旦那たちの愛を見届けろ/2
空の生き写しのような大きな
屋外のプールサイドは今は季節外れで、人もそうそうこない。劣化が起きないこの世界。プールの水はどこまでも水色がかった透明さが広がる。
ポツリポツリと蛍火のような明かりが淡く照らし出す、デッキチェアと畳まれたパラソルのそばに、すうっと大人二人分の人影が立った。
一人は最低限の筋肉しかついていないすらっとした体格。もう一人はガタイがいいとは言えないが、二十九センチの背の差を持つ、肩幅もそれなりにある大きな人。
白のスニーカーはバラバラに置いてあるデッキチェアに近づいてゆく。白のモード系ファッションは、漆黒の長い髪を背中で揺らす。
もうひとつは裸足。ワインレッドのスーツと白いファア。ボブ髪を両手で大きくかき上げ、何を話すわけでもなく、戸惑うわけでもなく、慣れた感じで二人で同じことをする。
手を使わず、デッキチェアをベッドがわりにするように、四つ横並びに瞬間移動で置いた。暮れゆく首都の街並み。小さな明かりひとつひとつが光の海を作る。
聡明な瑠璃紺色の瞳と宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳。一緒に仲良くデッキチェアの上に並んで座り、自然と伸ばしたお互いの手に温もりが強く広がっていた。
孔明は両膝を抱えて、可愛く小首をかしげる。
「あれ〜? 焉貴、ボクに好きって言ってなかったかなあ〜?」
「いつ?」
焉貴のアンドロイドみたいな無機質な声が、夕闇に短く舞った。
デジタルな頭脳の持ち主だけが参加できる会話が始まる。孔明は春風みたいに柔らかに微笑んだ。
「ふふっ。五年前の十一月二十四日、月曜日。その日、キミとボクが話してからの、三十七番目の会話〜?」
策士の頭の中はこうなっている。目の前にいる男は自分と同じ思考回路。しかも親友だった。だが、今は夫。警戒心はいらない。
いや、こうやって、自分の頭の中にあるものを素直に伝えることができる。幸せなことだ。
だがしかし、焉貴先生は厳しかった。
「嘘」
血も涙もなく、悪戯坊主の大先生に、伝説の剣で脳天をかち割るように、ツッコミを入れた。抜けているのだ。わざと抜かしているのだ。
自分へ振り向くこともなく、彫刻像のような整った横顔を見せている夫の隣で、孔明は漆黒の髪を指先でつうっと引っ張った。ずいぶん間延びした言い方をする。
「あれ〜? 違ったかなあ〜?」
「時刻、どうしちゃったの?」
日付くらいでは合格点はやらない。その手にいつも握っている、銅色の懐中時計と自分の胸に下げられたペンダントヘッドの時計が、同じ目的で身につけているからこそ、愛したのだ。
どこにも書いていない。特に覚えておこうとしていたわけでもない。それなのに、孔明の口から簡単に出てくるのだ。
「ふふっ。十三時十一分十二秒だったかなあ〜?」
「正解です!」
焉貴の右手はハイテンションにさっと掲げられた。自分も計っていたから、わかるのだ。
日時は記憶のインデックス。そうでなければ、全てを覚えている彼らは、可能性を導き出す時、必要なところを瞬時に取り出せなくなってしまう。光命も月命も理由は同じ。
言っていない人とペアを組めと言ったのに、この二人で愛の逃避行――いや違う。他が組んでしまって、自分たちが残ってしまったのだ。
白ファアをつかんだまま、孔明の腕をトントンと焉貴が叩いた。
「お前も言ったでしょ?」
「言ったかなぁ〜?」
孔明はモフモフを感じながら、愛する夫――焉貴の手を捕まえた。見聞きしたことは全て覚えている策士の頭の中身が、まだら模様の声でプールサイドに降り積もる。
「その日の会話で、お前が爪を見たのが七回目のあと」
「そう」
数字という、曖昧さが回避された規律。数学教師と大先生は同じ心地よさの中で、心も体も寄り添う。
焉貴のワインレッドのスーツは、孔明の白のワイドパンツの上に横向きに倒れ込み、山吹色のボブ髪を膝の上に預けた。
つかまれていない反対の、結婚指輪をしている手で、漆黒の髪近くにあるチェーンピアスを焉貴は弄ぶ。
「いいね。お前と話してると」
直接触られていないのに、耳が引っ張られる感覚がする。音もする。それが、風で揺れる水面の響きと交じり合うのを、もっと鋭く感じたくて、孔明の聡明な瑠璃紺色の瞳はそっと閉じられた。
「ボクも」
膝枕をして、膝枕をされて。誰もこない。二人きりの世界。しばらく何も言わず、風と水音ばかりになった。
飛行機の音が聞こえてくる方向で、孔明の聡明な瑠璃紺色の瞳はそっと起こされた。
十六時十五分三十七秒。あと一時間七分四十八秒――。
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