第264話 正妻登場
水平線から朝日が昇り新たな朝を告げる。
春近たちにとって大きな人生の岐路となる朝なのだが、本人には自覚も無く相変わらずのマイペースぶりだった。
そして、今日はクリスマスでもあるのに、聖夜ならぬ性夜になってしまうのが如何わしいところだ。
春近たちの淫らで破廉恥極まりない夜を経て、賀茂明美は一人
「もう! 何なの、あの子たち! あ、あんなに激しく淫猥な……」
学生時代は勉学一辺倒、社会人になってからもお堅い女性で通ってきた賀茂だ。
恋愛経験も少なく真面目な性格だったのだが、今年の春に春近たちと視察旅行してからというもの、色々と価値観が変わってしまっていた。婚約者である孝弘とも出会い、それまでのキャリアを捨て緑ヶ島への移住を決めたのだ。
凄い人生の大転換である。
「うううっ、あんなの見てたら私まで変態になっちゃいそう……それに、あの、熱くて凄い濃厚なアレが私の顔に……」
思い出しただけで羞恥心やら何やらでおかしくなってしまうそうだ。
しかも、ふて寝していた風を装いながら、確り聞き耳を立ててエッチなやり取りを聞いていたのだから。
「はあっ……あんなにエッチで……凄い……」
「賀茂さん」
「きゃあぁぁぁーっ! 変態淫獣クソガキ!」
「えええっ…………」
春近が甲板にいる賀茂を呼びに来たのだが、悲鳴をあげられショックを受けてしまう。
「あっ、何だキミだったのね。ごめんなさい、つい本音が……」
「本音って、何気に酷いような? それより朝食の時間ですよ」
「ええ、すぐに行くわ」
二人の間に微妙に距離がある。
「あの、そんなに警戒しなくても何もしませんよ……」
「その手には乗らないんだから。昨日だって、あんな熱くて凄い濃厚なのを……あ、あれを、私の顔に……これも
「全然違います! 偶然ですから! 彼女たちの異次元のテクが原因ですから!」
「異次元って……あ、あの濃厚なのが宙を舞って……命中とか……ふっ、ふふふっ、だ、ダメっ、ふはっ、あはっ、あははははははっ、おかしいっ! そんなのあり得ないわよ!」
賀茂が思い出し笑いしてしまう。
「あの? 賀茂さん?」
「ほんと、キミたちといると飽きないわね。毎回奇想天外な事件ばかり起きるんだから」
「もしかして許してくれるんですか?」
「それとこれとは別!」
「ですよね……」
二人は笑いながら船内に入って行った。
船は
甲板で身を乗り出すように見ている彼女たちのテンションも上がる。
「ハル、富士山みたいのが見えてきたぞ! あれが緑ヶ島かな?」
咲のテンションも急上昇する。
とかく日本人は富士山みたいな形を見るとテンションが上がるのだ。
「咲、あれは八丈富士といってだね――――」
アリスの受け売りを、さも自分の知識とばかりに少しドヤ顔になって語ってしまう。
男の子は女子の前ではカッコつけたい生き物なのだ。
当のアリスが近くに居るのも忘れて、夜の痴態を挽回するようにドヤドヤっとしている。
「それ、視察旅行の時に教えた話です」
アリスに、あっさりバラされてしまった。
「ふふっ、ハルってば、今のドヤってる感じが面白れぇ」
咲が笑いをこらえるような顔になる。
ポンポン!
和沙が生暖かい目をして肩をポンポンしてきた。
「や、やめてくれ~!
