第8話 スーパールーキー 中編

サッカーチームの入団テストに合格し、初練習の日がやって来た。


俺は緊張して、朝早く目が覚めた。


集合時間まで時間があったが、家に居てもすることがないので早めに家を出ることにした。



グランドに到着すると、すでに先客がいた。


入団テストで見たような顔の人がいるので、彼らも合格したみたいだ。


練習時間にはまだ少し早いため、散らばって雑談をしている。



「あっ!」


俺は知り合いを見つけ、思わず声が出てしまった。


声を掛けようか迷っていると、こちらに気付いて向こうから声を掛けてきた。



「来たか、チョー・シンセイ(超新星)。」


「久しぶりだな、タイゾウ。」


俺とタイゾウは入団テストで対決し、互いの実力を認め合った仲だ。



「やはり、お前も合格したのか。」


「当たり前だろ。俺が合格しなかったら、誰が合格するんだ。」


「それもそうだな。ワッハッハー。」


俺とタイゾウが談笑していると、ジャージ姿の2人組がグランドへ入ってきた。


2人とも入団テストで会った記憶がないので、年上の先輩だと思う。



「おはようございます!」


最初が肝心だ。


俺は、大きな声であいさつをした。



「おっ、新人か。」


「元気がいいな。頑張れよ。」


「はい、ありがとうございます!」


思った通り、先輩だった。


ファーストコンタクトに成功し、激励をもらうことが出来た。


俺は、小さくガッツポーズした。



隣が、やけに静かだ。


横を見ると、タイゾウがポケットに手を入れたままボッーとして突っ立ていた。



「バカ。何してんだ、お前。頭を下げて先輩に挨拶しろよ。」


俺はタイゾウの頭をつかむと、強引に頭を下げさせた。


「すいません。こいつは常識がないバカですが、良い奴なんで許してやってください。」


俺は、タイゾウをかばった。



こんなバカでも、これから一緒にやって行くチームメイトだ。


入団テストで敵味方に分かれて戦って、タイゾウの実力はよく知っている。


人間関係が原因でチームに居づらくなるのは、かわいそうだ。



「後から、俺がきつ~く言い聞かせておきます。今回は勘弁して下さい。」


俺は、タイゾウと一緒になって頭を下げて謝った。


タイゾウが地味に抵抗してきたが、頭を上げるのはまだ早い。


俺は手に力を入れて、タイゾウの頭を必死に押さえつけた。



「「あっ!」」


先輩2人は、何かに気付いて声を上げた。


タイゾウの反抗的な態度がバレたかと思って一瞬、俺は焦った。



「タイゾウさん、チッース。」


「タイゾウ先輩、おはようございます。」


「?」


タイゾウさん?


タイゾウ先輩?


どういうことだ?


悪い予感がして、タイゾウの顔をチラリと見た。



「言ってなかったけど、オレはお前の2個上の先輩だ。」


タイゾウがほっぺたをポリポリかきながら、すまなそうに言ってきた。


聞いてないよ!



