1_昨日の敵が今日の友になる確率なんてほぼゼロ ①

永田ながた大地だいち、ヲ前生意気ナンダヨ」


 言ってやった。俺は言ってやったぞ。クソ生意気で調子に乗ってるコイツに言い切ってやったのだ。

 永田大地。俺と同学年で才能もないのにバスケットボール部に所属している。

 二年生でありながらレギュラーらしいが……どんな裏口手段を使ったんだろうな。不思議だぜ。どうせ恰好つけるためとか、モテるためとかでバスケ部に入ったんだぜ、フヘヘ。

 クラスは違うが俺は学校一の有名人だからな。向こうは当然俺を知っている。俺もある出来事がきっかけでコイツを知っている。

 ヴィジュアル系バンドだか知らんがそれが好きらしく、小生意気にも耳にピアスをつけている。髪型も今風って感じだ。

 外見に拘ってないで俺のように自然体の角刈り眼鏡でいた方がモテるのにアホな奴だ。

「誰かと思ったら圭かよ。その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ」

「俺ノドコガ生意気ッテ言ウンダ?」

「相手を挑発するようなその喋り方がまず生意気だ。お前の台詞を文章で表現すると、漢字以外全て片仮名表記になるんじゃねーのってくらい」

「俺様ガ普段カラ日本語ヲ満足ニ話セナイ奴ミタク言ウンジャネーゾ」

「お前は普段から満足に日本語を話せてないんだが?」

「俺ガ使ッテル言葉ヲ日本語ッテ言ウンダゼ?」

「そうかそうか。じゃあこの国では、お前以外誰一人として日本語を使ってないんだな。お前の発言だとそうなるよな?」

「マァ頭ガ悪クテコノ学校ニ入ッタヲ前ハバカデ当然ダカラ、俺ノ言ッテルコトハ理解デキナイダロウガナ」

「それなら頭が悪い俺と同じ学校にいる時点で、お前も馬鹿ってことになるだろうが。本当お前の頭の中は広い広いお花畑だな」

「クッ……生意気、生意気ナンダヨヲ前ハ……」

「言い返してこいよ? それともついに自分の過ちを認めたか? ようやく自分が馬鹿だと認識したんだな? 遅すぎるけど、ずっと気づかないよりは遥かにマシだ。今からじゃもう手遅れだけど、悪あがき程度には人間並の知能になるよう勉強しなきゃだな。なっ、平原圭」

 そう言ってコイツは俺の肩に手を置き、もう片方の手でサムズアップしてきやがった。

 くそっ、俺の方が背が高くて筋肉もあって恰好良いのに。格下の奴にバカにされると本当に腹が立つ。

 永田大地。本当に生意気な奴だぜ。


 コイツとの馴れ初め。

 それは去年、つまり高校一年生の時まで遡る。


    ♪ ♪ ♪


「ってなわけで昨日の練習は中止になっちゃったんだよ」

「ははは、そりゃ傑作だな」

「ところで隣のクラスに大地に気がある女子がいるって噂だぜ?」

「マジで? 詳しく聞かせてく――」


「調子ヅイテンジャネェゾヲ前等ハヨ!」


「…………誰だ?」

「さぁ?」

「なんで正門の上に立ってるの?」

 ふっ、颯爽と登場した俺様に奴らの視聴覚はすっかり釘づけになっているな!

 颯爽と登場した俺は颯爽と正門の上から地面へと着地する。

「足ガイテェ――ゴホン、俺様コソ! コノ学校デ伝説ノ男ト呼バレテイル男、平原圭ダ!」

「この学校に伝説の男と呼ばれてる奴なんていたっけ?」

「ってか、男って二回言う必要あったのか?」

「馬鹿だから国語力が著しく低いんだろ」

「オイコラ! 今俺ノコトヲ侮辱シヤガッタノハドイツダ!? ベルリンノ壁ヲ壊シテヤロウカ!?」

 この俺様をバカ呼ばわりとは、礼儀ってもんがなってないな。

「あぁ? 俺だけどなに?」

 そう言って俺を睨みつけてきたのは耳にピアスがついた今風の外見をしている男子生徒。

「訂正シナ。俺ハバカジャナイノ、天才ナノ」

「テンサイ? あぁ、天に災害の災と書いて天災か。要するに天変地異男か」

「テンペーチー? 訳分カラナイコト言ウンジャネエ」

「天変地異なら誰でも一度は耳にしたことがあると思っていたんだが、お前は例外だったか。相当な間抜けだな。それ以前にその変なアレンジした喋り方はなんとかならないのか」

