第17話 なんと

「ではリュウジ様のお支払いに進む前に、ショウタ様はなにかご購入されますか?」

 突然話題をふられた翔太はびっくりしながら返答する。


「えっ!? 買ってもいいんですか!」

 翔太は竜司の支払いのためについてきたのだからと考え、さすがにそこまで求めては厚かましいかと思っていたのだろうが、当の店主から出された予想外の提案に食いつく。


 そんな翔太に、ゼロが驚愕の言葉を告げる。


「ええ、もちろんです。せっかくお客様が恋人を連れてご来店されたのですから、ぜひなにかお買い求めください」


「「こ、恋人!?」」


 予想だにしなかった単語に、そろって大声を出す竜司と翔太。

 いったいどんな想像をしていたかはわからないが、ゼロが不思議そうに首を傾げ、次いで頭を下げる。


「申し訳ありません。お二人のご様子からてっきりそのようなご関係だとばかり……失礼いたしました」

「いやいやいやいや! 重要なのはそこじゃないっすよ! こいつ男なんすよ! こーんな見た目してますけど、ちゃんと男なんです!」


 すぐさま竜司はゼロの間違いを直そうと必死に舌を回す。

 未だかつてないほどの回転率だ。今なら軽口を飛ばしあっても翔太に勝てるかもしれない。


「ぼ、僕と竜司が……恋人……。えへへぇ……」

 しかし当の翔太といえば、いったいなにをボソボソと呟いているのか。言葉は聞き取れないが、そんな余裕があるならばゼロの間違いの訂正に加勢してもらいたい。


(まさか俺をからかうネタを手に入れたとか思って笑ってんのか? いやさすがにそれはねえか)

 そんな邪推をしているとゼロからの声が鼓膜に届く。


「おや? そんなはずは……なるほど、そうだったのですね。勘違いしてしまっていたようです。申し訳ありません」

 なにやら少しだけ思案顔になっていたようだが、ともかく誤解は解けたようだ。


「ああいや、誤解が解けたなら良かったです。んで、ほら翔太。なにか欲しい物あるかってさ」


 前半はゼロに向けて後半は翔太に向けて話すが、小さな友人には声が届いていなかったらしく、反応はない。

 仕方ないなと思い、少し近付いて話しかける。


「おい翔太? 聞こえてるかー?」

「うぇあ!? な、なに竜司?」

 すると翔太は大げさなほどにびっくりしながらこちらを見る。


 なにを考えてぼーっとしていたのかは知らないが、あいにく今は英語の時間ではない。竜司は説明をした。

「いや驚きすぎだろ。ゼロさんがなにか欲しい商品はあるかって言ってたろ? なんか無いのか?」


「あ、うん。そうだね、その話だったよね。ちょっと考えていい?」

 少々ぎこちない返事をする翔太。数秒経ち、答えを出した。


「じゃあ、さっき見せてもらった思念波動増幅器サイキックスピーカーを買ってもいいですか?」


「かしこまりました。それではショウタ様は思念波動増幅器サイキックスピーカーを、リュウジ様は希望ホープ百の籠手ハンドレッド・ガントレッドをご購入ということでよろしいでしょうか?」

 翔太の声を聞き届け、ゼロが確認をしてくる。二人は頷き、店主は笑みを浮かべる。


「それではリュウジ様、正式にご購入されるということですので、そちらの品はお預かりいたします。新品の物をお持ちしますので」

 ゼロに言われるがまま、竜司は赤いキューブを手渡した。


 最初はわざわざ新しい物に変える必要はないと思っていたが、お試し用の物と実際の商品を別に用意するというのは当然とも言える。

 立ち読み用の漫画を購入しないのと同じようなものだろう。


 そんな竜司を尻目に、ゼロは受け取った百の籠手ハンドレッド・ガントレッドのキューブを見つめながら立ち尽くした。

 なにかを不思議に思っているような、不可解なことに直面した時の表情をしている。


 もしやどこかを壊してしまったのだろうか。トゥエルブとの戦いは確かに激闘だったし、その最中に破損してしまった可能性もなくはない。


 最悪の可能性を捨てきれずにいると、ゼロはなんの気無しにこちらへ目をやる。

 いったいなにが彼の中で引っかかっているのだろうか。思考を巡らせていると、ゼロが竜司に話しかけてくる。


「申し訳ございません。リュウジ様、こちらの商品きせきの名称を口に出して確認していただいてもよろしいでしょうか?」

 竜司が首を傾げていると、なんともおかしなお願いをしてきた。


 しかしそれは二秒ほどで結論に至った。

(ああ! もしかして音声認証で所有権を放棄する必要がある。みたいなやつか?)


