演芸事リング

ロックウェル・イワイ

第1試合 吸血鬼、病院へゆく(ショート・ショート)

 俺は吸血鬼だ。昨日から肛門の調子が悪い。今日の日の入り後、排便をしたら出血した。吸血鬼なのに。

 今も痛くて仕方がない。歯槽膿漏は何とか自分の中で折り合いをつけて我慢をしてきたが、こっちはもう無理だ。病院へ行こう。


 病院の名は「肛門の狼医院」と言った。

 繁華街の外れにあるこの病院は、夜間専門で俺のようなモンスターもやって来るためか、入口には黒服が立っていた。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「見てのとおりだ」

「お一人様、ご案内でーす」


 黒服に促され、院内に入るとお化け屋敷の様に暗かった。

 細長い通路を抜けると受付が現れた。

 年齢不詳の老婆が座っていた。

本院うちにかかるのは初めてですか?」

「ええ」

「保険証はありますか?」

「献血手帳ならありますけど」

「……」

「……」

「中待合室でお待ちください」


 待合室に入るや否や「どーじょ」と声を掛けられた。

 診察室のデスクには白衣を着たオカッパ頭の幼児が座っていた。

「どーじょ、お掛けくだちゃい」

 幼児は俺に丸椅子を勧めた。

「どーなちゃいました?」

「昨日からお肛門しりが痛くて、今日、出血したんです」

手術しりつをしまちょう」

「え? もう!」

「そこに寝てくだちゃい」

 オカッパの指差す先には手術台があった。

「今、ここで、すぐに?」

「麻酔をちまちゅ」

 有無を言わさず、両脇をどこからか現れた黒子二人に抱えられ、手術台に四つん這いにされた。その姿勢のまま、肛門周りに局部麻酔を射たれた。

 小一時間ほど黒子に押さえ付けられている間に手術は終了した。

手術しりつは成功しまちた」

「何か、お尻に違和感を感じるんですけど……」

「蛇口を着けまちた」

「え! 肛門に?」

「はい」

 股を覗き込むと肛門に蛇口が縫い付けられていた。

「何すんだ! バカヤロー」

「お大事にぃ」


 次の日。

 やはり、お肛門しりの調子が良くないので病院へ行く事にした。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「見てのとおりだ」

「お一人様、ご案内でーす」

 再び、黒服に連れられ、暗い通路を抜けると老婆の受付が現れた。

「献血手帳ならあるし、ほい、昨日もらった診察券」

「中待合室でお待ちください」


 待合室に入るやいなや「どーぞ」と声が掛かった。いつ来ても空いている病院だ。

 診察室へ入るとデスクには白衣を着た登頂部の禿げた白髪のじいさんが座っていた。

「あれ? 昨日のオカッパ頭の女医さんは?」

「あれは孫じゃ」

「孫?」

「そうじゃ」

「孫に診察させてるのか!」

 俺は老医者の胸ぐらを掴み上げた。

「ち、違う! 私が出掛けている間に勝手に入り込んだんだ」

「うるせー! 俺の肛門ケツを見ろ! 蛇口を付けられたんだぞ!!」

「み、せてください」

 俺は診察台に四つん這いになり、下着を下げた。

「パッキンが緩くなっていますね」

「そんな事、言ってんじゃねえわ!」


 さらに次の日。

 異物を粘膜に縫い付けられたせいか微熱が収まらなかった。

 本意ではないが、再度、病院に行く事にした。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「そ・う・だ!!」

「お一人様、ご案内でーす」

 毎回、なんか腹立つ。

 黒服を振り切り、受付の老婆に診察券を叩き付け、中待合室を通りすぎ、直接、診察室に乗り込んでやった。

 あろうことか、診察室のデスクには座敷犬がシッポを振って待っていた。

くそっ!」

 言った瞬間、蛇口から出血した。

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