第174話 それぞれの幸せ

 春近は久しぶりに屋上で空を眺めていた。

 梅雨の中休みなのか昨日までの雨が止み、強い陽射しとムシムシとした湿度で夏の到来を感じさせる。

 流れて行く雲を見ながら、和沙たちのことを考えていた。



「う~ん、このままで良いのだろうか?」


 空に向かって独り言を呟くと、後ろから足音がして「良いんじゃない?」と返事が聞こえた。

 春近が振り向くと、ちょっと奇抜なピンクのツインテールに不思議なアクセサリーを付けた少女が立っている。


黒百合ブラックリリー

「何のことだか知らないけど。物事は大体なるようにしかならないし」

「なっ、黒百合ブラックリリーが何か哲学っぽい話をしている!」

「ふんす!」


 黒百合は春近の隣に並んで空を見上げる。

 流れる雲を見ながら、少しずつ春近の方に寄って行き、ぴとっと肩をくっつける。


「何か悩み?」

「う~ん、じゃあ黒百合ブラックリリーに相談してみようかな?」

「どんと来い!」


 黒百合は、どや顔をして少しふんぞり返る。

 小柄な黒百合がしてもあまり偉そうには見えず、むしろ可愛いだけだと思ったが春近は黙っていた。


「このままハーレムを広げて良いのかと思って。皆のことは好きだし大切だと思っているけど、好意に甘えて色んな人とエッチしまくるのはどうかと……」


 春近は素直な思いを打ち明けた。


「お互い好き合っていて、相手が望んでいるのに断っている方が残酷」

「そ、そうなのかな?」

「どうせ春近のことだから、複数の人と付き合うのは前から嫌悪していたウェイ系の陽キャと同じみたいだからと思っているだけでは?」

「そう言われると……それもあるのだけど……」


 春近のような陰の者としては、複数の女子と遊びまくるウェイ系に嫌悪感があるのだ。

 ただ、春近自体は全くウェイ系とか似合わないのだが。


「そもそも彼女が一人でないといけないというのは誰が決めたのか? 既成概念や固定観念に囚われていても先には進めない。幸せというものは人それぞれ違うのだから、本人が幸せなら外野がアレコレ言ってもどうしようもない」


「何だか黒百合ブラックリリーに言われると、そんな気もしてきたぞ」


 黒百合の言葉で春近が前向きな気持ちになった。


「天音さんの時は、目に見えて元気が無くて心配だったけど、最近は明るくなって他の子とも仲良くやってるみたいで安心したんだよな。今度は和沙ちゃんが思い詰めているみたいで心配だし……。でも、したらしたで暴走しそうで余計に心配なんだけど……」


「でも、私は春近の体が心配になる。一人でも大変そうな女ばかりなのに、あんなに大勢を相手にしていて体が持つの?」


「それは……オレも最初は無理だと思っていたけど、最近は少し体も鍛えられてきたみたいなんだよ」


 グイッと腕に力を入れて見せる春近。


「そう言われてみれば、少し逞しくなった気がする」


 黒百合は、何か引っかかる気がしたのだが、気のせいだろうと思って流した。


「で? 次は誰の予定? 私としては、この伝説のブラックリリーをオススメする」

「それが言いたかったのか」

「バレたか。でも、春近は女子に気を使い過ぎ。もっと我儘になって『ぐへへっ』なハーレム主人公になっても良い」


 黒百合は、春近の体に両手を回して抱きつくと、頭をグリグリと押し付けてきた。

 そのまま顔を埋めたまま呟く。


「正直、他の子がラブラブになっているのを見ながら、自分の番を待っているのは辛いものがある……」

黒百合ブラックリリー……」


 そうだよな……

 彼女の為とか言いながら、本当は自分の世間体を気にしていたのかもしれない……

 もう、オレは何を言われても良い!

 本当のハーレム王にオレはなる!


