第145話 視察
賀茂を先頭に鮮やかな緑が眩しい通りを歩いて行く。
港から続く道には、いくつかの店とホテルがこぢんまりと並んでいる。基本的に小さな街で、その外側は手付かずの大自然になっていた。
「ふんふふんっふう~ん」
賀茂が上機嫌でヘンテコな鼻歌まじりに、スキップでもしそうな勢いでズンズン歩いて行く。
その姿を、春近たちは何か言いたそうな顔で後ろから眺めていた。
「あの堅物そうな賀茂さんが、一目惚れしちゃうなんてあるんだね」
春近はアリスに耳打ちする。
「いえ、案外賀茂さんみたいな融通が利かない頑固そうな人ほど、正反対な感じのワイルドな男性に弱いのかもしれませんです」
「そうなのかな? アリスはどうなの?」
「わたしは、春近の第一印象はヘンタイのサイテーです」
「そ、そんな~」
そんなことを言うアリスだが、その顔はニヤニヤと楽しそうに笑っている。
「背が高くてダンディな感じで、賀茂さんの好きなタイプなのかもしれませんね」
後から忍が話に入ってきた。
「ちょっと忍さん、それ、俺とは正反対みたいじゃん……」
「わ、私は……春近くんの方がタイプですよ。そ、その、大きくて強そうな男性は苦手なので……」
「ありがとう。でも、それだとオレが弱そうみたい……」
「春近くんは頼りになりますよ。ふふっ♡」
ちょっと意味深な笑顔で笑う忍だ。恋する乙女の顔をしている。
そこに黙っていた一二三が口を開く。
「……ふふっ、春近は弱そう……」
「ちょっと、一二三さんまで」
「大丈夫、春近は一緒にいて安心できる……」
「それ、褒められてるの?」
困惑する春近だが、三人の女子は互いにニコニコと笑顔で目配せしながら、本人たちだけに分かるような共通認識で頷き合っている。
「ちょっと! 何で笑うのさ」
「うふふっ♡ 内緒です、春近くん♡」
「ハルチカはしょうがないですね♡」
「ふふっ、やっぱり春近が安心♡」
彼女らは三人そろってニヤニヤしていた。
そのまま通りを少し歩くと、白く大きな建物の前に着いた。
まだ建設途中で外観は完成しているが、まだ内装の工事をやっているようだ。
「ここが、あなたたちが住む予定の建物です」
賀茂が指した建物は、小さなホテルくらいある意外と豪華そうな造りになっている。
「中も許可を取ってあるからどうぞ」
「はい」
賀茂の許可を得て、アリスを先頭に彼方此方を確認して回る。
部屋は二十以上ありバストイレ付だ。それとは別に温泉旅館のように大浴場まである。部屋からは海が一望することができ、窓からの眺めは最高だ。俗にいうオーシャンビューというものだろうか。
「無人島のような場所に追いやられるのかと思ってたけど、意外と良さそうな場所だね」
色々と詳しくチェックしているアリスに、春近が話しかけた。
「ですね。クーデターの件で、政府も陰陽庁も我々が蜂起したら全く勝ち目がないと思ったのですよ。都心から遠くに追いやりたい気持ちも強いのでしょうが、あまり刺激して反感を持たれてしまうと元も子もないと思ったのでしょう」
「うん、けっこう豪華な造りになってるし」
「そもそも、本来なら国家存亡の危機を救った英雄なのですから、ハルチカも色々と要求しても良いはずなのです! あれたけ貢献して、見返りがコタツと九州の温泉だけとかおかしいです!」
「なっ……言われてみれば、おかしい気がしてきた」
アリスに指摘され、初めて気づいたといった感じに春近が驚く。全くもってその通りだろう。今まで気が付かない春近もどうかと思うが。
「ふふふっ、春近くんってお人好しですよね」
そんな春近を、忍が優しい目で見つめている。
「忍さん、自分で言うのも何だけど、お人好しというよりアホな気がしてきたよ……」
蘆屋満彦のクーデターで都市機能が完全に停止してしまった東京を救ったり、日本史上最大の大災厄である玉藻前を倒したりと、鬼の少女たちは救国の英雄のような存在なはず。
もっと優遇されても良いはずである。
「そうだ、オレにもハイスペックパソコンとかアニメのBDセットとか漫画最新刊をプレゼントしてくれても良いじゃないか!」
春近の、救国の英雄に対する見返りが意外と小さかった――――
「ふふっ、春近くん可愛い」
「やっぱりハルチカは子供です」
「だが、それが良い……」
「ちょと、何かバカにされてない?」
アリスは他にも住環境を色々とチェックして回った。今後住むことになるのだから不具合や不都合がないか見ているのだろう。
日も暮れかかった頃には視察を終え、宿泊先の大きなホテルの前に着いた。
「じゃあ、キミたちは一人ずつ部屋を取ってあるから。今夜はここでゆっくり休んでね」
「賀茂さん、夕食はどうしましょうか?」
春近の質問に、急に挙動不審になった賀茂が答える。
「えっと、わ、私は……そ、そうそう、少し用事があるから、ここで解散にしましょう。夕食は支給されたお金で自由に食べてちょうだいね」
賀茂は、そう言うと足早に港の定食屋の方に向かって歩いて行ってしまった。
「賀茂さん、分かりやす過ぎる」
春近は、ウキウキで定食屋に向かって歩く賀茂の後ろ姿を見て呟いた。
――――――――
春近はホテルの部屋に入ると、ベッドに寝転んで大の字になる。
「ふうっ、疲れた……。昨夜は殆ど寝てないからな。今日はぐっすり眠りたい。食事はどうしようかな? あの定食屋は美味しかったけど、賀茂さんの邪魔をすると悪いから行くのは止めておいた方が良いか……」
コンコンコン!
