第107話 玉藻前

 西暦734年――――

 唐の港から日本に向けて船が出航した。

 この船には留学生として唐で学問などを学んでいた吉備真備きびのまきび玄昉げんぼうが乗船していた。



「真備どの、それにしても阿倍仲麻呂あべのなかまろどのは帰国できず残念でござったな」


 ふと、玄昉げんぼう真備まきびに話を振る。


「仲麻呂どのは、皇帝のお気に入りであったからなあ」

 真備が答えた。


 阿倍仲麻呂あべのなかまろは国家試験に合格して唐の官職に就いていた。

 凄いエリートである。



「ところで、真備どの……あそこに十六歳くらいの美少女がいるのだが……」

「玄昉どの、そんなわけないでしょ……ってホントにいたぁああ!」



 出航した時はいなかったはずである。遣唐使船に無関係の人物が乗ってしまったのなら問題だ。


 真備まきびは、美少女に声を掛けた。


「そこの美少女よ、其方そなた何故なにゆえこの船にのっておるのだ?」


「私は若藻じゃくそうといいます。私、どうしても日本に行ってみたいんです。もう沖まで出てしまったから、今更降りろと言われても海に落ちて死んじゃうし……乗せて下さい!」


「えええっ、困ったな。仕方がないから乗せてあげようかな……」


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 真備は、弱々しく泣いている若藻じゃくそう不憫ふびんに思い、船に乗せて日本まで連れて行くことにした。