「ハル君、八丈島って
春近のピンチに颯爽と天音が現れ、それとなく春近の好きな歴史ネタを振る。
天音の会話テクの凄いところで、春近のような少し口下手な男子にとっては、話を振り方が上手くて会話を引き出してくれて聞き上手な女子が有難いのだ。
「天音さん、そうなんですよ。伊豆大島に流罪になった源為朝は、八丈島に渡って――――」
春近は復活した。
「あれ? 何か負けた気分なんだけど……」
「ふっ、話術で天音に勝てるわけないだろ……」
咲と和沙が、春近を取られて釈然としない顔をする。
夜が手強い天音だが、やっぱり昼も手強かった。
ここのところ、夜の悪魔の顔が目立っていたが、昼は春近に優しくて男を立ててくれて色々と尽くしてくれる女神の顔なのだ。
実は、悪魔と女神を使い分け緩急付けて
「キミたち、ふざけてないで下船準備をするわよ」
船は港に入って行く。
ここから船を乗り換えて緑ヶ島へと向かうのだ。
賀茂に促されて下船準備を始めた。
港に降りて乗り換えを待っていると、春近を付け狙う影が――――
真っ先にアリスが気付いた。
「ん……?」
「アリス、どうかしたの?」
「いや、何でもないです」
アリスは気付いているのだが、何となく察してスルーしてあげた。
船を乗り換えて、ここからは更に遥南にある緑ヶ島に直行する。
春近たちの後に続いて一人の女がフェリーに乗り込んだ。
気配を消し足音も立てず春近から一時も目を離さず、それでいて乗船の時はスタッフにちゃんとチケットを見せていた。
船は南へ、ひたすら南へと進む。
春近が展望デッキに登って、遠くにイルカがジャンプしているのを見ていると、咲がやって来て横にピトッとくっついた。
「咲、どうしたの?」
「ハル、最近アタシに冷たくねえか?」
「えっ、そんなことないよ」
「さっきだって、天音とイチャイチャしてたじゃん」
どうやら、天音に少し嫉妬しているようだ。
咲とは暇さえあればイチャイチャしまくっているので、冷たくしているようなことは全くないのだが。
か、可愛い――
ちょっと拗ねた顔が最高に可愛い……
いつもはぶっきらぼうなのに、たまに凄く可愛くなるギャップがたまらない……
反則級に可愛い咲の仕草に、春近も我慢できない。
「ほら、そんなことないなら態度で示せよ」
「う、うん、咲のこと好きだよ」
「おい、
「大好きだよ」
「えへへ~嬉しい♡」
二人は密着してギュウギュウと強く抱きしめ合う。
とろんと蕩けた顔をして、咲は春近の耳元で囁いた。
「なっ、ちょっとだけ良いだろ……」
「マズいって、誰か来ちゃうよ」
「良いだろ。ハルと二人っきりになれるのが少ないんだから。ちょっとくらいサービスしろよ」
咲はグイグイと動き、春近を刺激しながらも自らも昂らせてしまっている。
まるで二人の境界線が無くなりそうなくらいに密着し、もう二度と離れたくないというくらいに激しく抱きしめ合う。
「もうっ、と、とにかくやるぞっ! はむっ♡ ちゅっ、んあっ、むちゅ……ちゅ♡」
「さ、咲、んんっ、ちゅっ……」
激しいキスが始まった。
周囲に人が居ないとはいえ、すぐ下の
いつ階段を上がってきて見られるか分からない。
「も、もう、我慢できない。ハル、しよっ!」
ガチャガチャ!
