指狩り地蔵

大塚

第1話

 中学生の頃の話です。修学旅行でS県に行きました。うちの県の公立中学はだいたいどこもS県に行くんです。神社仏閣とかもたくさんあるし、城跡とかもあって見所には事欠かないし、たしかわたしたちが旅行に行く前の年ぐらいから県の事業として美術館とか博物館が新しく開館したんじゃなかったかな。とにかく、修学旅行向きの土地として知られてたんです、S県は。

 それより問題はくじ引きで決めた班編成でした。ほかのクラスがどうだったのかは知らないんですけど、うちのクラスはなんていうか……派閥がわりとはっきりしてるというか、自由に班を作らせるとあぶれる子が出るのは目に見えていたので、担任が問答無用でくじ引きをさせたんです。全員に。その結果、わたしの班で此枝このえくんと北都ほくとくんが一緒になってしまったんです。


 此枝くんと北都くんの仲の悪さは、クラスの全員が知ってました。たぶん担任も知ってたと思います。仲が悪いっていうか、北都くんが一方的に此枝くんを嫌っていたいたんですよね。北都くんはイギリス生まれロンドン育ちの所謂帰国子女で、英語がペラペラで、当時は珍しかったブレイクダンスが得意な男の子でした。顔もカッコ良かった……と思います。たぶん。わたしはどうとも思ってなかったけど、北都くんを好きな女の子は多かったです。それに北都くん本人が、なんていうか、ガキ大将気質っていうんですか? 子分ていうか、舎弟みたいな同級生を周りに付けてふんぞり返ってるタイプっていうか……今考えてみると全然魅力的じゃないですね。でも、子どもの頃はそういうちょっと乱暴な、強引な子がカッコいいって思っちゃう子も多かったんです。

 此枝くんは、北都くんに較べるとぜんぜん地味なタイプでした。口数も多くないし、勉強も運動も真ん中辺で……そんなに目立つタイプじゃないし、そもそも本人が目立つのあんまり好きじゃなさそうでしたし。でも、優しい子でした。誰にでも優しかったです。なんでなのかな。クラス内に派閥があるから、まあその、いじめられる子、いじめまでいかなくてもクラスの輪からはみ出しちゃう子、どうしてもいたんですよね。みんなもその……もうお分かりと思うけど、そういう子と仲良くすると北都くんの取り巻きからひどいことされるから、見てみぬふりしてて。でも此枝くんだけは違いました。そういう子たちにも普通に挨拶して、好きなバンドの話とかして、テスト前になるとノートの貸し借りなんかして、すっごく普通で。スマートで。……正直わたしは、北都くんなんかより此枝くんの方が好きでした。


 くじ引きで同じ班になって、北都くんはすぐに自分が班長になるって主張しました。子分の遠藤も同じ班だったから、すごく強気な態度でした。6人組の班で、わたしを含む女子3人はおとなしくうなずくことしかできませんでした。ていうかわたし以外のふたりは北都くんのことが好きだったから同意したのかな。良く覚えてません。で、此枝くんなんですけど、ほんとにふつうの顔で「ええんちゃう」って言いました。此枝くんは班長になることに興味がなかったんです。それで北都くんはあっさり班長になったんですけど、此枝くんのいないところではずっと此枝くんの悪口を言ってました。あいつは協調性がない、自由時間に巡る場所の案をひとつも出さない、話し合いに参加しない、暗い、声が小さい、仏頂面で感じが悪い……最後の方はほとんど言いがかりでした。でも遠藤は北都くんの言うこと全部に同意したし、女子ふたりも北都くんのイエスマン……女の子でもマンって表現していいんですか?……だったので、此枝くんは修学旅行前から旅行中までずっと嫌なことを言われ続けてました。わたしは悪口に参加しなかったけど、でも止めなかったから共犯みたいなものですよね。今でも此枝くんには申し訳なかったって思ってます。


 それで、修学旅行当日。2日目の自由時間。北都くんの仕切りでわたしたちはあるお寺を見に行くことになりました。S県では有名な観光名所で、わたしは良く知らないんですけどなんとかっていう武将の鎧兜がそのお寺に納められてるとかで、北都くんはそれが見たかったらしいんです。6人でバスを乗り継いでお寺に向かいました。此枝くんは目の前で悪口や嫌味を言われてもしれっと遠くを見て黙っていました。それがまた気に障ったのでしょう。北都くんは田舎道を歩きながら英語混じりの悪口で此枝くんを罵倒しました。正直、空気は最悪でした。こんなことになるぐらいならくじ引きではなく自由に班を組ませれば良かったんです。遠藤も、北都くんのことを好きな女子ふたりも黙りこくっていました。

