第153話 今日はグイグイ行く春近

 爽やかな春の日差しを受けながら、昨日までとチョコっと違う春近が登校している。

 そう、生まれ変わった春近だ。

 昨日の暴発で落ち込んでいるのかと思いきや、逆にテンションが高くノリノリになっていた。


「そうなんだ、何事も後ろ向きにばかり考えているからダメなんだ、例え暴発したとしてもオレには可愛い彼女がいるんだ。もっと前向きに考えないと」



 何かが吹っ切れて、思い切り前向きな春近だ。



「あんな恥ずかしいのを見られたら、もう何も怖いものなんて無いじゃないか! オレは、一皮むけてイケてる春近になってやんよー!」


 いつも変なテンションかもしれないが、今日は一段と変なテンションである。




 春近の前方に遥が歩いて来るのが見える。


「おっ、あれは飯綱さん……いや、遥! 今日のオレは全てファーストネームで決めるぜ!」


 普段からアニメキャラの真似をして鬼畜御主人様になったりするのだが、今回は何かの影響で攻め攻め主人公にでもなったようだ。


「あれ、春近くん、おはよう」


 振り向いた遥に、春近はグイっと距離を詰め壁ドンをする。


 しゅたっ!

 壁ドォォォォーン!

 顎クイッ!


「おい、遥! 今日も一段と可愛いな、さすがオレの女だぜ!」

 ビシッ!

 ふっ、決まったぜ!


「うっ♡ うくぅっ♡ か、かっこいい……」


 こんなおバカなセリフなのに、遥は壁ドン顎クイで完全にメロメロになってしまう。


 実はこの遥、恋愛系の少女漫画やドラマに憧れる恋に恋する乙女で、漫画に出てくるような少し強引な男に弱いのだ。

 傍から見たら変な春近だが、遥には理想的なプロポーズなのである。


「えっ、ええっ! えぇえ~ん♡ 何か今日の春近君、いつもよりカッコよく見える。何か色々あったけど、やっぱり春近君が好きかもぉ♡」


 くっ!

 遥は壁ドン顎クイの体勢のまま、目を閉じ少しくちびるを上げる。


「遥……」

 えっ、これは……キス待ち……

 怯むなオレ!

 ここは男らしくオレから行かなくては!


 意を決した春近は、遥の顎に手を添えたまま、静かにくちびるを重ねた。


「ちゅっ……」

「あっ、春近君……好き♡ んっ」


 くちびるが軽く触れるだけの優しいキスの後、遥は春近の体に腕を回し強く抱きしめる。

 ここ最近、春近の事を好きになっていた感情が、タガが外れ一気に噴き出して来る。


「くはぁあん♡ 春近君、好き♡ すきぃぃっ♡」

「遥……オレも好きだ」


 春近もギュッと抱きしめ返す。



 C組の教室前での唐突なラブシーンに、廊下や教室内の生徒に動揺が走った。


「おい、ハーレム王が、うちのクラスの女子を堕としてるぜ」

「い、飯綱さん……俺、ちょと良いなって思ってたのに……」

「もう、なんも言えねぇ……」

「すごっ! 何か、すごっ!」


 もはや日常風景と化したハーレム王伝説に、新たな1ページが刻まれた。




「おはよう」

 春近が遥と一緒に教室に入る。


 遥は春近の腕に抱きついたまま、A組の教室まで付いて来た。

 もう、誰が見てもラブラブそのものである。

 そんな二人の姿を見た和沙が、嫉妬まじりの表情で寄って来た。


「おい、ハルちゃん! 何で遥と一緒なんだ?」

「和沙ちゃん、これはだね――」


 春近が話している途中で遥が割り込んできた。


「和沙、私は春近君の彼女なんだから、いつも一緒なのは当然でしょ。うふっ♡」


 色々と吹っ切れてしまったかに見える遥が、ギュッと強く春近に抱きついたまま顔を肩に乗せて蕩けた表情をしている。


「うううっ、うわあああぁあっ! 他人を羨んでばかりではダメだと気付いたばかりなのに、もうすっごく遥が羨ましい。羨ましくて、羨ましくて、どうになかってしまいそうだぁああ!」


 和沙が表情がコロコロ変わる。嫉妬と我慢の間で揺れ動き地団駄を踏んでいるのだ。


「だから、何でキミという男は……見せつけてばかりで……。も、もっと私を可愛がれぇええええっ!」


 さっ!

