第4話 天使たちの棲家。

『オーダーを承りました。少々お待ちください』


 黙示録もくしろくシリーズと呼ばれる、天使専用の便利端末を使用したミカエル。

 見た目はスマホのそれだが、神が選ばれし眷属けんぞくの為に用意したとされるソレは、まさに神の御業みわざごとく劇的な効果をあらわした。


「うわぁ、すごいっ! すごいですよシショー!!」

「いちいちうるさいよリィン。ほら、人間たちに怪しまれる前に移動しよう。まずは拠点探しだ」


 2人の全身を光の粒子が包んだかと思えば、彼らの来ていた服があっという間にチェンジした。

 ミカエルは白のシャツはそのままで、黒のサスペンダー付きのズボンに。

 リィンは下半身まで伸びる黒のロングパーカーにニーハイソックスとパンプスという恰好かっこうとなった。


 2人とも変わった髪色をしている少年少女の外見から、ちょっと変わったセンスをしている子ども程度にまで落ち着くことが出来たようだ。


 そしてミカエルはリィンの小さな右手を取ると、彼女を引っ張るようにしてこの場から走り出した。



 ◇


 端末に映し出された地図を見ながら、ミカエルたちはビル街の裏道をうように歩いていた。

 そうして30分ほど進んで辿り着いたのは、廃墟ビルを抜けた先にある目的地。


 そこは都内にしてはかなり広めにとられた敷地しきち

 周りは侵入防止のために装飾付きの鉄柵てっさくで囲まれており、柵の隙間からは煙突つきの白い建物が見えていた。


 周囲は一戸建ての住宅やアパートが広がっている住宅街だが、なぜかこの土地だけが周りから切り取られたかのように隔絶かくぜつされた空気をまとっている。

 神の啓蒙けいもうな信者であれば、神気のようなオーラがただよっているのを感じ取れるかもしれない。



「ん~っと、指定された場所はココかな? 人は居ないみたいだけど……」

「ミカ、ここって……教会? 人間の作った教会に私たち天使が入って大丈夫だいじょうぶなんですか?」


 せっかく人間にまぎれたのに、この日本でミカエルとリィンという名は変に思われるかもしれない。

 そんな理由で、お互いにミカとリンと呼び合うことにした2人。


 長年天使として活動してきたミカエルとは違い、人間界そのものが初めてのリィンは人間の社会性や価値観がイマイチ分かっていない。

 初めてだらけで心中しんちゅうはワクワクと困惑でぜになりつつも、彼女の素直さもあって少しずつ慣れてきているようだ。


「彼ら人間がどんな宗教を信仰して、誰をあがめようと、天界人であるボクらには関係ないよ。それまでの善行と悪行の差で死んだ時に、天界に行くか魔界まかいに行くかだけの違いなんだから」

「それ、宗教を信じている人が聞いたら怒り狂いそうですよね……」


 ミカエルほどの高位天使でさえ、神に対するおそれというのはあまりない。

 人間界で言えば千近い年数を天使として過ごしてきたが、彼は一度としてその神とやらに会ったことが無いからだ。



「そんなに神が気になるなら、ラファ天使長ブエル監視者辺りに聞いてみるといいよ。喜んで説法せっぽうをしてくれるだろうから」

「うえぇ~! 絶対に話が長くなるじゃないですかぁ~。なんで私をこんな中途半端なマガイモノにしちゃったのかは気になりますけど、あんまり難しい話は分からないんで遠慮します~!」



 自分の白黒な髪をいじりながら、嫌そうなウンザリ顔をするリィン。

 そんな彼女を置いて、ミカエルは目の前に建つ鉄製の門をギギギ、と重い音をたてながら開く。


 さっそく敷地に入ってみると、外で見た時よりも広く感じる庭に出た。

 人の気配は相変わらずないが、程よく手の入った植木や石畳いしだたみがバランス良く配置され、はじの方には小さな畑まで整えられている。

 そして肝心の建物だが……。


「これはちょっと、ボクたち2人が住むだけにしては贅沢ぜいたくだね」


 さっそく、教会の入り口から中に入ってみたミカエルとリィン。

 2人が目にしたのは、どこかの国際的な神殿や教会をそのまま縮小、そしてそれをリフォームをしたかのような立派な聖堂だった。


「もしかして、これを用意したのって……」

「うん、恐らくラファ天使長だろう。なかば追放扱いのボクらをあわれんで、せめて住むところだけはって手配したのかもね。まったく……彼は誰よりも天使らしい天使だよ、ホントに」


 汚れひとつない真っ白い建物を見て、これが誰の仕業か確信するミカエルとリィン。

 若干、皮肉めいた言い方をするミカエルだったが、彼も快適に過ごせることにいなやはない。


 とは言っても2人の興味はさして教会には無い。

 大事なのは生活するためのスペースで、いのりをささげる部屋なんて本当は不要だった。

 そもそも天使は神に祈りを捧げる習慣は無いからである。

 神に対し信奉も畏敬いけいもするが、彼らはシロを神に送り届けることが神に対する至上しじょうの献身だと信じているためだ。


 天使の嗜好はともかく、棲家すみかが立派だったことに関しては2人も大歓迎だった。

 これなら住むのにも困らなさそうだと安心した彼らは、教会に隣接りんせつされた居住エリアに移動する。

 そしてそちらも教会エリアと同じく、清潔で落ち着いた雰囲気のある内装が広がっていた。特にリィンなんて家じゅうを大喜びではしゃぎまわり、勝手に自分の部屋を決めたりして楽しんだ。


 1時間ほどかけて屋内の探検をひと通り済ませると、2人はリビングにあったフカフカのソファーに座ってゆったりとくつろいでいた。リィンがキッチンの棚から見つけてきた、ミルクティを漂白ひょうはくしたかのような真っ白いお茶を飲みながら。



「こうして住む場所が提供されていたことに関しては、後で端末を通してラファにお礼を言っておこう。いくら飲食や睡眠が不要な天使とはいえ、その辺の道端みちばたで泥にまみれて過ごせっていうんじゃあまりにも酷いからね」

「あはは、そうですよね!! ってことで、私の分も天使長に感謝の意を伝えておいてくださーい!」

「ええぇ……本気? 師匠ししょうであるボクを弟子があごで使うとか……キミはいい度胸をしているよ、ホント」


 文句を言いながらも彼のその顔は怒ってはおらず、むしろ小さく笑っている。

 あははは、と兄妹のように仲の良い2人の声が、久しぶりに主のやって来た教会に響いていた。




 ――天界の最も高い部屋で、黙示録シリーズのタブレット端末に映ったミカエルたちを視ている人物がひとり。


「ふふ、本当に仲のいい師弟ですね。まるで……そう、かつての天使長フェルとその弟子、ミカエル様を見ているかのようで……」


 現天使長であるラファは昔を懐かしむように優しい笑顔を向けながら、画面の先で今も騒ぎ続ける彼らをいつまでも見つめ続けるのであった。

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