「春近くん」
ベッドの上でウトウトとしていた春近が、ドアのノックの音と自分を呼ぶ声に反応する。そのまま不用意に声に反応した春近はドアを開けてしまった。
ガチャ! ビュンッ!
ドアが開くや否や、これまた神速の動きで忍が室内に滑り込んできた。一気に春近との距離を詰めピッタリと密着してしまう。
もはやそのスピードは、億や兆などでは表す事が不可能な、
※一那由他=1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
「うふふっ♡ 春近くん、一緒に御飯にしますか? 一緒にお風呂にしますか? それとも……一緒にエッチにしますか?」
満面の笑みの忍がアニメの新婚さんみたいな発言をする。これは完全に発情しているようだ。
「し、忍さん、とりあえず落ち着きましょう」
「落ち着いてますよ、春近くんっ♡」
ぐいぐいっ!
「あ、当たってますから」
「当ててるんですよぉ♡」
身長差なのか何なのか、忍の胸が春近の顔に当たっている。多分わざとだ。
春近は、この時になって気付いた。
最速のスピードと最強のパワーを併せ持つ肉弾戦最強の女戦士でありながら、超肉食系で底なしの性欲を持つ忍こそ、最も警戒すべき危険なエッチ女子だったということに。
「もう、そんなこと言っちゃって。本当はこういうの好きなんですよね」
グイッ!
軽々と春近を持ち上げ御姫様抱っこしてベッドまで運ぶと、忍は逆向きになって春近の上に乗ってくる。
「ま、まさか!」
「うふふ、昨日はできなかったから、今日はたっぷりお仕置きしちゃいますね♡」
忍のムッチリとした大きなヒップが春近の顔の上に降りてきて、完全に忍の海に埋もれてしまう。
「んん~っ! もがっ、むふぅぅぅー! ちょ、ちょっと、やめて忍さん!」
「うふふふっ、こういうの好きなんですよね♡ 全部分かってますから! えいっ! えいっ!」
「うわあわわっ、もがあっ、んんんっっっー!」
この男……口では『やめて』とか言っているのだが、実は屈強な女戦士やエッチなお姉さんキャラに攻められる薄い本をたくさん所持しているのだ。
肉食系女戦士に攻められるネタは大好物だった。
本当に忍の言う通りなのである――――
「あの、先に夕食に行くですよ」
いつの間にか部屋に入っているアリスが呆れた顔で声をかけた。
考えることは皆同じで、アリスと一二三も春近の部屋に行こうとしていたのだ。忍が入りオートロックの扉が閉まる直前に二人もちゃっかり入室しているのだから似た者同士だ。
「……あの、忍……。意外と大胆……。顔に乗せるとか、シャワー浴びてからでないと……。トイレ行った後とかだと……」
誰にも止められないと思っていた忍だが、一二三の一言で顔を青くして静止してしまう。
「あ、ああ……あの、ごめんなさい春近くん」
少し前にトイレに行ったのを思い出した忍が、すぐに春近の上から降りて謝った。
「あ、あの、春近くん……臭かったですか?」
「あの、大丈夫ですから」
「ほんとに? 本当に大丈夫でしたか?」
「大丈夫ですよ、ふふっ」
「もう、何で笑ってるんですかぁ!」
あんな過激な事をしておいて、今更そこを気にするなんて、忍さん面白いな。
「大丈夫ですよ。女戦士ヒルドの薄い本ですね」
「は、春近くぅーん!」
大きな体を恥ずかしそうにくねらせる忍が可愛くて、春近は少し調子に乗る。
「じゃあ、夕食に行きましょう」
恥ずかしがっている忍を
――――――――
夕食を食べシャワーを浴びてふかふかのベッドに入ってから、春近は快適な睡眠に入ろうとしていた。
オートロックの部屋なので、昨夜のようなエチエチ攻撃もなく、睡眠不足解消の為に静かに眠りにつけそうだ。
ふと、昼間見た宿泊施設の部屋にもオートロックを付けてもらえば良かったと思ったが、ルリたちなら簡単に破壊してしまいそうだと気付いて考えるのをやめた。
先の見えない不安の中にいた春近だったが、美しいエメラルドグリーンの海と南国風の街を見て少し気持ちが楽になった気がした。
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