第十三話 進化する者達

「別に~。なーんにもしてないっすよ」

「嘘。……ウィル、何かされた?」


 シルクとシャルノアの間に殺気が渦巻く。互いの魔力がぶつかりあい、轟々と風が吹いていた。


「まあまあされた」

「まあまあ!?」


 デッドボアの前に投げ出された事に関してはもうあまり気にしていない。しかしされた事はされたので、まあまあという表現になる。


「うん……やっぱり何かされた。駆除する」

「お、やるんすか? そろそろ戦いの方でも上であるって示しときたいっすね」

「でもってなに……お前には、他にも負けてない」

「えー。ほら。女として?」


 シャルノアは自分の豊満な胸をアピールするように腕を組む。


「牛乳女。殺す」

「あー。持たざる者の戯言が聞こえるっす」


 殺気は最高潮に達する。先手はシルクだった。


「リル。突撃」

「ばーんっす」


 シルクの命令にフェンリルは突撃する。しかしシャルノアを守る様に土の盾が展開され、攻撃は防がれた。


 続いて上空にいたフェニックスが空から火の玉を降り注がせる。それも地面の土を操作して盾を作りシャルノアは防いだ。


「はー。大丈夫かな」

「ギギ」


 ウィルとコブロは見ている事しかできなかった。次元の違う戦いをただぽかーんと見つめている。


「あーあ。派手にやっちゃってるねー」


 すると突然、ウィルの横から少女の呆れた声が聞こえてきた。


「うわ。……ビックリした」

「こんにちは。君がウィル君かにゃ?」


 まだ幼い猫獣人の少女だった。幼いといってもウィルよりはぜんぜん年上だ。多分十四歳とか、それぐらい。白銀のショートカットを揺らしてにっこりと微笑むが、まるで気づかなかった。しゃべりだすまで、そこにいた事すら。


「私はニャルコ。最近までシャルと一緒にお仕事だったから、会うのは初めてだね」

「団員の方ですか」

「うん。情報収集とかを担当してるの。闇魔法が得意だよ」

「ほー。それはすごい」


 そんな会話をしている最中も、シルクとシャルノアは罵詈雑言を吐きながら殺し合いをしている。

 森が消えそうな気がするが、ウィルには止められる気がしなかった。


「……あの。戦い止めなくて良いの?」

「あー。別に良いよ。本気で殺し合ってるわけでもにゃいしさ」

「そうなの?」

「本気ならシルクは『同化召喚』するし、シャルだって武器抜くしさ。じゃれあいだよ。ただの」


 ただのじゃれあいで森が消えそうな件。

 今もフェンリルのブレスで森の一画が消滅した。地面の土がグネグネとうねって地鳴りを起こしている。フェニックスは上空から攻撃し続け、ベヒモスはいつのまにか消えていた。

 ただぼーっと観戦していると、ふとウィルはイムがいない事を思い出す。


「あれ。イムがいない。コブロ、知らない?」

「ギギ。知ラナイ」


 キョロキョロと見渡すがいない。まさか二人の戦いに巻き込まれたのだろうか。ぞっとして、心臓が脈打つ。


 ――ぷるるる。


 しかし、草むらをかき分けてイムは出てきた。


「イム。どこいってたの。心配した」


 もう離さないとイムを抱きしめる。イムはただぷるぷると震えていた。

 眷属を危険にさらさないために戦闘中の二人からは少し離れて、ウィルは事が終わるまで大人しく震えていた。



 ◇



「ウィル。本当に大丈夫?」

「問題なし」


 あの後、戦闘が終わったのは開始から一時間が経過してからだった。結局引き分けで終わり、今はフェンリルの背に乗って帰還中だ。

 しかし背に乗っているのはウィルとシルクとニャルコのみ。シャルノアは横を並走している。乗せてくれなかったのだ。


「ほーんと。ウィルとシルク。いつのまに仲良くにゃったの? シルクなんて無表情以外の表情を知らにゃかったのに」

「弟子だから。弟子は、大切」

「ししょー。……ありがとう」


 シルクは背後からウィルを抱きしめる。同じ召喚士としてか、何か気が合う二人はいつのまにか仲良しになっていた。


「あそうだししょー。イムとコブロの様子が変なんだけど」

「変?」

「ほら」


 胸に抱いていたイムを見せる。小さくなってぷるぷる震えているだけで、突いても何も反応を見せない。それはコブロも一緒だ。受けごたえに覇気がなく、まるで眠っているかの様。


