7_仁義や忠義も覚えがないと言われればそれまで ③

 すぐさま扉が開かれた。

「貴様らは何度も何度もかんさわる真似しやがって……!」

 先ほど絡んだガタイのいい構成員男、再登場。

「さっき逃がしてやったのが甘かったな。お情けなんざかけずに息の根を止めとくべきだったわ」

 うわーお、超超物騒な台詞。か弱き高校生に浴びせる言葉じゃないんだぜ。

「今更ナキを入れても遅ぇぞ」

 男は俺たちに鋭い眼光を向ける。視線だけで人を殺せそう。

 ――――じゃ、俺は退散っと。

「新山! 上手クヤレヨナ!」

「あっ、平原!?」

 俺は男と新山に背を向けて逃走した。新山よ、少しでいいから奴にダメージを与えろ。

「上手くやれって何を!?」

「お前は逃がさん」

「平原ああああぁぁああぁぁっ!! このクズ野郎ーーっ!!」

 新山だけが無事(?)にヤクザに捕まった。

「詳しい話は事務所の中で聞こうか、兄ちゃん?」

「ノォオオオオーーッ!!」

 新山の断末魔を尻目に、俺は一旦退いた。

 真打ちってのはな、ここぞって時に現れるんだよ。だから今は身を潜めるなり。

 二人が事務所に入ったのを見届けた俺は事務所の外壁がいへきに耳を当てて中の音を探る。

「舐めた真似してくれたな、ああん!?」

「角刈り眼鏡が主犯なんですよおぉ~~!」

「ならテメェのレツもひっとらえて二人並べて仲良く折檻せっかんしてやるよ。喜べ」

「嬉しくないですぅ!」

「いい加減覚悟決めろや!」

「奴だけにしてくださいいいっ!!」

「いつまでも女々しいんじゃ!!」

「なんで巻き込まれただけの俺がこんな目にまで遭わなきゃいけないんだよ!?」

 耳をすませるまでもなく、事務所からは男の怒号と新山の叫び声がこだました。近所迷惑な連中だな。

「チャンスをやろう。俺とタイマンしろ。俺に一発でも加えられたら土下座で許してやる」

「わ、分かりましたぁ~!」

 新山は男と戦うらしい。絶対勝てんわ。

「許してくださーーーーい!!」

「ザコがウルァアッ!!」

「ぎゃーーーーっ!!」

 鈍い衝撃音とともに新山が倒れたと思わしき音が響いた。

「けっ、この程度で失神たぁ情けねぇ」

 例によって新山はあっけなく気絶したようだ。

 少しでも男に一矢いっし報いてくれりゃあ俺が楽になったのに、とことん役立たずだな。

 仕方がない、やはり主人公の俺が正義の力を示すしかないな!

「ハイドゥハイドゥハイドゥーッ!」

 俺は事務所の扉を何度もグーで叩く。

「んだオラァ!?」

 扉が開かれ、すごい剣幕の男が顔を覗かせた。

「ドーモ、僕ニ会イタカッタデシカ?」

「さっきの角刈り眼鏡……!」

 俺は有無を言わさずに事務所に侵入し、ニコリと最高傑作の笑みを作った。これぞ、人間が成せる芸術作品、アートよ。

「勝手に入んな――あと気色悪いニヤケ面すんなや。吐き気がする」

「誰ガ抱カレタクナイ男ジャイ!?」

「んなこたぁ言ってねーだろ!?」

 ったく、年下相手でも無礼な言葉ってのはあるんだぞ。今の時代コンプライアンスにうるさいんだ。特に注意しとけや。

「自分から舞い戻ってくるとは感心感心。たっぷり料理してやる」

「今時ノ料理ハ時短モ含メテノ実力ダゾ」

「ものの例えじゃ!」

 長い時間をかけてこだわればいい料理が作れるなんて前時代的だな。

 しかし、この俺が何の策も講じずにリベンジマッチに臨んだとでも思ってるのか? 戦いは力の合計で殴り合うだけじゃない。技術や戦法による影響幅は非常に大きい!

