第26話 天使としての最期

「うそでしょうっ……!?」

「こほっ……む、無駄だよリィン……もう残りは無いんだ。……言っただろう、ボクの全てを懸けるって……」



 預けていた全ての力を使ってイネインを斃したミカエルだったが、彼女の死に際の一撃で後背部から刃を受けてしまった。

 弟子であるリィンは彼を抱き寄せ、傷口を見るが……。



「そんな……」

「し、心臓部が傷付いているんだ……だから回復でき、ないよ。でも、ボクの目的、は達したから、もう……」


 悪魔で親友だったフェイトを取り戻し、殺した奴に復讐をする。

 確かに原因となったイネインに止めを刺し、奪われた心臓を解放することはできた。

 満足そうな表情で目を閉じようとしているミカエルを、リィンは必死で引き留める。


「駄目ですミカエル様ッ!! 私を置いていかないでくださいよ!! 私、師匠がいないとダメダメなポンコツなんですからッ!!」

「ふふっ……だい、じょぶ。きっとラファが面倒を……マガイモノのキミだって……こんなに……」


 リィンの頬をいつもみたいに優しく撫でようとするも、彼の手は指の先からサラサラと崩れていく。


「やだっ! 逝かないでミカエル様っ!! 貴方は私のっ、大事な……っ!!」

「リィン……」

「……こう、なったら」

「リィン? いったい何を……」



 能力発動――時は金なりタイムイズマネー



 覚悟を決めたリィンが目を閉じ、ミカエルの身体を抱きとめながら能力を行使した。

 それもミカエルでさえ見たことの無いほどの光量を持って。


「ま、まさかリィン……や、やめろっ」

「いやです、ミカエル様。こんなところで……」


 リィンの優しいシロの光に包まれて、ミカエルは温かな気分に浸っていた。

 それは一瞬の間だったかもしれないし、何年もの時をそう過ごしていたような不思議な感覚であったが、気付くと光のベールは晴れ、意識もはっきりとしてきた。



「ん……ボク、は……?」


 眠りから覚めるように、ミカエルは光が差し込む教会の床から起き上がる。

 ふとイネインにやられた胸の傷口を見るが、そこはまるで何も無かったかのように綺麗に塞がっていた。


「くそっ……リィンはどこだ!?」


 こんな奇跡のようなことができるのは一人しか居ない。

 そしてその人物は彼の隣りに転がっていた。


「リィン!! キミは何をやっているんだッ……!!」

「あはは……シショー……良かった……」


 今度はリィンの方が力なくグッタリとしている。

 右半分のシロが左側のクロに徐々に侵食され始めていて、危険な状態だと分かる。

 このままでは彼女はクロに飲み込まれて消滅してしまうだろう。


「時を操る能力を限界までボクに使ったなリィン! なんて馬鹿なことをっ! こんなボクなんかのためにっ! なぜキミが!!」


 復讐心を募らせ、クロに侵食されながらも仇を取ることを諦めなかったミカエル。

 だからもうミカエルは復讐を果たしたことで、生きることに満足してしまっていたのだ。


「駄目ですよ、師匠……私なんかより、天界には貴方の方が必要なんですから。それになにより……私……シショーのことが……」

「リィンっ!!」


 リィンの身体がほとんどクロに染まり、リィンの意識が薄れていく。

 彼女の隠されていた想いを知り、ミカエルは自分でも気付かぬうちに涙を流していた。

 それを見たリィンはそっと微笑み、震える唇で呟いた。


「……白い涙。とってもキレイ。なんだか本当に天使みたい」

「ボクが……泣いた……?」


 生まれて初めて流した自身の涙に驚くミカエル。

 しかし、彼の他にも驚愕していた人物が居た。



「おい……その、言葉……ま、まさかっ!? いや、そんな……嘘だ……」


 2人から少し離れたところで倒れていたフェル。

 絶望に打ちひしがれ、呆然としていた彼はリィンの呟きに対し驚きの表情を見せた。


「マガイモノ……生まれた時から白黒……魂の輪廻……そうか、そうだったのか……」


 何かを思考しながらブツブツと喋り続けるフェル。

 そして這いずりながら2人の方へ近づいてきた。


「フェル……!!」

「……俺は何てことを……ははっ、全部この手で? もし、そうなのならば……」

「ぐっ!? な、なにをするんだフェルッ!?」


 フェルは何かを決意したのか、リィンを抱えていたミカエルを突き飛ばした。

 そして横たわっていたリィンの隣りに膝立ちになると、祈るように集中し始めた。


「2度も俺を救ってくれてありがとう。これはお礼だ。――痛いの痛いの飛んでいけ。俺の最期の嘘から出たまこと……だ」



 フェルが能力を発動させると、リィンの身体がキラキラと光り輝き始める。

 そして徐々に侵食されていた身体が白く染まっていく。

 どうやらクロによる浸食は収まったようだ。


 だが一方のフェルは……。



「フェル師匠っ!!」

「……ははっ、ようやく最後に師匠って呼んだな、馬鹿弟子……」

「グッ……。それよりもアンタ、なにをしたんですかっ!!」


 銀色の髪はドス黒くくすみ始め、灰色の皮膚もクロに染まり始めていた。


「クハハ……悪魔の知識と俺の能力の合わせ技で……コイツのクロを俺に吸収させた……」

「なっ……」


 人の悪意や憎悪からクロを集め、イネインに取り込ませていたフェルだからこそできたのだろう。

 しかしそれはフェルにとっては自殺行為でもある。


「散々人々を苦しめた俺らしい最期……だろ。自業自得、ってやつだ……」

「それでも師匠は愛する人のためにっ!!」

「そうだ……だから俺が師匠として最後に教えておこう……言葉に宿る魂を信じろ……そうすれば……必ず……」



 そういって完全にクロに染まったフェルは黒い塊となり、地面に溶けるように消えていった。

 かつてもっとも偉大な天使長と言われた男は弟子に最後の想いを託し――この世から消えた。




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