旦那たちの愛を見届けろ/8

 紫のスカートの中にある妻のパンツ。見たいからではなく、単なる事故で彰彦は見てしまった。彼はカウボーイハットを被り直しながら起き上がった、明引呼もまた、スカートの中のパンツがもう一枚だった。


「てめえの頭はどうなってやがる? 笑い取ってるってか?」

「ん?」


 不思議そうな顔で、少しかがみ込んだ颯茄の前で、兄貴の声がしゃがれる。 


「人の気配ぐらい読めねえんじゃ、武術やれねえだろ。忍び寄ってきた敵にやられっちまうだろ」

「あぁー、そうかー」


 颯茄のうなずきはやけにぎこちないもので、明引呼を間にして、向こう側にいた夕霧命が日本刀で藁人形でも切るように、バッサリと切り捨てた。


「お前はよくわからん」

「合気、知ってんじゃねえのか?」


 また笑いを取りに行った妻に、明引呼からツッコミがきた。


 相手の気の流れを操ってかけるのが合気。気配が読めることが大前提。実現はできないが、妻はきちんと知っている、合気のかけ方を。気配を消す方法のひとつも、颯茄は知っている。ただ、追求心はなく、普通の生活でやらないだけで。


 妻のどこかずれている瞳は邪悪な色を持ち、ニコニコの笑みに変わり、語尾をゆるゆる〜と伸ばした。


「うふふふっ。おや〜? バレてしまいましたか〜」


 明引呼から鋭くカウンターパンチが放たれる。


「ふっ、月の罠に全員はめられてっかも知れねぇぜ」


 颯茄はびっくりして飛び上がり、


「えぇっ!?!?」


 夕霧命は珍しく息を詰まらせた。


「っ……」


 プロポーズされた男。惚れた男だ。ニコニコしながら、平然と人を地獄へと突き落とす野郎。そこも含めて愛しているから、結婚したのである。


 明引呼はポケットからシガーケースを取り出して、ミニシガリロに火をつけ、苦味と辛味の青白い煙を吸い込む。 


「あれが何の考えもなしにこんなことしねえだろ。てめえらまだまだデジタルじゃねえな」


 驚いている隙に妻を瞬間移動で膝の上に連れてきて、煙を閉じ込めたままの唇を颯茄のそれに押し当て、そのまま葉巻の香りを吐き出した。


 不意打ちである。フィルターなしの煙。肺に入れる代物ではない。


「ゲホッ、ゴホッ、ゲホッ……!」


 愛用している妻でも吸い込まされたら、さすがに咳き込むのだった。


「くくく……」


 傍観者と化している夕霧命は、珍しく噛みしめるように笑う。


 待っていろ、武術夫。今、倒してやるぜ――。妻は明引呼の指先からミニシガリロを奪い、煙を十分吸い込んで、もう一人の夫の唇へさっと近づいた。


 颯茄の左手は夕霧命の右手を上から押さえるようにつかもうとした。上から押さえられたならば、人は自然とそれを防ぐために押し返そうとする。


 心理戦が要求される合気。妻がつかんだと思った瞬間、夕霧命のしなやかな腕は左横へすっとずれて、つかむはずの対象物がなくなった颯茄は息を詰まらせ、


「っ!」


 バランスを崩してそのまま前に倒れ始めた、口から青白い煙を吐きながら。


 後ろから見ていた明引呼の腕が、颯茄のあごに引っかかるように回され、妻の背が反るように、後ろへ引っ張り上げた。


 夕霧命と明引呼の間で、三日月みたいな曲線を描く格好で、動きを封じられた妻は苦しそうな顔で叫んだ。


「武術とプロレスの技で、妻を倒すのはやめてください〜!」 


 無感情、無動のはしばみ色の瞳がそっと近づき、大声を上げている颯茄の唇を、自分のそれで封印した。


「ん……」


 これぞ、夫夫の合わせ技。日が完全に落ちた自宅の庭は静けさを取り戻した、夫婦三人を微笑ましげに見守りながら。

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