オーラ練習
008話ヨシ! 10ヶ月後(1)、さらば我が友
俺が日課のトレーニングにいそしんでいると、ひややかな視線が背中につきささる。
「アットが、また変なコトやってる……」
庭の柵の向こうから覗いていたのは、お隣さんの少年・マッシュ君。
「そんな変なコトばっかりしても、ムダだぞ。
パパも言ってもんっ
ゼンゼン強くとか、なれないんだからなー」
俺があまりに相手にしないから、お隣で同い年の男子は、そんな捨て台詞を吐いて去って行く。
いたいけな友と過ごした平穏な日々。
今は、まるで遠い日の幻のよう。
── 道ばたのウ●チで爆笑
── 拾い食いのあとの腹痛
──
── ふたりで親ヤギに追いかけられた事
セピア色の、美しき思い出達。
幼なじみの彼は、俺の知らないところで、相変わらずな日々を過ごしていくのだろう。
野良ネコにちょっかい出したり、馬の尻尾を引っ張ったり、道に落ちた
そんな何気ない毎日を守るために、俺は戦わねばならんのだ!(予定)
(すまんな、我が幼なじみ♂よ……。
俺の事は、もう死んだと思って、忘れてくれ)
俺は、歯を食いしばって、ひたすら格闘の型を繰り返す。
そして、心の中でのみ、涙を流す。
(── 我これ鬼なり。
最強・無双・ハーレム・ファンタジーという、
東に動乱の国あれば、王女を救い
西にエルフの森あれば、姫と共闘し
南に獣人の里あれば、ネコ耳娘になつかれ
北に奴隷の貿易あれば、薄幸姉妹を保護し
ツンデレ少女が何か小言でつぶやくたびに
『え 何だって?』と聞き返しては『変なヤツだな』と素敵に笑う
『
── そう、心に誓ったのだ。
(── 我が友マッシュよ、お前だけは。
せめて、お前だけは……っ
犬のウンコだけで1日笑えるような、平和な世界を生きてくれっ)
感傷に浸りながら、俺はカラテっぽい型の訓練を切り上げた。
一通り汗を拭くと、次に『うんてい』に向かった。
▲ ▽ ▲ ▽
(……というか、男の幼なじみなんて、正直ないわぁ~)
そんな不都合な現実なんて、誰も求めてねえよ。
── 『家はお隣さん』ときて。
── さらに『同い年の幼なじみ』とか。
もう、これ、生まれた瞬間から勝ち組コースじゃないですか?
いうなれば、約束された勝利の剣ですよ!
ほぼイーエックス版のカリバーン剣ですよ!
訴えられるの怖いから
何故!
それを!
なぜここまで好条件を揃えておきながら、最後の最後で裏切るんですか!?
どういう事ですか、
お前な、こういうのはな、アレなんだよ!
もう、『おとなになったら、けっこんしよう!』
とかそういう、使い古されまくった、ベッタベタな感じでいいんだよ!
俺って、十分おいしくいただけるんですよ、そういうので!
それなのに、この有様だよ。
男同士の幼なじみとか誰得。
なんなの、うちの
いちいち、奇をてらうなって!
そういう古臭いの、レーワじゃ流行らないって解んないかなぁ?(苦笑)
(── そういう訳で。
来世の幼なじみは、かわいい女子で頼むっ
そしたら、
▲ ▽ ▲ ▽
さて。
天に唾するような不平不満は、いったん脇に置いておいて。
俺は両手にオーラを集中すると、『うんてい』を親指のみでぶら下がって1往復。
人差し指、中指、薬指、小指と、それぞれ1往復。
合計5往復を終える。
「……うん、いいね。
結構オーラがもつようになった」
オーラ集中ランニングをやった後、さらに5分は
通算すると30分強くらいだろうか。
「それでも、全力で集中すると6~7分くらいでオーラ切れになるからな……」
この半年の、厳しい訓練の結果!
な、なんと!
オーラの維持時間(全集中!)が、3分 → 7分に!?
そんなのインスタンラーメンの
俺ってマジ最強!
いえ~い、前世のブラック職場のみんな、みてるー?
この調子で『あと100万年くらい』修行続けると、アット君が天下一を決める武闘大会とかで優勝しちゃうんじゃね?
