旦那たちの愛を見届けろ/10
ソファーの上に蓮と貴増参がぴったりとくっついて座っている。その上のちょうど真ん中に、月命が二人の膝に乗っているという、夫夫三人の談話室。
しかも、女装夫が足を組み替えるたびに、ピンヒールが暖炉の炎の中で揺れ動き、チャイナドレスミニの中で、レースのパンツが見え隠れする。
「おや? 君がしびれを切らしましたか〜」
月命の凜とした澄んだ女性的な声がおどけた感じで響いた。敗北みたいな言い方をされ、蓮の天使のように綺麗な顔は怒りで一気に歪む。
「くそっ! 俺に罠を仕掛けるとは、お前どういうつもりだ!」
さらに、俺さま夫を怒らせるような言葉が、貴増参の羽布団みたいな柔らかさの声で、月命の向こうから聞こえてきた。
「僕もちょっとした軽い罠だったんです」
怒っては負けだ。蓮はゴスパンクの両腕を組んで、鼻でバカにしたように笑った。
「お前らの頭は迷路よりねじ曲がっているんだな」
「蓮は例えるのが上手です」
ビクともしない、二千年以上生きているメルヘン王子夫――貴増参。そこへさらにおかしな発言がやってくる。
炎という原始的なオレンジの光を浴びながら、ヴァイオレットの瞳がうるむ。女装夫は俺さま夫をじっと見つめ、凜とした澄んだ儚げで丸みがある声で誘惑した。
「――僕を抱いてくださいませんか?」
一気に夜色になってしまった。チャイナドレスミニで、レースのパンツで、ティアラを頭に乗せている、負けるの大好きな女性的な夫。
蓮の鋭利なスミレ色の瞳は、今にも切り刻みそうににらみつけた。
「お前なぜ、その話になる?」
隠れんぼをしているわけで。好きと言うわけで。キスをするわけで。ただそれだけだ。それなのに、今夜の話にいきなり飛んでいるという、男三人の薄闇が広がる部屋。
蓮とは対照的に、天然ボケの貴増参は全然へっちゃらだった。にっこり微笑んで、二人のやり取りをしっかりと解説した。
「月は順番をふたつ抜かしちゃいました」
月命の女物のブレスレットをした手は、蓮の中世ヨーロッパの騎士風コートのスリットから中へ入り込む。結婚指輪をした薬指で、夫の太ももをそうっとなぞってゆく。
「なぜ、蓮は僕にプロポーズをしたのに、愛していると言っていないんでしょうか〜?」
複数婚だからこそ、他の人の心を優先させて、配偶者として結婚に同意した。そういうわけではなく、好きになって、プロポーズをしたのに、愛は語っていないという。不思議現象が起きている、蓮と月命。
二人の息子を見守るパパみたいな、貴増参の柔らかな声がまとめ上げた。
「蓮も順番を抜かしちゃいました」
針のような輝きを持つ銀の髪は一本も揺れ動くことなく、鋭利なスミレ色の瞳は、紫の月が大きな円を向こう側で描く、レースのカーテンを凝視したまま、まるで静止画のようにまったく動かなくなった。
「…………………………………………」
月命は人差し指をこめかみに突き立て、
十六時五十八分二十三秒。あと、二十四分五十二秒――。
時刻を隙なく確認して、貴増参へと顔を向け表情を歪めた。
「おや〜? 困りましたね〜。翻訳をしてくださる方がいません。蓮は何を考えているんでしょうか?」
いつも解説してくれる颯茄と焉貴。だが、彼らは今ここにいない。
ということで、貴増参は役職名を出し、速やかに、いや昔よく自分に向かって捧げられた呪文みたいなものを口にした。
「それでは、火炎不動明王さまの
少しの沈黙が広がり、パチパチと薪が爆ぜ、貴増参はあごに手を当て、「ふむ」と神妙にうなずいて話し出した。
「神のお告げを聞いちゃいました。あまりにも僕たちを愛しすぎちゃって、恋わずらいのお姫さまのように、恥ずかしがって言えない――」
これ以上この二人に話をさせていたら、何を言い出すわかったものではない。そうなる前に止めてやろうと、蓮は「んんっ!」と不機嫌に咳払いをして、ファンを魅了させて止まない、奥行きがある少し低めの声で言った。
「愛している――」
言葉足らずの俺さま。当然、月命と貴増参は二人同時に振り向き、声をそろえて聞き返した。
「えぇ、どちらをですか?」
落ち着き払った二人。感性で動いているばかりに、恥ずかしいことをしてしまったと思う蓮。だがしかし、ここでそんなそぶりなど見せたら、負けと同意義だ。
地底深くで密かに活動していたマグマが、山の頂上から空高くへと勢いよく出たように、火山噴火が起こった。
「お前ら両方だ! 俺が先に言ってやった、ありがたく思え!」
イニシアチブを握った。と思ったのもつかの間、月命が怖いくらいの含み笑いをして、
「うふふふっ。僕たちの罠にはまりましたね〜?」
魂の儀式として行う結婚式。その意味をマジボケしている蓮に、貴増参がしっかりと説明した。
「夫ですから、君のことはわかってます。魂を交換しちゃいましたからね。さっきのは、ノーリアクション、返事なし、すなわち、答えが見つからない、です」
この世界の結婚は、相手の血や遺伝子が自分に入り込むようなものだ。他人が夫婦をしているのではなく、同性同士でも深く結ばれているのである。
九年しか生きていない蓮は、見事なまでに長い間生きている夫二人にやれれてしまった。悔しそうに吐き捨てる。
「くそっ!」
式を挙げた時。この人気絶頂中の夫はワールドツアーの真っ最中で、式の一時間しか時間が取れず、三ヶ月以上も家に帰ってこなかった。新婚生活などなかったのだ。
子供みたいにそっぽを向いてしまった蓮の、アーマーリングをした手を、月命は優しく両手で包み込み、凛とした儚げな女性的な声で清楚に告げた。
「蓮、愛していますよ――」
「僕も愛してます――」
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