「アーアーアーアー! 怒ッチャッタヨ? 俺怒ッチャッタヨ!? 他ノ連中ハモウイイ、ヲ前、ヲ前ダヨ! ピアス野郎! サシデ会話シヨウジャナイノ」

 こんなクソ生意気な奴がこの学校に存在していたとはショックだよ。こんな奴を入学させるなんて、学校は何を考えてるんだ。

「あー、じゃあまた後でな、大地」

「あぁ、すぐに追いつくから先行っててくれ」

 友達と思われる連中は呆れ半分で立ち去った。

 きっと俺に逆らうコイツに対して呆れていたんだろう。そう思う気持ちは正常だ。

「マズ一ツ。自己紹介ヲシロ! ヲ前ノ名ヲ名乗レ!!」

 俺はビシッと指を差して叫ぶ。呪いがかかることを祈って。

「人を指差すのはやめろ……っと、俺は一年A組の永田大地。バスケ部所属で今日は練習が休みだから今帰るところ。そこにお前が現れた――はい、もういいだろ?」

 溜息交じりで返答する永田大地とかいう奴。

 俺が話しかけてやってるのに、なにこのうんざりしたような態度? 死んでくんねーかな。

「一ツッテコトハマダアルンダヨ。帰リタイオーラヲ全開デ出シテンジャネェゾ?」

「はいはい。二つ目はなんですかー」

「棒読ミデ言ウンジャネェヨ。ズバリ聞クガ、サッキノ話ハドウイウコトダ? 俺ヲ侮辱シテイルノカ?」

「?? 意味がさっぱり分からないんだけど」

「今ノデ理解デキナイトカアッタマ悪ィ奴ダナ! 決マッテルダロ? ヲ前ニ気ガアル女子生徒ガイルッテ話ダヨ!」

 この世で最もモテモテの俺を差し置いて、天使である女の子から好意を持たれるとは許せん。それは俺への、いや、神への冒涜だ!

「そりゃこっちの台詞だ! 詳しく聞こうとした矢先にお前が現れたんだろうが!」

「ヘエ、アクマデシラヲ切ルツモリカ。ヲ前ミタイナキモイ奴ガ――許セン!」

「人をキモイ呼ばわりするのもとぼけてると思い込みたいのも勝手だけど、本当に俺も詳しく知らないからな?」

「マダ言ウカ? 自分ハモテルカラッテ、調子ヅイテンノカ!?」

「あーあーはいはーい。詳しい事情を聞いたらお前にも教えてやるかもしれないから、な? もういいだろ? 友達待たせてんだよ。これ以上付き合いきれねーよ」

 コイツ、はぐらかして逃げる気か?

 ちっ、これ以上粘っても埒があかないな。

「最後ニ一ツ。ソノ女子生徒ヲドウスルツモリダ?」

 コイツが女子生徒にどんな対応をするのか、それだけは絶対に聞いておく必要があった。

「どうするって……まずはどんな子か知って、そこで好みや趣味が合えば――って感じかな」

「ヲ前ハ本ッ当ニッ! 生意気ナ! 奴! ダナァ!! 死ンデ詫ビロオオオオオオ!!」

「なんで俺はお前に怒鳴られてんだ?」

「覚エテロヨ! 近イウチニ痛イ目ニ合ワセテヤッカラナ!! 俺モ名前ヲ覚エタゾ、タナカダイキ!!」

 ダダダダダーッ! と音を出して、俺はエレガントに校門を駆け抜けた。

「お前みたいなカスを覚えておく理由なんてないだろ……脳ミソの無駄だしな。しかも俺の名前も間違って覚えてるし。真性の馬鹿だなありゃ」


「オカシイ! オカシインダヨオオオオオオオオ!!」


 俺は走った。

 全速力で通学路を走り、駅まで向かった。


「あれって、さっき正門にいた奴か?」

「……気づかぬフリをしておこう」


 何やら見たことがあるバカどもを追い抜いた気がするが、俺の快足は止まらないぜ。

 俺という素晴らしい男がいるのに、あんな! あんな奴に好意を寄せる女の子が存在するなんて!

 ありえんありえんありえーん!! 俺は認めんぞ! こんなバカなことがあり得るのか!?

 否、あり得るはずがない! だからあっちゃいけないんだ! それなのに!

 理不尽な世界への怒りを原動力に、疲れを感じぬまま走り続ける。

 しかしどれだけ走っても、すさまじい速さで生産される俺の怒りのエネルギーは留まることを知らない。

 溜め込むエネルギー量が許容範囲を超えた時、


「ナカタタイキィィィェ!! 俺ハヲ前ヲ許サネェカラ、ナーー!!」


 自然と俺こと漢、平原圭は魂の咆哮ほうこうをしていた。

 周りにいたギャラリーどもは俺の声の恰好良さからか、こちらをチラ見してはすぐに目を逸らしていたけど、今は手を振ってファンサービスをする余裕はなかった。


 そして俺は誓った。

 絶対にあいつを潰す。どんな手段を使ってでもな。


 そんな馴れ初めから、俺と永田大地は現在に至っても犬猿の仲になっている。


 余談だが、アイツはその女子生徒と付き合うことになったが結局数ヶ月で別れたのだった。

 その時は言ってやったよ。『お前のような小僧に恋愛は早すぎた』とな。あの時はスカッとしたね。

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