「── いや、流石に100万年は……
……やめよう、考えると虚しくなる」
最近、不意におそってくる、全てを投げ出したくなる衝動をこらえる。
先行きが不透明すぎる。
将来に不安を覚える。
── あ゛あ゛あ゛!
つまみの
今すぐBS野球中継でも見ながらグダグダ呑んでストレス発散したいぃい!!
(── はっ、いかんいかん。
どうも、前世の『オッサン成分』が抜けきらないな……
俺は今、ピチピチの5歳児なんだ!
健康診断のたびに『そろそろ糖尿病に気をつけて下さい』とか『食事と生活習慣の改善を』とか言われた中年労働者ではないんだ!)
それにアルコール依存はいかん。
大変不健康だ。
なので、健全にいこう、健全に!
人生ご安全に!
まずは、ザゼンとか組んでみて、心を落ち着ける。
ザゼンという字は、
── 確か、そうだったはず。
大分うろ覚えだが、間違いない。
足の組み方もうろ覚えだ。
でも多分、間違いない、はず。
かのように、メキメキと心が落ち着き、乱れた心がシャットダウン。
すぐさま平常心に至れるのだがら。
きっと、このやり方であってるはず。
(ああ、落ち着く、落ち着く……おちつ……く、くぅ──
── ぐぅ……Zzzz……)
▲ ▽ ▲ ▽
目が覚めると、月明かりが綺麗だった。
うわ、夜になってるじゃん。
俺は、夕食を求めて、慌てて家に駆け込む。
「あれ、アット起きたの?
もしかして、夕飯食べるの?」
などという、姉の冷たい一言。
育ち盛りの時期に一食抜けだなんて、鬼だ、悪魔だ。
この最終鬼畜兵器・姉!
ってか、誰か起こしてよ。
「だって、アット、呼んでも全然起きないし」
心頭滅却だよ、姉さん。
これがThe禅の効果さ(ドヤぁ)。
そんな話をしていると、母が温め直した夕食を持ってきてくれる。
空腹の俺が勢いよくかぶりつくと、呆れた顔で眺める母が訊いてきた。
「坊や、なんで、あんな石の上で座ってたの?」
── 石の上にも3年って事さ、マイマザー。
と軽く説明するが、意味不明という顔をされる。
どうやら、この世界には、似たようなニュアンスのことわざはないらしい。
そんな話をしつつ、ママンお手製豆料理をたらふく腹に流し込む。
(ゲフッ、ごっつぁんです……
相変わらず、豆がマズくて、健康に良さそうな味だぜ)
変な時間に寝たせいで、おめめがぱっちりだ。
腹の膨れた俺は、おねむ前のカロリー消費のため、軽く夜の散歩をする事にする。
もちろん、俺はまだ5歳児。
子供どころか、幼児である。
そんな幼児が夜間外出なんて、見つかったらママに怒られる。
なので、そっと忍び足で出る事にする。
「いえっす! 脱出成功っ」
という訳で、出た。
夜の街ってのは、なんかちょっとウキウキする。
いつものランニングコースを走っているだけなのに、思わず笑いがこみ上げてくる。
(うひょひょ~~、たのすぃ~!)
あ、いかんいかん。
高笑いしながら走ってる場合じゃなかった。
せっかくだから、トレーニングしないと。
寝て食って回復したせいで、体力もオーラもありあまっているし。
んー。
どうしようかな。
せっかくなら、夜しかできないトレーニングがしたいんだけど。
立ち止まり、夜空を見上げていると、ぼんやりした脳裏で連想が始まる。
夜空。
天体観測。
月の観察。
望遠鏡。
「……もしかして、オーラで視力とか強化できるのかな?」
目の周りにオーラを集中してみる。
多少、星の光が明るくなった気がする。
(あ、これ、いける……?)
目をこらす要領でオーラを寄せて、目の周りから眼球の方へと集中する。
それに合わせて、グイーンとズームするように、月が拡大する。
望遠カメラを動かすような、視界の変化だ。
「おおぉ……前世とは月の模様がちがう……
……ウサギさんマークじゃない……ここやっぱり地球じゃないのか」
異世界に来れたと確認できて、嬉しいような。
地球に戻れないと確認できて、寂しいような。
色々な感情が、胸をつく。
「…………」
ま、いいや。
グダグダ言っても始まらない。
そんな事より、オーラの修行だ、修行!
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