第151話 渚の企て

 春近は途轍とてつもない緊張感の中にいる。

 周囲はピンクなど少女趣味っぽいインテリアと可愛いぬいぐるみ。

 この可愛い部屋が彼女のものだと説明されても、大部分の人は信じないのではなかろうか。

 

「春近、お茶が入ったわよ」

 彼女がお茶を運んできてくれる。


「あ、ありがとうございます」


 ただ、お茶を運んでいるだけなのに、優雅で気品があり見惚れてしまう。

 美しい金髪がキラキラと輝き、動く芸術作品のような華麗な横顔は見る者を幽玄の世界へ誘い、すらっとした美しいプロポーションと相まって存在自体が奇跡のようだ。

 だが、その身に纏う凄まじい威圧感と狂気を帯びたような瞳が、人々に恐怖感を与えてしまっている。


 そう、春近は渚の部屋にいるのだ。



「春近、なにジロジロ見てるのよ?」

「うっ、渚様……」


 女王……大嶽渚が流し目のように春近を見つめる。

 ただそれだけで、呪力を使っていないはずなのに、まるで心臓を鷲掴わしづかみにされたかのように動けなくなってしまう。


「あたしの部屋に来たってことは、今日は満足するまでサービスしてくれるってことで良いのよね」


 魔眼のような渚の瞳が春近を見つめる。


「えっと、今日は、妹の件でお礼を言いに来たんです」

「は? 何のこと?」

「妹の夏海を助けてくれたそうじゃないですか」

「あたしは何もしてないわよ」

「渚様のおかげで助かったみたいで。ありがとうございました」

「様子を見に行っただけよ」


 渚が様子を見に行っただけでクラスの空気を180度変えてしまうのだ。相変わらず凄い威厳と影響力だった。


「とにかく、オレのせいで妹がイジメられたりしたら最悪だし、ずっと後悔することになってしまう。渚様には感謝してます」


 頭を下げる春近を見つめる渚の瞳が輝く。


「で? お礼って、あたしに何をくれるのかしら?」

 渚は身を乗り出して、春近の膝の上に乗り顔を寄せてくる。


「あの、渡せる物は何も無いのですが……」

「あたしが欲しいモノは一つしかないでしょ」

「ううっ……」


 そうなのだ。こんな派手な見た目をしている渚だが、あまり物欲が無いように見える。特に着飾ってはいなくても、その姿は宝石のように輝いて見える。

 存在自体が宝石のようだから、宝石や貴金属を付ける意味が無いのかもしれない。

 

「もう逃げられないわよ。観念しなさい」

「えっ、あの……」


 ぺろっ!


 渚が春近の首筋を舐める。

 ただそれだけで体が痺れるような感覚になり、春近は抵抗できなくなってしまった。


「うふふっ、あたしが春近の全てを奪ってあげる」

「ああっ、な、渚様……」

「うふふっ♡ は・る・ち・か♡」


 至近距離から見つめ合う。

 春近は、狂気を帯びたような渚の瞳が好きだった。

 まるでアニメキャラの魔眼のように、美しくも妖しく心を捉えて離さない。


「うああっ、もうダメだ……」

 渚様の瞳で見つめられると抵抗できなくなってしまう――


「あむっ、ちゅ♡ んっ……ちゅぱっ♡ んぁ♡」


 熱いキスをされ、全身に甘い毒が回るような感覚になる。

 もうこうなってしまったら最後だ。女王の絶対権限が細胞の一つ一つにまで刻まれるような、もう全てを捧げて隷属したくなるような気持ちになってしまう。

 約一年前の、あの日あの時初めて会った日、忠誠の証として足にキスさせられた時から、こうなる運命は決まっていたのかもしれない――――



「んんっ、ちゅちゅっ♡ はるちかぁ♡ はむっ、ちゅっ……好きよ♡」


 シャツをまくり上げベルトに手をかけ脱がされそうになる。


「はあっ、はあっ、今日こそ……やるわよ♡」

 ある部分をギュッと握られる。

「相変わらず凄いわね♡」

 そのままサスサスと刺激され、全身を突き抜けるような快感に襲われた。


「ううっ、待って……」

「ダメ! 待たない!」



 コンコンコン!

 その時、ドアをノックする音が聞こえた。


「あの、渚先輩、いらっしゃいますか?」


 女性の声が聞こえ、ラブシーンを邪魔された春近も渚もパニック状態だ。


「えっ、この声、夏海だ! 何で渚様の部屋に?」

「ちょっと、どういうことよ!」



 渚がドアの前に行き返事をした。


「何か用かしら?」

「あの、土御門夏海です。先日のお礼に来ました」



 マズい! 隠れないと!