 長い月日をかけ、やっと日本の岸が見えてきた時、若藻の姿は忽然こつぜんと消えていて何処にも見当たらなかった。

 この若藻こそ、大陸で幾つもの王朝を滅ぼした最強最悪の妖怪、白面金毛九尾はくめんこんもうきゅうびの狐の化身だと云われている――――


 ――――――――






 バスは夜の高速道路を走り続ける。行先も告げずに、ただ夜の帳を切り裂き進み続けていた。

 陰陽庁が用意したバスである。


 二学期が終了し、クリスマスイブを明日に控えた春近たちは、行先も分からないままバスに揺られている。


 最初は依頼を受ける気など無かったルリだったが、何故か春近の祖父の電話の後は俄然やる気になっている。

 今は、早く殺生石を回収して、ラブラブな冬休みを送る為に燃えているようだ。


「ハルは私が守るから。ハルは、絶対に危険なことはしないでね」


 ルリたちはハルを守ると息巻いている。

 しかし、春近は思う、『女の子に守られてばかりじゃダメだよな。オレも皆を守らないと』と。そして、その決意は春近をある行動に移してしまうのだが。




 殺生石とは――――


 時は平安時代、鳥羽とば上皇に使える女官となった玉藻前たまものまえという女性がいた。その美貌と妖艶さにより上皇の寵愛を受けることになる。

 しかし、それから上皇は原因不明の病に伏せることが多くなり、陰陽師安倍泰成あべのやすなりが、九尾の狐の化身である玉藻前の仕業であると見抜く。


 朝廷は白面金毛九尾の狐である玉藻前を討伐する為、武士と陰陽師による大軍を組織し派遣させた。

 那須野なすのまで追い詰めた討伐軍だが、玉藻前の反撃により多くの者が戦死し失敗に終わる。

 何度もの攻撃により追い詰め、大きな被害を出しながらも奇跡的に仕留めることができたのだ。


 しかし、話はそこで終わらなかった。


 玉藻前は巨大な石へと変化し、死してなお周囲に毒を撒き散らし、人間も動物も昆虫も周囲全ての生き物を殺し続けることとなる。

 石の周囲には蝶や蜂や動物の死骸が重なり合い地面が見えない程であった。

 何人もの高僧が呪いを鎮めようと試みたが、その度に失敗し周囲に死体の山を築いて行くだけだ。


 しかし、数百年後、ある高僧が高位術式を込めた巨大な金槌を使い、その毒石の破壊に成功する。


 石は幾つもの破片に分かれ日本中に飛び去った。

 大災厄となった石の呪力は弱まったが、分かれたそれぞれの石は殺生石と呼ばれ、現代まで語られることとなるのだった。


 現在、陰陽庁は長い年月をかけて回収した、特に呪力の強い九つの石を、厳重に封印し場所を重要機密にして別々に保管していた。





 そして、現在――――


「ハルぅ♡ もっとナデナデしてよぉ。おっぱいをナデナデしても良いんだよ」

 春近はルリのおっぱいに埋もれていた。


「ちょっと、ルリ、陰陽庁の人もいるから……」


「ハル君っ、ハル君っ、はあぁぁっ、かわいいっ! ねえねえ、気持ちよくしてあげるからぁ♡」

 天音が春近のイケナイところを狙っている。


「いや、だから、天音さん、時と場所を考えて!」



「アンタは離れろって言ってんでしょ! 春近、あたしの目を見なさいよ!」

 天音の顔を手で押しながら、渚は嫉妬と狂気を帯びた瞳で春近にキスをしようとする。


「皆、落ち着いて! アリス~助けて~なんとかして~」

 グイグイくる三人の肉食系女子に囲まれた春近が、アリスに助け求める。


「ふん、普段わたしをエッチにイジクリ回しているバチが当たったのです。我慢するです」

 断られた。



 全く緊張感の無い面々である――――




「ふふっ、若いって良いわね。青春って感じで」


 先頭の座席に座っている吉備きび真希子まきこ調査室長が、後ろを振り向きながら呟く。青春というよりエチエチな感じだが。


「何だか私まで恥ずかしい……」

 すぐ近くの席に座っている遥が、真希子の言葉に反応する。


「あなたは彼の所に行かなくて良いの?」

 真希子が遥に問いかける。


「わ、私は、彼のことは少し気になっていますけど……でも、何か頼りない気もするし……」


 遥としては、壁ドンの時に見せた少し強引な感じが好みなのだが、今のように女子に翻弄されているのを見ると迷ってしまう。頼りない男より、男らしく守ってくれる人が好みなのだ。


「そのくらいが良いのよ!」

 突然、真希子が熱くなる。


「いい、男ってのはね、コミュ力高くて話の上手い人は絶対浮気するのよ! 少し口下手なオタクくらいが丁度良いの!」


「えええっ……」

 急に男を語り始めた真希子に、遥は動揺を隠せない。


「それでね、男らしい人とか頼りがいがある人は良く見えるけど、結婚したらモラハラ夫になって喧嘩ばかりなの! あ……これは友人の話なんだけど」


「は、はあ……」

 それ絶対自分の話だと、遥は思った。


「もうっ、別れたら即再婚してるのよ! あれ、絶対不倫してたわよね! 許せないわ、隆のヤツ!」


「ええ…………」


 やっぱり別れた元旦那の話だったようだ。

 うら若き乙女の夢を壊すような話はやめて欲しいことろである。


 遥は振り返って、揉みくちゃにされている春近を見る。少し笑って、『あの春近君なら、尻に敷けそうだ』と思った。問題はハーレムなのでライバルが多すぎることなのだが。



「でも、あの土御門君って、けっこう可愛いわよね。私もあと十歳若かったら手を出してたかも」

「えっ、は?」


 唐突な真希子の発言に、遥は絶句してしまう。



 いやいやいやいや、それダメでしょ! 十歳? いやニ十歳でもマズいって! 何言ってるのこのオバ……この人。

 春近君って、年上にもモテるの……?



 春近は自覚していないが、あの頼りなさげな所が母性本能をくすぐるのか、中高年女性にモテる年上キラーだった。

 この学園に入学する前は、同学年女子には全くモテず、近所のおばちゃんなどには優しく話しかけられていたのだ。




 春近達がエチエチな感じにバスに揺られていた頃、事態は更に深刻度を増していた。

 四つ目の石が紛失したのだ。

 もし、石が全て揃うようなことになれば、平安時代のような大災厄が復活してしまうかもしれない。

 だが、何も知らない春近やルリたちは、イチャコラしながら行楽気分だった。


 いや、春近だけは暴発しそうなアソコを押さえて、我慢の限界を耐えていたが――――

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