第118話 賭け
走る、走る、飛び、また走る――――
忍は力の限り走った。
まるで、先端技術の粋を極めた高性能大型スーパースポーツバイクをも凌駕しそうな爆発的超加速で走り、ほぼ真横になる程のコーナーリングで街へ流れて行く瘴気を迂回して崖を駆け抜け、信じられないような速さで麓の街まて到達した。
「渚ちゃん、着きました!」
お姫様抱っこで腕の中に抱いている渚に声をかける。
渚は、超加速と絶叫マシーンで落下するような恐怖で目をグルグル回していた。
「ああぁ、ぐらぐらするぅ……。はっ、目を回している場合じゃなかった」
すぐに復活し、強制の呪力を発動する。
「火山性の毒ガスが迫っている! 今すぐ隣町まで全員避難しなさい!」
渚が大声で叫ぶと、周辺の住宅から人々が飛び出してきて車に乗って逃げ始める。誰もが命令通りに動かされているようだ。
「忍、このまま街の通りを走って!」
「はい!」
忍が街の通りを隅から隅まで走り続け、渚が強制の呪力で避難を呼びかける。
それは人々の脳に強制の呪縛を掛け、ある者はお年寄りや子供を背負い、ある者はペットを連れて、次々とクルマに相乗りし街から脱出して行った。
もう五百人ほどは呪力を掛けただろうか――
さすがの渚も同時に大勢の人間に呪力を使い疲れが見え始める。
街を一周し終えた時に、瘴気が街の外れに到達し始めた。
「渚ちゃん、これで全員かな?」
「ちょっと待って、今調べてみる」
渚は精神を集中して呪力で意識を街全体まで広げた。
「あっ、まだ二人居る! あっちの方角よ!」
「はい!」
渚が指差した方向に、忍がダッシュする。
「この家よ!」
渚が言った側から、瘴気がすぐそこまで迫り、草木が次々と枯れて行く。
ガチャガチャ!
「鍵がかかってる」
忍の手がドアノブを回したところで止まる。
「もう時間がないわよ!」
「このまま入らせてもらいます」
グギギギッ、バキッ!
忍はドアノブを回し鍵を破壊して扉を開けた。そのまま家の中に突入すると、部屋の中には小さな子供二人が体を寄せ合って震えていた。
親が用事で出掛け、幼い子供二人で留守番をしていたのだろうか。
逃げようとしていたのか小さなバッグを持っているが、まだ幼くてどうして良いのか分からなかったのかもしれない。
幼児を渚が抱き、園児くらいの子供を忍が腕に抱くと、部屋の中に瘴気が入り込んで来たのが見えた。
「もうそこまで来てるわ!」
「飛びます!」
渚と子供二人を抱えた忍がドアから外に出ると、腰を沈み込ませ下半身に呪力を集中し一気に地面を蹴りジャンプをした。
ズバァァァァーッ!
まるでスキーのジャンプ競技のように、何十メートルも滑空し距離を稼いでから着地すると、猛然と加速し街から脱出した。
――――――――
凄まじい同時攻撃だ。
ルリたちが一斉に攻撃を仕掛け、爆発で大地と大気が振動し、まるで地震のように地面が揺れた。
あまりの破壊力で山の一部が破壊されたかもしれない。
ガラガラガラッ!
爆風で巻き上がった砂ぼこりが少し晴れると、山頂付近が破壊され地形が変わっているのが見えた。
「これなら……この攻撃なら……さすがの玉藻前でも……」
期待を込めるように春近が呟いた。
爆発で巻き上がった土煙が晴れて行く――――
「あ、あ、ああ……そんな……」
春近は、土煙の中に六本の強く輝く尻尾を見た。
「ふふふふっ、惜しかったのう。この程度の攻撃では
信じられない光景だった。
あの総攻撃を受けて、玉藻前は傷一つ無いように見える。
六本の尻尾が同時に輝き、六種類の呪力を同時に発動させたように見える。
「ほれ、
ギュワァアアアアアアーン!
六本の尻尾が再び輝く。
「
ズドドドドドドドドドドォォォォォォォン!!
「「「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」」」
ズドドドドドドーン! ズドドドドドドォーン!
「ほれほれほれっ! 抗え、強き鬼たちよ! 所詮は
ズドドドドドドーン! ズドドドドドドーン!