咲が春近のベルトを外そうとする。
「いやいやいや、さすがにマズいって! こんなの誰かに見られたら」
「大丈夫だろ! この体勢なら、熱々カップルが抱き合ってるようにしか見えねえって!」
「そんなわけないって! なんだそのエッチな漫画やビデオみたいな設定は!」
もう、我慢できなくなった春近と咲が寸前まで行ったところで、予想外の人物が颯爽と登場した。
「そうはさせませんわよ! 野外でなんて許しませんわぁぁぁーっ!」
「「えええっ!」」
春近と咲は抱き合ったまま固まった。
颯爽と現れたその人物は、艶やかな黒髪を風になびかせ、均整の取れたしなやかな肢体を躍動させ、知性を感じさせる整った顔をした美少女。
凛とした透き通るような美しい声を響かせ、まるで遅れて来た主役のように登場した。
「栞子さん!」
「栞子!」
いつかは来るのだと思ってはいたが、まさか同じフェリーに乗っているとは思ってもいなかった。
先回りして隠密スキルで後を付けていたのだ。
「あっ…………緑ヶ島で突然現れてサプライズしようとしていたのに、途中で出て来てしまいましたわ……」
目の前でエッチしそうになるのが我慢できずに飛び出してしまったのだ。
咲は視線を春近に戻すと――
「よし! とりあえず一回だけしよっ!」
「だから、させませんわよぉぉぉ!」
「いや、冗談だって!」
何とか、お外でのハレンチ行為は防がれ、三人でイスに並んで話をすることになった。
「栞子さん、御祖父さんや家のことは大丈夫なんですか?」
「そんなの知りませんわね。わたくしは、旦那様の向かう先ならば、例え異国だろうと戦場だろうと七回生まれ変わろうと付いて行く所存!」
「うっ、手強い……」
「それに、御祖父様も『次の棟梁となる子供の為に、最強の遺伝子を受け取ってこい!』と仰っていました。さあ、旦那様! 子種を頂きますわよ! 鬼神王である旦那様の最強の遺伝子を受け取り、鎮西八郎為朝を超える剛勇無双の戦士に育て上げますわぁぁぁぁぁ!!」
ガッツポーズした栞子が孕む気満々だ。
「ううっ、栞子さんの御祖父さんって、鬼を取り締まろうとしていた急進派じゃなかったのかよ。何で急に鬼の遺伝子を?」
「強ければ何でも良いのですわ!」
「もう、滅茶苦茶だぁ!」
栞子が活き活きとしている。
学園に居た時の少し疲れた顔でヤンデレ目をしていたのと違い、何か憑き物が落ちたようにスッキリとした表情だ。
重圧や責務から解放され自由になったからだろうか。
そして、改めて見ても彼女は美しい。
「さあさあ! 観念なさいまし! わたくしと、まぐわってもらいますわよ!」
「――――栞子さんって、やっぱり凄い美人で可愛いですよね」
「へっ、あっ、あのっ、だ、旦那様……」
本音で話す春近に、栞子が戸惑った。
「それに、オレたちがピンチの時は、いつも助けに来てくれて。そうなんだ……クーデターの時も自らが傷付くのも顧みず結界を破ってくれて、玉藻前の時も助言をくれて、隕石落下の時も撃破の決め手となる殺生石を運んできてくれて。いつもいつも、栞子さんのおかげで、オレたちは栞子さんに助けられてきたんだ」
「えっ、ええっ……」
「栞子さん! いつも、ありがとう! 栞子さんは凄い人だよ。なくてはならない大切な仲間なんだ」
栞子は、春近の言葉に目から溢れそうな涙を溜めて感動している。
今までの人生、幼い頃から頑張って頑張って頑張り続けて、ずっと努力し続けてきたのに、いつも周囲の期待を裏切ってしまってきたのだ。
努力は報われずツキもなく、残念な結果にばかりになってしまう。
そんな彼女が、遂に報われる日が来たのだ。
「栞子さん、オレは気付いたんだ。今までずっと栞子さんに助けられてきたことに。オレも栞子さんと一緒にいたい。これからもよろしく」
「ううっ、うううっ、ぶうわああああああーっ!
栞子は春近と熱い抱擁をする。
色々なことがあった――――
戦いで怪我をして入院したり、キツいお仕置きをされたり、破局したり、パンツを交換したり、そして復縁したり。
栞子は思う。
何度失敗したって、何度諦めそうになったって、最後に笑えたのなら、きっとそれまでの苦労も良い思い出だと思えるようになるはずだと。
「旦那様♡ ちゅっ、んっ……」
「栞子さん……」
「では、子種を! さあ!」
「それは待って下さい……」
唐突にラブシーンが始まり、先程のイチャイチャで体が火照っている咲はジト目で二人を見る。
「まあ、しゃーねーな! ライバルが増えちゃったけど」
「やはりメインヒロインは遅れてやって来るものですわね! わたくしが正妻として、側室の皆様とも上手くやってみせますわ!」
「何だとコラ! やっぱ何かムカつく!」
相変わらずな栞子に、咲も飛び込んで行き、三人でイチャイチャすることになった。
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