲコノ手ニ掴ミ取リヤス!』

 俺の魂の叫びを聞いているよな? 邦改に関わる全ての者どもよ。

『ジェ是非ィィイイィッ!!』

 唾の塊が飛ぶが構わず続ける。

『ミスコンデハヲ前等全員、コノ平原圭ニ清キ一票ヲヨロシクナ!!』

 最後にマイクをグーでパンチして俺の飛び入りアピールタイムを締めくくった。

「声でっか……」

「マイクを叩くとドンドン音だけじゃなくてハウリングするからやめてくれ。全校へのテロになったぞ」

「とりあえず言いたいこと言い切った感じだから満足したんじゃないか?」

 耳の穴かっぽじって聞いてたか田村、そして永田大地! これがカリスマ性溢れる男のやり方なんだよ! お前らなんかのしょっぱい活動など比にならないスケールなんだよ!

 こうしてまた、着実な一歩を踏み込んで勝利へと近づいたのだった。


    ♪


「果たして平原に投票しようと考えてる猛者は何人いるのだろうか」

「何人ジャネェダロ。何千人ダヨ」

 今日の放課後も貴重なアピールタイム。この時間を一秒たりとも無駄にはできない。

「邦改高校の全校生徒って千人もいないでしょ……」

「まさかの投票率百%超えですか。夢がありますね」

「夢じゃないとありえない票数だな。奴は夢を見てる最中らしい」

「ソコッ! 余計ナ私語ハ自重シタマヘ!」

 生産性のない雑談なんかで時間を浪費するんじゃないよ。お前らの身勝手な行動でどれだけの工数とリソースが失われたと思ってるんだ? 補填ほてん案を提示したまえ。

「オッ、標的ヲ発見」

 廊下を闊歩かっぽしていると、前方を一人で歩く男子生徒を見つけた。これもなにかの縁だ。

「オイ、ヲ前!」

 俺が背後から声をかけると、男子生徒が振り向いて首を傾げた。

「えっ、誰!?」

「エッ、ヲ前コソ誰!?」

 コイツ嘘だろ? この俺の顔を見て平原圭と分からないとは何者だよ。絶滅危惧種だな。

 そんな輩には俺の情熱的教育をほどこすに限る。

「俺ハ絶賛ミスコン活動中ノ平原圭ダヨ。次世代ノ日本ヲ担ウスターダ」

 俺から肩にガシッと手を置かれた男子生徒はびくりと肩を震わせた。おうおう、そんなに嬉しいのか、そりゃ光栄だ。

「ア、アンタが悪名高い平原圭……!?」

「ブフッ、悪名高いだって……」

「ヤジハ慎ミナサーイ!!」

「ぐええぇっ!?」

 俺の華麗なひと蹴りを顔面に受けた新山は床に倒れた。やかましい小市民は言論弾圧するに限る!

「そ、それでその平原が何の用だよ……?」

 即座に復活し立ち上がった新山も含め、三人から取り囲まれた男子生徒はビビッているものの、俺を呼び捨てにする傲慢ごうまんな態度は崩さない。いい度胸してるじゃねーかよ。

「貴様、分カッテンナ?」

「な、なにが……?」

「ミスコンハ俺ニ入レテクレヤ。頼ムジェ」

「………………」

 この俺の頼みを受けても男子生徒は首を縦に振らない。アピールが足りないってわけか。

「頼ム、頼ム、頼ム……頼ミュゥゥウウゥゥッ!!」

「う、うるさい……」

 耳元で叫ばれた男子生徒は耳を押さえた。こらこら、俺の説得に耳を傾けなさい。大人しく最後まで清聴してなさい。

「か、考えるよ……」

「是非、ヨロシク、頼ム、ナ……!」

 男子生徒の肩に乗せた手に力を込める。

「いたたたた……」

「ジャ、ヨロシクナ!」

 俺が手を離したことで解放された男子生徒はそそくさとその場を去ったのだった。

「コレデ一票追加ジャイ。コノ調子デドンドン行クゾ」

「ただの恫喝どうかつでは……?」

「ウルサイゾ新山」

 貴様を恫喝どうかつして失禁させてやろうかぁ!?

「逆効果でしかない気がしますけども……」

 横では高岩がしけた面で溜息を漏らしていた。

 こうして俺たちは廊下で生徒を見つけ次第、三人で取り囲んで嘆願たんがんする行為を繰り返したのだった。

 断じて脅しではないぞ。あくまでもお願いだからな。


「失礼スル!!」

「しまーす」

「……しゃす」

 嫌そうな顔の高岩を含めた三人で職員室におもむいた。

「なんだ平原? それと後ろにいるのは――お前の支援者か」

「俺ノ信者ヨ!」

「違いますよね? 捏造はやめてください」

 高岩の下らん文句は無視。

 俺たちの姿を見た途端に室内にいる教師全員が作業の手を止めた。

「エェー、我ハミスコンニ優勝シテ邦改ノ治安ヲ改善シタイ。ソノタメニハヲ前等ノ票ガ必要不可欠ダ。マタ、各クラスノ担任ハ自分ノクラスノ生徒ニ対シテ平原圭ニ投票スルヨウ促セ」

 お前らの立ち振る舞い次第で戦況は大きく変わる。普段無能ぶりばかり晒してるお前らの汚名を返す絶好のチャンスだぞ。ありがたく思えよ。

「悪いが我々職員に投票権はないぞ」

「ハァ!? 先公ノクセシテ投票権ガナイダト!?」

 常日頃偉そうに振舞ってるくせして肝心な時はとことん使えねー先公どもだな! マジで一体何ならできるんだよ貴様らは。

「規定に載ってるんだが……お前参加者なのにそんなことすら把握してないのか?」

「ナゼニコノ俺様ガ規定ナンゾニ支配サレナアカンノヨ!?」

 規定だか舎弟だか知らんが、この俺の前ではそんなモンなんの効力も持たぬのじゃ!

「はぁ。生徒主体のイベントに教師が干渉しちゃ無粋だろ。我々はトラブルが起きた際の対応しかしないぞ」

 なんだその呆れ口調は。この俺に指図するのか? ただの公僕の犬の分際でよ。

「あと生徒が誰に投票しようが生徒の自由だ。お前から強制されるいわれはない」

「イワレガアルカラ申シテオルノニ!」

 やる気のない勢力に屈する俺じゃないぜ。命燃え尽きるその日まで、俺様は教師どもに食ってかかってやるのだ!

「ヲ前等俺様ニ優勝シテホシクハナイノカネ!? 邦改ヲ変エラレル男ハ俺シカオラヌトイウノニ!! 俺様ガ在学シテル今シカチャンスハナインダゾ!? ソコントコチャント理解シテルノカ!? 理屈ジャネェンダゾ!?」

「諦めろ平原。先生の言う通りだ」

「ここで心証しんしょうを悪くすれば更に不利になりますよ。まぁどっちみち優勝はありませんけど」

 しかし、覇気のないヘタレ二人から止められてしまった。

「ヌヌゥ……マァヨカロウ。俺ハふところガ深イ大人ノ男ダカラヨ」

 仕方ないな。器がドデカイ俺はこれにて静まってやろう。

「今さっきまで散々吠え散らかしてたのは誰だよ……」

 せっかく自重してやったってのに、教師の一人が溜息を漏らした。嘆息したいのはこっちなんだけど?

「トコロデ一ツ要望ガアル。心シテ聞ケ」

「なぜ要望を出す側がそんな偉そうなんだよ……」

 教師陣は呆れてばかりいるが、俺は怯むことなく言葉を続ける。

「俺様カラノ要望ハ――――」

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