 ゼロは決して無駄なことを客に要求することはないし、考えてみれば試供品の所有権をリセットするのはおかしくもなんともない。当然のプロセスだ。


 そう思い、竜司は素直にゼロの要求に応える。

「はい。《百の籠手ハンドレッド・ガントレッド》です」


 瞬間。


 あるじの声に応じて、奇跡屋の広すぎる空間に百個の籠手が出現した。

 そしてそれらは見るからにゼロのものではなく、竜司の霊力線が繋がった、竜司の籠手で間違いなかった。


「はあ!?」

「ちょ、声おっきいよ竜司!」

 竜司の驚きが空間に響き渡る。かたわらにいた友人からの苦言が飛んでくるが、今はそれに構っている余裕はない。

 それはそうだ。なぜならそれはあり得ない光景なのだから。


 希望ホープという道具は、身につけたままその名前を口に出すことで発動する異能である。つまり逆説的に言えば、キューブを持っていない竜司が発動することは不可能なはずなのだ。


 そして今、キューブを手にしているのはゼロであり、竜司が百の籠手ハンドレッド・ガントレッドを発動できるわけがない。そのはずなのに。


 疑問が頭の中をかき回す。しかしそんな竜司とは真逆の反応を示す者がいた。

「やはりそうでしたか……」

 もちろんゼロである。


 彼は納得したように頷き、すぐさま竜司に説明をする。

「リュウジ様、困惑されているかと思いますが落ち着いてください。これはリュウジ様ご自身の百の籠手ハンドレッド・ガントレッドでございます」


「はい!? 俺自身のって……」

 依然として状況が飲み込めず、ゼロの言葉を繰り返す。


 すかさずゼロは丁寧に話しかけた。

「順を追ってご説明いたしますね。まず最初に希望ホープのことについてですが、これは精神の奥に眠る潜在能力であり、誰もが希望ホープの種を持っているとされています」


「そしてこれは重要な情報ではないと判断してリュウジ様にはお伝えしていませんでしたが、発現する能力は基本的に固有のものではありません。百の籠手ハンドレッド・ガントレッドもその例に漏れず、複数の所有者が存在します」


「リュウジ様もその一人であったということです。しかし本来であれば発芽することのなかったはずのリュウジ様の百の籠手ハンドレッド・ガントレッドは、当店で同種の希望ホープと接触することによって目覚めた……と考えるのが妥当かと思われます」


 つまり竜司の中に眠っていた力が、全く同じ力と共鳴することで使えるようになった……ということだろう。


 しかしそうは言われてもあっさりと納得できるわけがなく、自身の周りに浮かぶ籠手を操作したり腕に装着してみたりと、何気なく動かしてみる。

 なんというか、手持ち無沙汰な生徒がペン回しをするかのようだ。


 すると滑らかに籠手は動き出し、紛れもなくこれは竜司のものであることを主張してくる。


 自由自在に動かせることから、竜司の能力だという部分は辛うじて理解できるが、これが元々自分に備わっていた能力だとは思えない。

 あまりにもファンタジックな事実だ。はいそうですかと認めるには異質すぎる。


「つまりこれは道具に込められた希望ホープじゃなく、俺の中にあるものってことっすよね……?」

 まるで自分に言い聞かせるように繰り返す竜司に、金髪の店主は穏やかな声色で話しかける。


「はい、その通りでございます。つきましては全く同じ能力が秘められた道具を売るわけにもいきませんので、ご購入はキャンセルとさせていただきます。よろしいでしょうか?」

 彼の言葉の中に聞き逃せない単語をキャッチした竜司はゼロに問い詰める。


「えっ! じゃあ支払いはどうするんすか?」

「もちろんそちらもキャンセルとなります。お客様から霊力だけを頂くわけにもいきませんので」


「いやいや、そうはいかないっすよ。元々はちゃんと売れるはずの物が売れなくなったんすから、せめて支払いだけはさせてください!」

「そうはいきません。奇跡屋は、お客様のお悩みを商品きせきで以って解決する店なのです。それに反してしまった以上、リュウジ様にお代を請求することはできません」


 言い合いになってしまった二人。隣にいる翔太は当然ながら困惑してしまい、二人の会話に入ることができない。


 そしてどうにも納得いかない竜司はさらに言葉を重ねる。

「それならほら、この籠手見てください! これも奇跡の範疇はんちゅうっすよね? だったら俺はちゃんと商品を受け取ってますよ」


「いいえ。超常の力が込められた道具を与えることと、お客様ご自身に根本的な変化を与えてしまうことは同義ではありません。たとえ同じ異能であっても、道具であれば隠し通すことも容易ですが、自らに秘められたものを隠し続けることは困難であると推測します」


