このことを彼女は知らない

赤燕

第1話


 月曜日。一週間のはじまりは、いつもアンニュイな目覚めからはじまる。


 しかし、今日にかぎっては別だ。心が躍る。嘘のように身体が軽い。


 それもこれも、クラスメイトとエロブックをトレードするからだ。


 最近はネットで夜のおかずを調達するのが主流だが、電子の海で釣れるものといえば画面が小さかったり画素が荒かったり、物足りないものばかり。下手くそなコラージュ画像なんかを引き当てた日には、修正作業に没頭してしまい無駄に時間を費やしてしまう。


 無料ゆえに専門誌のような高品質は望めない。


 自慢するわけじゃないけど、僕の美的センスは人並み外れているらしく、やたらとポーズや美しさを重視する傾向がある。そのセンスたるや伝統工芸を専門とする学校に、ほぼ実技のみで入学するほどだ。


 しかし、才能があるというのも考えもの。凡人が満足する程度のエロ画像では、僕の欲求は満たされない。優秀であるがゆえの悲しい性というやつだ。


 そんなわけで、僕は価値観の合うクラスメイトと耽美な価値を共有している。トレード用のブツは厳選に厳選を重ねた逸品。クラスメイトの持参するブツもなかなかのもので発行部数限定のアダルト写真誌。それも買い損ねたプレミアム号。


 市井の女人ごときでは心が揺れぬ! 飽くなき美への探求心。僕という人間は、まったくもって罪な男だ。ああ、まだ見ぬ彼女たちと早く夜を迎えたい! 一刻も早く、友と聖なる書物エロブックを交換せねば! そして、めくるめく桃色の世界に……。


「とまりなさい」


 背後から湧いた突然の声に妄想が弾ける。


 振り返ってみれば、見覚えのある腕章があった。


 風紀委員の連中だ。しかも知っている女子生徒ときたもんだ。


 こいつらは教師おとなの狗で、同胞である僕たち男子生徒を親の敵のようにつけ狙う。


 なかでも真面目な女子風紀委員は最悪で、なぜかエロに関してだけ、そこいらの狗より鼻が利く。その女子風紀員が、つかつかと歩み寄ってくる。


 三つ編みをぐるぐる巻きにしたシニヨンとかいうお団子頭が見えて、僕の横を通り過ぎるかと思った瞬間、ぴたりと止まった。


 視界の端に、釣り上がった目が見える。


 最悪だ。こともあろうに、こっちに目をつけやがった。


 なんの前触れもなく、僕の鞄をひったくった。


 彼女は一度、僕を睨むと、そのままがさごそと鞄の中を物色しはじめた。風紀委員は、出来る女性の象徴であるフォックスフレームの眼鏡に指を添えて、くいっと持ち上げる。


 次の瞬間、表紙だけをすり替えるというカモフラージュをいとも簡単に看破し、


「これは一体なんですか?」


 トレード用のブツを突きつけてくる。


 なにって見りゃあわかるだろう!


 逆ギレしたいのは山々だが、ここで没収はキツイ。このブツはトレード用の切り札。なんとしても守り通さねば……。


「美術でつかうデッサン用の資料です。ほら、学校の備品って胸像はあるけど全身像はないでしょう。かといって裸婦像のモデルは認められていないし。だからせめて資料だけでもと……」


 言い切る前に、風紀委員の眉が八の字になった。


「没収です」


 最悪の結果だ。


 別の風紀委員が抱えている回収箱に投げ入れると、踵を返して颯爽と次の得物へ向かう。


 うなじが覗く。


 目立たない、地味な黒い三連星。


 生え際に一列に並んだホクロを、僕は死んでも忘れない。




 まずはこのオンナのことを語らねばなるまい。


 僕の大切な持ち駒。定価三千八百円(税込み)の最新ヌード写真集『カンダタ』を攫っていったあのオンナのことを。空木さやかという堅物のことを。

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