「トウリャーーッ!!」

「またまた突っ込んでくるだけか――ってなんだと!?」

 戸阿帆の松田の時と同様、力で勝てないなら愛情で殴る!

「な、なんだ!?」

 俺は男の背中に手を回して身体を密着させ、

「チュッ! チュッ! チュッ! チュッ! ブチュウウウウゥゥゥッ!!」

「うむむむむむっ!?」

 男の唇と舌を強引に奪ってやった。以前海でライフセーバーの男からファーストキッスを奪われたこの俺に怖いものなどないんだよ!

「どこまでも見境ないのな……」

 いつの間にやら意識が戻った新山が感心しているのか呆れているのか分からない唖然とした面持ちで俺の攻撃を見守っている。

「――――!!」

「グァッ!?」

 男は俺の髪を乱暴に引っ張ってきやがった。

「オイ! マダキスノ最中ダロウガ!?」

「オエ……男と接吻する趣味はねぇ……!」

 男はそのまま俺を仰向けの状態で地面に叩きつけた。

「ゲホッ、ゲホッ……!」

 背中から地面にぶつかったので咳が止まらん。

「角刈り眼鏡、頭イカれすぎだろ……」

 男は腕で何度も自分の口を拭きながら渋い表情で俺を見下ろす。

「それが勝てる策だったの? 常軌じょうきいっしてるな」

「ウッサイ新山! コレデモ食ライヤガレ!」

「ガッ!?」

 文句ばかりでクソの役にも立たない馬鹿の顔面に拳を入れてやった。

 例によって新山はその場に倒れ込み、気を失った。

「貴様、年下相手に大人げないな……」

「俺ガ! 年下ナンスケドォ!?」

 すれた新山なんかよりも俺の方がどこから見てもフレッシュだろぉ!?

「童顔の俺と老け顔の平原、まぁそうなるわな」

 おおっと。新山め、意識の復活が早いな。耐性ができてるのか?

「ヲ黙リッ! 戸阿帆高校OBノ新山鷹章!」

 俺はピシャリとバカを黙らせてやった。

「人の個人情報晒さないでくれるかな」

 しかし新山にはまだ余計な発言を漏らす余裕が残っていた。

「戸阿帆――奇遇だな。俺も戸阿帆卒業の身よ」

 ヤクザ男はまさかの新山の先輩だった。さすがは天下の戸阿帆高校。この手の人材だけは事足りるぜ。

「先輩後輩のよしみで俺だけは見逃してください!」

「貴様、コノ期ニ及ンデモマダ我ガ身大事ナノカ!?」

「お前だって俺を人柱ひとばしらにしたくせに!」

「お前最低だな。お前も男なら仲間とともに美しく散れ」

「そんな美しさ、俺は一切追及してないんですよ……」

 左右から詰められる新山。やっぱりコイツはこうでなくちゃな。

「ところでさぁ。今まで触れないようにしてたんだがよ」

 男が玄関にある棚の上に置かれた『モノ』に視線を送った。

「貴様らウチのドアノブをどうしてくれる」

「――――ハッ!?」

 さっき俺が蹴り壊したドアノブ! あ、いや、記憶にございませんな。

「貴様らというか、アレはコイツが――」

「オイ新山! 人ノセイニスルノモイイ加減ニシロ!!」

「いや事実でしょうが……」

「キョエエエエーーーーイ!!」

 コイツは人に罪をなすりつけて逃げ切ろうと目論む悪癖あくへきが酷い!

「ほう。なら角刈り眼鏡から教育してやろう」

 男は俺ににじり寄ってくる。

 くっ、腕力じゃ歯が立たない、性を利用した色仕掛けも乱暴にキャンセルされる。これ以上どう太刀打ちしろってんだよ……。

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