 春近は、和沙の腰に手を回し抱き寄せる。


「和沙ちゃん、寂しい思いをさせてごめんね。これからは、もっと和沙ちゃんを大事にするから」


「う、うへっ♡ は、ハルちゃん……わ、分かればよろしいのにゃ……よろしいのだ。ふっ、ふへっ、ふふふっ♡」


 和沙が壊れ気味になって、春近に抱きつきデレデレの表情になってしまう。



 そんなバカップル全開の春近に、咲がジト目で呟いた。

「おい、ハル、何で朝っぱらから二人がこんなデレデレになってんだよ」


 咲の言う通りだ。遥と和沙が両側から春近に抱きつき、顔を肩に乗せて蕩けた表情をしている。

 先程までの遥と同じように、和沙までデレデレになってしまった。



「咲、今日のオレは昨日までと違うんだ。何かこう一皮むけてイケてる春近? そう、略してイケハルなんだ。そこんとこヨロシク!」

「いや、訳わかんねーし。変なもんでも食ったのか?」


 若干引き気味の咲が苦笑いする。


「意味か……オレは……人生を前向きに考えようかと思ったんだ……」

「そ、そうなんだ……」

「咲、オレには咲のような可愛い彼女がいて幸せだって意味だよ」


 ここで咲にまでくすぐったいセリフを言う。


「えっ、あ、あの、おいおいおい! ハル、そんな手には乗らないからな。またまたまたぁ~もうっ、そ、そんなので騙されたりは……。ふへっ♡ もぉ♡ しょうがねーなぁ♡ ふにゃ~」


 咲が文句を言いながら春近の胸に顔を寄せた。発言と行動が正反対だ。



 そうなのだ。この春近、昨夜の本番で大失敗した反動でおかしくなっているのだ。何度も繰り返し美少女ゲームでシミュレーションしたのに、その二次元的経験が何も活かされていない。


 そうだ、皆に感謝しないと――

 一度や二度の失敗なんて誰でもある事なんだよな。

 誰もが失敗を積み重ねて上手くなって行くんだよ。

 最初から漫画やエッチなビデオみたいに出来るわけないよな。



 三人の女子に抱きつかれたまま虚空を見つめる春近に、心配そうな顔をしたルリが話しかける、


「ハル、やっぱり昨日のこと気にしてるの? 布団と初体験しちゃったのなんて、気にしなくて良いんだよ」


 心配しての行動だろうが、何だか逆効果の気もする。


「ちょ待て! ルリ、その『布団と初体験』って面白過ぎるパワーワードは何だよ?」

 すかさず咲が布団と初体験にツッコんだ。


「ちょ、ちょっと、ルリ! な、何で言っちゃうの」

 春近が止めようとするが、両腕が塞がり体も咲に抱きつかれ身動きができない。


「あっ……ごめんハル……」

 ルリが口を押えるが、時すでに遅しだ。



「ハル君が初体験って聞こえたんだけど……」


 突然、疲れたような表情の天音まで『初体験』ワードで召喚してしまう。


 ――――――――



「ぷっ、ご、ごめんっ。ふ、ふへっ、笑うつもりじゃないんだけど……。ぷぷっ……ハル、災難だったな」

「咲、そんなに笑いを堪える程なのか……」


 笑いが堪えきれない咲に、春近の羞恥心がいっぱいいっぱいだ。


「てか、ルリ、なんでアタシを呼ばないんだよ」

「ごめん、咲ちゃん。渚ちゃんとの絶対に負けられない戦いが、そこにはあったんだよ」

「意味わかんねーよ。ふふっ」


 天音は例の件を持ち出した。


「だから言ったのに……。初めて同士だと失敗しちゃうから、最初は私に筆おろしさせてって」

「天音さん、それは分かるのですが、色々と問題が……」


 確かにエッチを極めた天音ならばスムーズに行ったはずだろう。未遂だった九州の温泉での時のように。


「ど、どうせ私はセフレ扱いですもんね……」

「天音さん、まだそれ引きずってたんですか? 誰もセフレだなんて言ってないですから」

「だ、だってぇ……」

「ほら、天音さん」


 疲れた表情の天音の頭をナデナデしてあげる。

 ナデナデナデナデ――


「うううぅぅぅ~ ハル君、優しい~お姉さん泣いちゃいそう」

「天音さん、あまり思い詰めないで。妹には今度説明しておきますから」

「うん、うん、ありがと……。でも、ハル君は変わらなくても今のままで良いんだよ」

「天音さん……」

「うへぇ♡ ハル君は初心うぶで童貞なのが美味しくてぇ♡」


 やっぱり天音は春近の童貞を狙っているようだ。



「でも、私は今朝の春近君が好きだけどな。グイグイ来る感じで」

「私もそう思うぞ。今朝のハルちゃんは積極的で最高だ」


 遥と和沙には積極的な春近が好評だった――――



「御主人様、初体験は挿入しないと……ふごっ、んんっ……」

 正論を述べそうになる杏子の口を塞いで耳打ちする。


「杏子、初体験は誰が最初かで色々と揉めるから、曖昧なままで良いんだよ(ぼそっ)」

「なるほど、そうでありましたか」

「そうそう」



 取り敢えず初体験は曖昧なままだが、彼女たちはもっと感謝しなければと思った春近だった――――

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