 それからお寺に到着して、目的の鎧兜を見て、その辺りのことは省略しますね。特に何の問題もなかったんで。事件は帰り道に起こりました。


 道端に、お地蔵さんが立っていたんです。


 ただぽつんと立ち尽くしているわけじゃなくて、小さなお社みたいになっている中にかなり丁寧に納められていて、お供物もいっぱいあって、少し不思議な雰囲気がありました。お社の傍らには木製の看板が立っていて、こう書かれていました。

『指狩り地蔵』

 って。


 昔、私たちが足を運んだお寺の近くに川が流れていて、その岸辺に刀工が住んでいたそうなんです。と書かれていたことを記憶しているだけなので、詳しいことは分かりません。ただその刀工はとっても腕が良くて、でも川の側に住んでいる人だから腕の良さを誰にも知られていなくて、普段は村の人たちの家の包丁を研いだりしながら日銭を稼ぎ、刀は趣味で作っていたそうなんです。ところがある時その刀が素晴らしいものだということが当時S県を支配していたお殿様の耳に入り、刀を差し出すよう命令されたんです。刀工は、ひと振りの刀をお殿様に献上しました。その刀はとても素晴らしい出来で、満足したお殿様は刀工に高いお金を支払い……なんて展開になるわけないですよね。自分以外の人間がその刀工が作った刀を持つことがないよう、岸辺に家来を送り込み、刀工の指を全部落としてしまったんです。指がなければ仕事はできません。それに岸辺の人間だから、誰にも助けてもらえません。あとは死ぬだけです。今際の際に刀工はお殿様を呪いました。「俺の刀はおまえたちの指を狩り尽くす」。そう言い残して死んだそうです。と看板に書いてありました。

 子ども心にもなんだか恐ろしい気持ちになって、わたしと女子ふたりは手に持っていたお菓子をお供えしました。此枝くんもリュックから何かを出してお供えしていましたが、たぶん食べ物だったと思います。遠藤もお供えしてたかな? 見てなかったので良く分かりません。でも、北都くんは。北都くんだけは、両眼を大きく見開いて、じっとお地蔵さんを見詰めていました。何を考えているのか分からない血走った眼が、少し、いいえ、とても怖かったです。


 そのままわたしたちは宿泊先のホテルに戻り、夕ご飯を食べ、男女それぞれの部屋で就寝しました。女子の部屋では何もおかしなことは起きませんでした。ふつうに恋バナとかクラスメイトのうわさ話とかをして、寝ただけです。

 だから翌朝、ホテルの前に救急車が来ていると聞いて心臓が止まりそうになったんです。……北都くんが此枝くんに暴力を振るったんじゃないかって、思ったから。でも違いました。違った、らしいです。北都くんと此枝くんと同じ部屋で寝た男子も全員泣いたり騒いだりで大変なことになってたんで、正確なことは何も分からないんです。

 ただ分かっているのは、夜中のうちに此枝くんの指が切り落とされた。それだけです。


 此枝くんは左手の薬指を失いました。失ったんです。血に染まった布団の中にも、そう広くない和室のどこにも此枝くんの薬指は見当たらなかったそうです。

 北都くんは……笑っていました。ざわめきパニック寸前の同級生たちの中で同じように引き攣った顔をしてはいたけれど、両手で口元を覆って笑いを隠していました。

 ああ、何かを、お願いしたんだ。わたしはそんな風に思いました。修学旅行は2泊3日の予定でしたが、3日目の予定はすべて中止になり、わたしたちは自宅に返されました。


 ……あの、あなたがなぜわたしにこの話を聞きにきたのかは良く分からないんですけど、調べているんですよね? 北都くんと此枝くんのその後のこと。北都くんは今、なんていうか、インフルエンサーをやってます。ひと月何万円のオンラインサロン? とかやって。高校は離れてしまったから噂でしか知らないけれど、大学進学を機に東京に出たって聞きました。それで最近SNSでアカウントを見つけて、HOKTOって名乗ってたけど顔はわたしの知ってる北都くんだったから、こういうことやるようになったんだ、って思って。Twitterはフォロワー6桁で公式マークも付いてて、目立ちたがりの北都くんらしいなって。

 此枝くんは……此枝くんの方が実際は有名なんじゃないですか? 彼、DJになったんですよね。県外の高校受験して地元を出てって、それからどういう経緯なのかは知らないけど今ほら流行ってるじゃないですかヒップホップ。それでわたしもYouTubeで此枝くん見つけて。DJナインフィンガーって名乗ってるの見て、強いなぁって思いました。此枝くんのおうちは地元でも有名な音楽一家なんです。お父さんはピアニスト、お母さんはチェリスト、お姉さんはわたしたちが中学生の時から⚪︎⚪︎っていうバンドのギタリストやってて有名で、去年から海外公演に出て戻ってこれなくなってる〜ってツイートしてるの見ました。此枝くんもバイオリンをやってたけど指がないからできなくなっちゃって、どうするんだろうねってみんな言ってたんですけど、DJですよ、DJ。大きなフェスにも呼ばれてるみたいだし、ファンもいっぱい付いてて、ほんとすごい……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る