 ゼロは続けて、

「加えてリュウジ様のいらっしゃる世界は、とりわけそういった異能に理解があるわけではなく、その希望ホープがリュウジ様の未来になんらかの不利益を発生させる可能性も否定できません。これらを加味した上で、お支払いだけをしていただくわけにはいかないのです。どうかご了承ください」

 と述べた。


 そこまで聞いた竜司は黙ってしまう。

 ゼロの言葉が正しいと理解したからだ。


 もちろん「品物を買っていないから霊力を受け取ることはできない」という部分はゼロの奇跡屋としての矜持というか、ルールを守ろうとする真面目さからくるものだろうとは思う。


 しかしゼロの言う通り、これから先、竜司が百の籠手ハンドレッド・ガントレッドの所有者であることでトラブルを引き起こしてしまう可能性は無視できない。


 確認できるわけではないが、おそらくこの世界でたった一人の異能力者となるのだ。それは竜司の持つありふれた霊能とは比べ物にならない希少性を有している。


 もしそれが知られてしまったらどうなるかなど、高校生の竜司には想像もつかない。よくて見世物、最悪の場合は人体実験だろうか。どちらにせよ良い気分にはなれそうもない。


 確かにそう考えれば異能が込められた道具を持っていることと、異能力者であることは全くの別物だ。

 ゼロの言葉を「杞憂だ」と言い張るには、日本という国はあまりにも異物に敏感すぎる。


 しかしそれでも、ゼロの言葉にいかに正当性があろうとも、奇跡屋から受けた多くの恩を無視することはできない。


 奇跡屋と出会わなければ、あれほどの感動を味わうことはなかったし、なによりトゥエルブに勝つことは不可能だっただろう。

 そうなれば当然、襲われていた翔太を助けることもできず、今ここで五体満足でいられるはずもない。


 冗談もお世辞も抜きで、奇跡屋の店主であるゼロは命の恩人なのだ。それだけはどうしてもくつがえることはない。

 その大恩に少しでも報いたいという感情もまた無視できない。


 それに少し冷静になって考えてみると、自分のしていることが犯罪のような気がしてならないのだ。


 実際に整理してみればそうとしか思えないのだ。商品の中身を無断でコピーして、相応の対価も払わずにいるだなんて、これではまるで……

「でもこれじゃあ、まるで違法ダウンロードみたいじゃないっすか……」


 意識せずにこぼれた言葉だった。口に出すつもりはなかった。自責の念にかられてついつい言ってしまったというだけ。


 しかし予期せず出てきたその言葉を聞いて、ゼロはなんと……


「……っふ、ふふふ。あっはっはっはっは!」


 ……大笑いをしていた。


 呆気に取られる竜司と翔太。今までのゼロからは想像もできないほどの笑い方に、二人して衝撃を受けている。


 ひとしきり笑った後にゼロは口を開く。

「……ふう、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。まさか異能の覚醒をそのように表現するとは思いもよらず、笑ってしまいました。違法ダウンロードとは……ふふ、言い得て妙ですね」


 笑い混じりにそう答え、なおも面白さが消えないのか口角が上がっている。

 期せずして場の雰囲気が柔らかくなり、これを好機と見たか今まで口を挟めなかった翔太が声を出す。


「あの、竜司はどうしてもゼロさんにお返しがしたいみたいなので、これが支払いってことじゃなくてただのお礼だったら受け取ってくれるんじゃないですか?」


「ん? どういうことだそれ?」

 竜司は翔太の意図が読めず、首を傾げる。

 すかさず翔太は説明した。


「えっと、代金を支払うみたいな感じじゃなくて、差し入れとかそういう形だったらゼロさんも断りづらいんじゃないかと思ったんだけど……」

「おお! それいいな! そういえばゼロさんもさっきお菓子は受け取ってくれましたよね? 奇跡屋にはお世話になったんでお礼がしたいんですけど、いいっすか?」


 翔太の提案に勝機を見出した竜司は畳みかけるように言葉を発する。

 そして肝心のゼロの反応は……


「そう……ですね。お客様からのご厚意を断るような無粋な真似はできかねます。ですのでリュウジ様のお言葉に甘えて、お礼はいただくことにいたします」


 長い論争の末に、ついに金髪の店主が竜司のわがままを聞き入れてくれた。

「よっしゃあ!」

 竜司は喜びを露わにした。

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