黒百合ブラックリリー、ちょっとだけ待っていてくれないか。心配な子が居るんだ。先にその子を……」

「和沙でしょ。行ってあげて」

「うん」


 校舎内に戻って行く春近の後ろ姿を見つめながら、黒百合は一人残されて佇む。そして空を見つめ考える――――


 お人好しなのは私の方――

 いつも我儘なのに、肝心な所で譲ってしまう……

 いつから私はこんなに寂しがり屋になってしまったのだろう……

 いや、違うな……

 昔からずっと寂しがり屋だったんだ……

 物語を読んでいれば友達は要らないというのは嘘だ。

 本当は、ずっと寂しかった。

 誰か、支えてくれる人が欲しかったのに――――





 春近は廊下を走り和沙の元に向かう。

 もう頭の中は和沙ちゃんでいっぱいだ。


 教室に戻ると既に帰ったとのことで、女子寮の和沙の部屋に向かう。


「待っていてくれ! 俺は、やるぜぇぇぇぇぇ!」



 多少、やる気が空回りしそうで心配な春近だった。





 コンコン!

 春近が和沙の部屋をノックすると、すぐに返事が返ってきた。


「はーい、どちらさん?」

 カチャ!


「和沙ちゃん! エッチしよう!」

「は?」

「だからエッチを!」

「バカかキミは!」


 パッコォォォォォン!

「痛っ!」


「いきなり押し掛けて来たかと思えば、デリカシーの無い告白を。まったく、キミは乙女心を何だと思っているんだ」


 和沙は、今朝の自分が行ったデリカシーの無い要求のことなど忘れて、春近のエッチしたい宣言に御立腹し、スナップの利いたビンタが炸裂させた。

 だが、仕方がないのである。

 和沙の繊細な乙女心は、エッチしたくてたまらないのだが、ちゃんとロマンティックな告白とムードも大切にしたいのだ。

 ちょっと面倒くさい系なのだ。


「そりゃしたいのは山々だが……もっとムードというものをだな……」


「いいや、俺はエッチしたい! 和沙ちゃんを抱くぜ!」


「ぐっはぁぁぁっ! 何故だ! こんな雑っつな告白なのに、何故か私の中の乙女心がキュンキュンしてしまっている! うっわぁぁ、思ってたのと違う!」


 和沙は口では文句を言いながらも、自分の中から込み上がる劣情に負けて春近を部屋に入れてしまう。

 もう頭がゴチャゴチャしているのだが、めっちゃエッチしたい気持ちになってしまったのだ。


「大体キミは、今朝は消極的だったのに、何で急に前のめりになってるんだ?」

「何か色々考えてしまって迷っていたんだ。でも、今は和沙ちゃんとしたい!」

「お、おう……じゃあ、するか……でも、その前にシャワーを浴びたい。今日は暑くて汗をかいたからな」

「オレは気にしないよ!」

「私が気にするんだぁぁーっ!」


 和沙はシャワールームに入ると、ドアから首を出して注意する。


「いいか! 絶対に覗くなよ! 絶対だぞっ!」

「じゃあ、オレも一緒に入りたい」

「は? はああぁぁぁ!?」


 和沙の頭が一緒にシャワーしたいのとしたくないのとで混乱する。


 いや、待て、何を言っているんだコイツは?

 いきなり一緒にお風呂だと?

 ハードル高すぎだろ!

 いや、しかし!

 一緒にお風呂……洗いっこ……お風呂でイチャイチャ……

 ぐあぁぁぁっ! 凄くしたい!

 イチャイチャしまくりたいっ!

 頭ではダメだと思っているのに、私の中のエッチな何かが蠢いて仕方がない!

 大体、天音のヤツがエッチな話ばかり私に聞かせるから欲求不満が溜まるんだ。

 それに、あの奥手そうな一二三まで、視察旅行の時に一緒にお風呂に入ったそうじゃないか。

 ぐぬぬぬぬっ、滅茶苦茶お風呂でエッチなコトしたい!

 したくてしたくて我慢できん!



 頭を抱えて悩み続ける和沙に、春近が声をかけた。


「あっ、あの、無理なら待ってるけど……」

「しっ……仕方がないな、今日は特別だぞ!」


 春近と和沙が一緒に制服を脱ぐ。

 ドキドキワクワク一緒にお風呂タイムが始まろうとしていた――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る