第9話 ブラック企業に憤る天使。

「私ガ、コノ会社デ一番嫌ッテイルノハ、百目鬼どめき専務デス。アイツ……私ヲ性的ナ脅迫……毎日マイニチ、暴言……無理矢理……他ノ人モ一緒ニナッテ私ヲ……」

「分かった。ありがとう、もうそこまででいいよ」

「ミカ……その専務って人、サイテーです……!! 絶対にその人ですよ、悪魔憑あくまつきは!!」


 ミカエルの能力ギフト、売り言葉に買い言葉で女性会社員から情報を得た2人だが、出てきた言葉は純真な天使である彼らには衝撃的だったようだ。


「これが所謂いわゆるパワハラってやつですよ! 私、テレビのワイドショーで観ましたもん! 日本の会社はクロだらけ! きっとみんな悪魔に取り憑かれているんですよ!!」

「ボクも何度かリンが観ているのをそばで聞いていたけど、これがブラック企業ってやつだろうね。もしかしたらアイツが全国的にクロをばらいているのかもしれない……」


 彼の言うアイツとは、天界を裏切って悪魔に心を売り渡したかつての師、堕天使フェルのことである。

 フェルを追って天界から降りてきたミカエルにとって、その手掛かりは喉から手が出るほど欲しいところだ。



「とにかく、その百目鬼専務っていう人のところへ行ってみよう。恐らく、その役職っぽい名前が付いた部屋にその人物は居るはずだ」

「はい! 一刻も早く見つけ出して、悪魔を退治しちゃいましょう!」

「そうだね。……取り敢えずこのバッチイ人は一旦眠らせておこうか」


 ミカエルは再び能力を使って情報をくれた女性の意識を奪い、リィンが優しく椅子に座らせた。

 そして2人はいくつかの部屋を探し始める。



 途中で不審な子どもを見つけてキレ始める社員と何人かすれ違ったが、その度にミカエルは意識を奪って大人しくさせていく。


「はぁ、はぁ……さすがにちょっとこの人数はこたえるね。もう手持ちのお金が尽きてしまいそうだよ、まったく……」

「大丈夫ですか、シショー……あっ、あった! やっと見つけましたよ、専務室!!」

「本当……? はぁ、良かった……」


 能力の使い過ぎでHPと金の消費が激しいミカエルを心配してか、師匠呼びが戻ってしまっているリィン。

 だが彼はそれを一々訂正する余裕も無いようだ。


 元々体力もあまり無く、非常に華奢きゃしゃな体型をしている大天使ミカエル。

 いくら呼吸もしない彼でも、能力が強大なだけに連続使用すると身体機能に影響が出てくるらしい。



 そうして疲労困憊こんぱいになりながらもやってきたのは、このフロアの中でもおくまったところにある一室。

 入り口のドアには、ちゃんと『専務室』と書かれたプレートがかっている。


「……この気配は。リィン、この部屋はクロの匂いが強い。悪魔が急に襲って来るかもしれないから、気を付けてね」

「なんだかワンちゃんみたいですね、シショー。わっかりました! 何かあったら、シショーをおとりにしてスタコラサッサです!」

「……まぁそれでいいよ。足手まといだけにはならないでね」


 フンス、と両こぶしを握って気合を入れるリィンを余所に、ミカエルはノックもせずに専務室のドアを開ける。


 10じょうほどの広さの部屋に、先ほど見た他の社員の2倍ほどもあるデスクがドーンと置かれている。

 そして百目鬼専務と思われる男が、立派な革張りのチェアーにどっかりと座っていた。


「あと少し……ノルマはあと少しなんだ。あと数日あれば私は更に上級の……魔に……ココッ、ココココ!!」


 まるでモンスターのようにデップリとした体形の彼は、デスクに置かれたパソコンのモニターを血走った目でギラギラと凝視ぎょうししながら不気味なセリフを漏らしている。


 そして視界のすみに入室してきた彼らが映ったのだろう。

 その充血しきった赤い瞳をクワッと開くと、慌てたように立ち上がった。


「おっ、おいおいおい……なんでガキがこんなところにいるんだよ!! 他の社員はどうした!! 簡単な仕事もできねぇクソどもがよぉ! ぶっ殺されてぇのかマジで!!」


 瞳だけではなく、一瞬で顔まで真っ赤になった百目鬼専務と思われる男。

 百目鬼という名の通り、鬼のような形相だ。


「っつーか、なんだそのシロいなりは! マナーもなってねぇ社会不適合者かよっ! 誠実さが足りてねぇえええ!!」


 支離滅裂しりめつれつな暴言をつばを撒き散らかしながら叫ぶ百目鬼専務。

 これが普段からの態度であるならば、即入院させなければならないほど錯乱さくらんしている。

 彼みたいに人の話も聞かず、ただ己の理想を相手にぶつけ、気に入らないことは他人に怒鳴どなりつける。

 そんなのがこの会社の上層部なら、部下たちのあの壊れ具合もうなづける。


「悪いけど、ボクは人間のルールっていうのは知らないし、知るつもりも無いよ。そういう方針なら勝手にやっているがいいさ」

「ちょっ、シショー!? 今はそんなこと言っている場合じゃ……」

「だって興味がないんだもん。まぁ安心しなよ。どうやらコイツが当たりだったみたいだ」


 ミカエルは肩掛け鞄から天使用アイテム、黙示録もくしろくシリーズの端末を取り出すと、まるでスマホで写真を撮るように百目鬼専務に向けてかざし始めた。


『対象を確認しました――推定、クロレベル88%。対象は悪魔憑依ひょういされています』

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