 春近は咄嗟にベッドに潜り込む。


 ガチャ――


「あ、あの、先日は庇っていただいて助かりました。先輩のおかげでクラスでイジられることも無くなりました」

「そう、良かったわね」

「これ、つまらない物ですが、お礼のつもりです」


 夏海は菓子折りを差し出す。


「気を使わなくても良いのに。少し上がっていく?」

「えっ、良いんですか」


 ちょ、渚様! 何やってるんですか!

 オレが隠れているのに、妹を招き入れるなんて!


 渚は夏海をクッションに座らせると、自分は春近の潜んでいるベッドに腰かけ足を組む。


「ん……」

 ヤバい、上に乗られて声が出そうになった。

 最近少し優しくなったと思っていたけど、やっぱり渚様はドSだった。



「あ、誰か来ていたんですか?」

 夏海はテーブルの上のお茶に気付く。


「ええ、もう帰ったから気にしなくていいわよ。何か飲み物でも入れましょうか?」

「いえ、すぐ帰りますので……」


 夏海は、目の前の渚女王の美しさと威圧感とで動けずにいた。

 ラフな格好をしているのに、テレビで見る女優やモデルよりも美しい顔。圧倒されるスタイルに、長く伸びた完璧の曲線を描く脚。その全てが畏れ多い感覚だ。


 うううっ、めっちゃ怖い――

 クラスの皆も、女王には絶対に逆らってはいけないって言ってたけど。

 おにい……こんな怖い人と付き合ってるの?

 どんだけ怖いもの知らずだよ……。


 夏海は、まるでライオンに睨まれた子ウサギのように、体を振るわせ小さくなってしまう。


「あたしのコト、怖い?」

「えっ、い、いえ、滅相も無いです……」


 怖いかと聞かれて、正直に答える訳にもいかず否定するが、正直今にも逃げ出したい気分の夏海だ。


「ふふっ、良いのよ正直に答えても。春近の妹には危害を加えないから」

「は、はい……」



 ちょっと、渚様……まだですか……?

 隠れているのもしんどくなってきたのですが――


 布団の中に隠れている春近の顔の前に渚の尻がある。

 少し布団が捲れて、無防備な渚の尻が見えているのだ。


 春近は抗議の意味を込めて、渚の尻の隙間に指を差し入れてみた。


 ぷすっ!

「ひゃ!」

 びっくーん!


 ちょ、春近! 何やってんのよ!

 渚は、まさかの反撃を食らって動揺する。


「あ、あの、すみません……」

 渚が突然声を上げた為、自分が怒らせたのかと勘違いした夏海が謝罪した。


「ん、んんっ! な、何でもないのよ」

 ほじほじほじほじ――――


 渚が春近のお尻ほじほじ攻撃に耐えながら夏海に対応している。顔を真っ赤にして挙動不審になってしまい、更に夏海が怖がってしまう。


「ど、どうかしましたか?」

「んぁ♡ な、何でもないのよ。あっ♡ ちょっと疲れているのかしら」

「大丈夫ですか?」

「おっ♡ んくぅ♡ だ、大丈夫だからぁあぁん♡」


 気丈に会話を続ける渚だが、時折変な声を出したり語尾が色っぽくなってしまう。


「い、いえ、そろそろ帰ります。ありがとうございました」


 夏海は、丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った。

 手を上げて答える渚だが、もう羞恥心やら何やらが限界で顔が真っ赤だ。



 ほじほじほじほじ――――


「春近……どこほじってるのよ! 変態!」


 夏海が出て行ったのを確認すると、渚が布団を捲って春近を掴み出した。


「変態はお互い様な気が……渚様が夏海を部屋に入れちゃうから」

「ちょっと話をしてみたいでしょ! あと、春近の困った顔も見たいし。ふふっ♡」

「ううっ、やっぱりドSだ」


 がしっ!

 渚が上に乗り、春近の腕を掴んで組み伏せる。


「さあ、続きやるわよ! もう逃がさないって言ったわよね!」

「ちょっと待って」

「待たないって言ったでしょ! もう、大人しく覚悟を決めなさい!」

「でも、ルリが……」


 春近の一言で渚の威圧感が更に増す――――


「あたしより、酒吞瑠璃を選ぶの……?」


 渚の目が鋭く光る。

 それは、怒りの感情だけでなく、不安と寂しさとが混在した複雑な感情が絡まっていた。


「ち、違います。渚様のことは大好きだし大切に思っています。でも、ルリも同じように大好きで他の子も皆大切なんです」

「…………つまり、あたしとしちゃうと、他の子を裏切ることになると思ってるの……?」

「はい……」


 ガバッ!

 ピピピピピ――――

 渚はベッドから起きて立ち上がると、スマホで何処かにメッセージを送りだした。


「あたしとだけするのに罪悪感があるのなら、お望み通りにしてあげるわよ!」


 そう言った渚が不敵な笑みを浮かべる。

 この後に起こる恐ろしい企てを物語るかのように、渚の目が妖しく光り春近を見つめていた。

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