「先輩!しかも、2個上。」


若い時の2才差は、大きい。


高校生だったら高1と高3で、最低学年と最高学年ぐらい年齢が離れている。


サッカーに限らず体育会系のスポーツでは、上下関係が厳しいことで有名だ。


俺は油が切れた機械人形のようにゆっくりと顔を上げて、もう一度タイゾウの顔を見た。



「だますつもりはなかったけど、言い出すタイミングなくて本当のことが言えなかった。ビックリしたか?」


ビックリしたよ。


でも、初めてタイゾウ先輩を見た時に年上だと感じた俺の勘は正しかった。



「どおりで、顔が・・・。」


「顔が何?」


タイゾウ先輩は、顔を引きつらせていた。


穏やかな感じで話そうとしているが、顔が笑っていない。


何か、顔にコンプレックスでもあるのだろうか。



「いえ、どおりで貫禄があるなと思いました。」


「貫禄、あるかな?」


「はい、オーラが違ってました。」


「オーラが違ったか。そうか、照れるな。やはり分かる奴には分かってしまうみたいだな。ガッハッハー。」


ガッハッハーと笑う奴を初めて見た。


タイゾウ先輩は色々と濃いキャラだが、単純で扱いやすくて良い人だなと思った。




「どうして、タイゾウ先輩は入団テストを受けていたのですか?」


「まあ、それは、なんだ。」


タイゾウ先輩が言いにくそうに、言葉を濁している。


「ひょっとして、戦力外通告されてトライアウトを受けに来ていたのですか。」


『留年して年は2個上だけど実は同学年ですか!』と言おうとしたが、思っただけで言わなかった。



「なわけあるか!オレは不動のレギュラーだ。オレが試合に出たのは、お前のせいだよ。」


「俺のせい?」


俺は、何も悪いことはしていない。


人のせいにするのは、やめてほしい。



「お前が前半だけで4得点するから、急にオレが呼ばれて出場することになったんだ。」


「そうだったんですね。」


話を聞くと、タイゾウ先輩はレギュラーだと言うことが判明した。


入団テストでレギュラーメンバーを使うなんて反則だが、仕方ない。


俺が、凄すぎるのが悪い。


レギュラーを相手に後半も得点を量産し、入団テストで1試合7得点と言う大記録を作った俺は本当に凄いと思う。



「あらためて、よろしく頼む。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


「堅いぞ。先までの威勢はどうした。」


「俺が悪かったので、もう許して下さいよ。」


「他の奴らは別だが、オレに対してはもう少しフレンドリーで構わないぞ。」


せっかくタイゾウ先輩から距離を詰めてきてくれているので、ダメもとで1つお願いしてみた。



「そうですか。それなら、タイゾウって呼んでも良いですか?」


「フレンドリーすぎるだろ。」


呼び捨ては、却下された。


残念だが、呼び捨ては心の中だけにしておこう。



タイゾウという強力な後ろ盾が出来たので、新しいサッカーチームでもやっていけそうだ。


困ったことが起きたら、タイゾウにガンガン頼って生きていこう。


幸先が良いスタートを切ることが出来たことに、俺は満足していた。



この後、タイゾウに美人の彼女がいることを知り尊敬するようになった。





しばらくして全員が集まると、軽い自己紹介をして初めての練習が始まった。


入団テストで7得点した俺は、レギュラーメンバーと一緒に練習する特別待遇だ。



初めての練習なので何をしていいか分からないので、体験しながら見て覚える必要がある。


似たような練習をしたことがあるが、チームの特色があるので練習内容が微妙に違った。


先輩たちを手本にして真似をするが、上手にできない。


『期待の超新星』と呼ばれる俺でも、慣れない練習に着いて行くだけで精いっぱいだ。



「練習初日は、こんなもんだ。徐々に慣れて行けばいい。」


タイゾウが、すかさずフォローを入れてくれた。


俺も同意見だ。


体の大きさや筋力が違うので、年上相手の体力勝負は分が悪い。


何回も同じ練習して体で覚えている先輩に、後れを取るのは仕方がない。




基礎練習が終わり、オフェンスとディフェンスに別れた実戦的な練習になった。


俺は、オフェンス組に加わった。



俺は何度もシュートを打ったが、ディフェンスにブロックされた。


まともにゴールの枠へシュートが打てていないのは、俺だけだった。


マークに付いた選手との相性が悪かっただけでは説明できない。



俺は、入団テストで7得点した『期待の超新星』だ。


ここまで何もできないのは、明らかにおかしい。


練習なので、ディフェンスは本気でチャージしない。


練習で試合みたいに味方に激しくチャージをすれば、ケガ人だらけで練習に支障をきたすことになるだろう。


ある程度自由にプレーをさせてもらっているので、どちらかと言うとオフェンスの方が有利かもしれない。



最初は緊張しているのかなと思った。


俺の調子は悪くない。


入団テストの時とは、何かが違った。



「どうした、調子が悪いのか?」


タイゾウが、心配そうに聞いてきた。


先程、タイゾウと対戦し手も足も出なかった。


俺が下手になったのかと錯覚するぐらいの力の差があるように感じられた。



こんなはずではない。


俺は、入団テストで7得点した『期待の超新星』だ。


今日のために体調管理してきたので、体は軽い。



タイゾウが、数日でサッカーが上手くなったとは考えにくい。


入団テストでは、もっと上手くやれたはずだ。


あの時、タイゾウはまだ本気ではなかったのだろうか。



「ナイスシュート。」


ゴールネットを揺らすことは出来なかったが、久しぶりに良いシュートが打てた。


この感じだよ。


この調子で、どんどんシュートを打って行こう。



体が温まり調子が出てきたと思ったら、またしてもシュートコースが見えなくなった。


何が違う?



「やっと1本か。」


俺のシュートが、ゴールネットを揺らした。


入団テストの感覚が、少しずつ蘇ってきた。



「よしっ!」


また、シュートを決めることが出来た。


入団テストと全く同じ感じで、シュートが打てた。



入団テストと同じ?


ここで、俺は違いに気付いてしまった。


今、俺にパスを出したのは高梨ケントだ。




高梨ケントは、入団テストで俺と同じチームでプレーし2得点していた。


俺の7得点には及ばないが、俺の次に良い成績だ。


ケントの凄い所は、得点力だけではなかった。


ケントは中盤でゲームメイクをして、ラストパスを何本も出していた。



入団テストでは、俺とケントのコンビの前に敵はいなかった。


俺の全得点は、全てケントのアシストから生まれていた。


ケントがアシストに徹してくれたおかげで、俺は7得点できたとも言える。


ケントの成績は2得点7アシスト、全得点に絡む大活躍だった。



サッカーの試合では、得点に比べるとアシストの注目度は落ちる。


得点王争いは最後まで大きく注目され、1位になれば表彰され賞金や記念品がもらえる。


決定力のある点取り屋は、どのチームも喉から手が出るぐらい欲しい。


大きな大会で得点王になれば、海外の強豪チームから好条件のオファーが来たりする。



サッカーではゴールした瞬間が一番盛り上がるので、ゴールの印象は強く残る。


いつ点が入るか分からないので、常にアシストに注目して試合を見ている人はあまりいない。


試合が終わった後に点を取った選手を覚えていても、有名選手でない限り誰がパスを出してアシストしたかなんて詳細に覚えている人は少ない。



1試合7得点は、今も破られていない偉大な記録だ。


サッカーは大量点が取れる競技ではないので、0-0や1-0の試合は珍しくない。


ケントの1試合7アシストはすごい記録だったが、俺の1試合7得点の前には霞んでしまった。



入団テストでは、ケントからのパスをゴール前で受け取ってシュートを打つだけの簡単な仕事だった。


練習では、常にケントと組むことは出来ない。


俺がマークを外してフリーになっても、パスが来ない。


パスが来たとしても、パスの精度やタイミングが悪い。


先輩たちの中には、ケントより上手な選手はいなかった。



入団テストでは記録を取っていたので、ケントの実力に気付いて球団新記録の7得点した俺よりケントを高く評価した人はいた。


俺もケントの実力に気付いていたが、気付かないフリをしていたのかもしれない。


俺は自分のことを100年に1度の天才だと思っていたが、本物の天才は別にいた。



俺の輝かしいはずのサッカー人生に、早くも暗雲が立ち込め始めた。

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