「多分、進化の前触れ」

「進化?」

「今日の戦いで成長したんだと思う。進化する前はそんな感じになる」

「そっか。大丈夫なんだね?」

「うん。明日には進化して、強くなる」


 何か病気かと思っていたので、ほっとする。進化ならば多分問題はないだろう。イムもコブロも成長している。その事が、なにより嬉しかった。


「お、やっと見えてきたよ王都。早く帰ろー」

「うん。リル。飛び越えて」


 王都の門は無視して、壁を駆け上って中に入るというダイナミック入都。激獣傭兵団のメンバーにとって、王都を取り囲む立派な壁などあってないような物なのだろう。

 シャルノアもジャンプで飛び越えてたし。


 フェンリルは街中でたった三度の着地のみで、屋敷まで到着した。


「ただいまっ。ひさしぶりの我が家だにゃー」

「そうっすねー」


 ニャルコが真っ先にリルから飛び降りて、伸びをする。並走していたシャルノアも一緒に伸びをした。


「おお帰ったか。ウィル、無事か?」

「うん。大丈夫」


 屋敷に帰れば、ベゴニアが迎えてくれた。


「ウァードックが昼飯作ってる、少し休めば良い」

「そうなの。じゃあ手伝いに行かないと」


 シャルノアに振り回されて疲れただろうと思ったが、ウィルは元気にキッチンの方まで走っていった。


「はあ。仕事の虫だな」

「それがウィル」


 ベゴニア達が止めなければずっと仕事をしているであろう。ウィルはあいかわらずそんな奴だった。




 午後も、いつも通りウィルは家事仕事。シャルノアが絡んでくる事もあったが、適当にあしらった。何となくシャルノアの扱い、というものを理解する。

 そして忙しそうに机に向かう副団長にお茶を酌んだり、団長の将棋の相手。ベゴニアと剣の訓練。シルクの召喚魔法の授業。ウァードックの料理教室。シャルノアの体術に、ニャルコからは諜報の技術を学んだりと、忙しい一日であった。


「はあ……一日。終わり」


 夜九時。夕食の後片付けが終わり、風呂に入り、歯を磨いてウィルは就寝の時間だった。

 一か月前は深夜の一時まで働いていたので、夜九時に寝られるというのは大きな進歩だ。


「イム、コブロ。大丈夫?」


 ベッドに腰掛けながら、イムとコブロに話しかける。


「ギギ」


 二人とも、反応が乏しい。

 イムは部屋に置いてある机の上で、ぷるぷると震えている。帰って来てからずっと動く事はなかった。

 コブロは、槍を抱きかかえて体育座りをし、目を閉じている。

 二体とも不動だった。


「うーん」


 シルクに再三確認をとってただの進化だと結論づいたが、やはり心配だ。

 イムとコブロの頭をなでると、ちゃんと進化できますように。そう願いながら蝋燭を吹き消した。


 そしてベッドに入り、目を閉じる。明日の朝には元気な二体を見られるよう想像しながら。


 ――……。


 ――…………!


 ――っじん。


「ごしゅじんっ!」


 真夜中も真夜中。ウィルは、揺り動かされる感覚で目を覚ました。


「……ん?」

「起きたのだ」


 そう言うのは一人の少女。長い白髪に赤い瞳をした可愛らしい少女は、ウィルにまたがってにへらと笑っていた。


「どなたですか?」


 しかしウィルはこんな少女しらない。見た事もない。不法侵入であろうか。しかしそんなもの団長かシャルノアが真っ先に潰しそうなものだが。


「へへ。イムなのだ」


 しかしその言葉は、ウィルの予想しない言葉だった。

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