六本の尻尾のそれぞれから、六種類の根源を元にした呪力が放出される。それは周囲に波動となって広がり凄まじい破壊力となる。
ルリの作ったバリアで多少は防いだが、皆が飛ばされ地面を転がった。
「何で! どうして効かないの!?」
ルリの疑問に遥が答えた。
「私の、私の緊縛術が効かなかったから! あの尻尾を抑えられたら攻撃は当たっていたはず! 同じ狐の眷属として、私の管狐では上位存在の九尾を縛ることはできなかったのかも」
実のところ、玉藻前は少し焦っていた。
遥の緊縛術が決まっていたら同時に大破壊力の攻撃を受け、かなりのダメージを負っていたかもしれない。
自分より下位存在の管狐だった為、緊縛術が完成せず六人の攻撃を六本の尻尾がそれぞれ呪力で防いだのだった。
「どうする……どうすれば良い……こういう時、杏子なら、アリスならどうする? 考えろ!」
春近は考えるが何も策は出てこない。圧倒的な力を見せつけられ、どうしようもない状態だ。
「そうだ、取り敢えず電話してみよう。緊急事態で忘れてたけど、現代にはスマホという文明の利器があるんだった」
春近はアリスに電話した。最初からそうするべきだったかもしれない。
ピピピ――トゥルルルルルルル――
「も、もしもし、アリス! 緊急事態なんだ!」
電話に出たアリスに、春近は端的に説明した。
「まさか、九尾と戦っているですか?」
「ルリたちの総攻撃も効かないんだ! 何か策を教えて欲しい!」
「わたしの因果反転なら、何らかの打開策が有るかもしれないです……それが無い今は、その呪力を出している尻尾を抑えるしか……」
スマホのスピーカーから杏子の声も聞こえてきた。
「春近君、杏子です! 九尾は九本の尻尾がそれぞれ違う呪力を持っていて、その尻尾を破壊すれば弱体化できると、呪縛大戦アストラル陰陽師というアニメで言ってましたよ!」
「杏子、今はアニメは……」
いや、まて! こういう時の杏子は……
そうだ、毎回そうなんだ! もしかしてこれが杏子の呪力なのか?
アニメなどで見た内容を完璧にトレースしてマスターしたり、彼女の発言した内容が実際にそれが真実になったり。もしかして、
「ありがとう、杏子! でも、どうやって尻尾を……」
「何とか動きを封じて尻尾を破壊できれば……」
「蘆屋満彦が行ったように結界陣を敷けば良いではありませんか」
「……私が居なくても、四人でも十分な威力は有る……」
んっ? 今、誰かの声が聞こえた……
栞子さんと一二三さんか……
いや、待てよ! 蘆屋満彦の結界陣だと……
そうだ! ルリを封じ込めてしまったり、俺達全員を動けなくした凄い封印術じゃないか!
それに賭けてみよう!
でも玉藻前は、まるで未来予知でもしているようにこちらの攻撃の先を読んでいるような。
何かしようとしたら予知され対策されてしまうかもしれない……? でも、未来予知と言っても、そこまで先を読めるわけではないはず。ずっと先が読めるのなら、オレたちがここに到達する前に始末されていたはずだし。ほんの少し先を読んでいるだけに見える。
これはオレの勝手な印象だけど。
もう迷っている時間は無い。この作戦に賭けてみるしか!
よし、一世一代のオレの名演技、見せてやんよ!
そして春近は壊れた。
人間、追いつめられると突拍子もないことをしてしまうものである。
そう、つい先日の終業式での和沙のように――――
「くーくっくっくっ! 我は新世界の覇王、蘆屋満彦なり! くーくっくっくっ!」
春近は満彦の声真似をしながら前に飛び出した。
「は?」
玉藻前の攻撃をギリギリで防いでいたルリたちからの冷たい視線を感じる。
「くーくっくっくっ、まさに飛んで火に入る夏の虫よ! さあ、所定の位置に着き、おっぱいを触らせろ! くーくっくつくっ!」
頼む! 伝わってくれ!
春近は全身全霊で蘆屋満彦のモノマネをした。
もう本人に成りきっている感じに全力で。
多少違っているようだが、とにかく似ていれば良い。
本来の意図は別にあるのだ。心を読んでいるのか未来予知をしているのか知らないが、玉藻前に意図を察知されないよう、全力でルリのおっぱいを揉みたいと念じながらモノマネしているのだ。
「おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!」
もう、春近の頭の中は、おっぱいがいっぱいだ!
「なんじゃ、
「ハル……そんなに私のおっぱいを揉みたかったんだ」
「土御門……」
「ハル君……」
「春近君、そういうことだね」
「分かった、おっぱいを揉ませてあげる」
他の子には伝わっているのか分からないが、天狗女子の四人は何となく意図が伝わったようだ。
四人は攻撃を仕掛けるフリをしながら周囲に散開する。
そして春近と同じように、おっぱいを思い浮かべるフリをしながら呪文を唱える。
「「「「
最後の望みを託した大天狗四人による大結界が発動した――――
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