第106話 世界最強の力

 明日から冬休みだというのに、浮かれ気分は吹き飛んでしまい、今は嵐の中の小舟のように運命に翻弄されている春近である。

 天音台風を警戒していたら、和沙ハリケーンが直撃したようなものだ。それも、史上稀に見る超大型だった。



 春近を知らなかった上級生まで噂は知れ渡り、今やこの学園でハーレム王を知らない者など皆無と言っても過言ではなかった。


「どうしてこうなった……何処かで選択肢を間違えたのか?」


 春近はギャルゲー脳で考えるが、人生はギャルゲーのようには行かないものである。


「土御門、私はやり遂げたぞ!」


 何がどうなっているのやら、和沙は満足気な表情でガッツポーズを決める。

 あんなに恥ずかしがり屋だったのに、何かが吹っ切れてしまったかのようだった。

 人間というのは、羞恥心の限界を突破してしまうと、何でもできてしまうものなのかもしれない。



「ハル……元気出して」

 いつもなら嫉妬で怒り出すルリも、今回だけは同情しているのか優しかった。


「分かっていたんだ……こうなるって……ハルが何かすると、勝手に女が堕ちてゆくんだよな」

 咲は悟りの境地に達した大賢者のような表情になった。


「御主人様、アニメ版ハーレムダイアリーの佐藤君みたいに刺されないで下さいね」


 杏子が縁起でもないことを言い出す。

 因みに『ハーレムダイアリー』の『佐藤』とは、某恋愛シミュレーションゲームのアニメ版に於いてバットエンドを迎えた主人公のことである。



「旦那様! いくら旦那様が好色だといっても側室が多すぎませんか? まあ、英雄色を好むと申しますけど」

 栞子は相変わらずだった。


「やっぱ、スッゲぇわ! 土御門! 二十一世紀のドンファンかよ!」

 藤原が、春近をハーレム界の大英雄の如く持ち上げている。




 ピンポンパンポン――――

『一年A組の土御門春近君、酒吞瑠璃さん、茨木咲さん、鈴鹿杏子さん、鞍馬和沙さん、源頼光栞子さん、今すぐ生徒指導室に来なさい――――』


 ちょうどそこに、教室のスピーカーから呼び出しの放送が入る。


「えっ、オレ達を呼び出しって……もしかして説教?」


 春近達は、仕方なく生徒指導室に向かう。

 程なくして、B組とC組の生徒にも呼び出しが掛かり、春近の仲間全員が呼ばれることになった。




 生徒指導室に十四人が集まり、室内が手狭になってしまう。

 まだ教師が来ておらず、春近は次々と女子に絡まれしてまい室内は混乱する。


「ハル君、ハル君、もうっ、ハァルぅくぅ~ん! もうこれで恋人同士だよねっ! 和沙ちゃん、でかしたっ!」

 天音は部屋に入って来るなり春近に絡みつき大喜びだ。


「ちょっと、あたしの春近から離れなさいよ!」

 渚が天音を引っ剥がしている。


「天音さん、ちょっと落ち着いて……って一二三さん、凄い密着してるけど……」

「……問題ない……私とアナタは付き合うことになった……これは正当な行為……」


 天音が渚に引き剥がされたかと思えば、反対側から一二三が抱きついてくる。


「や、やあ……春近君」

 気まずそうな顔で遥が挨拶した。


「ううっ、あんな意味深な感じにバイバイしたのに、こんな形で顔を合わせるなんて、めっちゃ恥ずかしい……。てか和沙ってば、素直になってとか言っちゃったけどさ、あんな全校生徒の前で告白するなんて。もう、こっちまで恥ずかしいよ……」



「もう、うるさいです! あと、狭いです!」


 アリスの声が聞こえるのだが、姿が何処にも見当たらない。

 小柄なので皆の中に埋もれているようだ。




 騒々しくなっていた部屋は、見知らぬ中年女性が現れたことで静かになる。


「キミ達が例の生徒たちですね。私は陰陽庁調査室長の吉備きび真希子まきこと申します」


 ピシっとしたスーツを着こみ髪を短くした四十代くらいの女性だ。如何にもデキる女といった感じの、知的でバリキャリ風な見た目をしている。


 終業式の件で説教されるのかと思いきや、全く違う用件だったようで皆も困惑する。

 ここでは話せない重要な話とのことで、広くて防音設備の整った視聴覚室に移動になった。


 ――――――――






「もうすでに天狗の少女達には通達されていますが、皆さんには特級指定遺物の捜索をお願いしたいのです」


 吉備調査室長は一つ一つ整理するように説明を始めた。





 十二月八日

 最初の事件である、陰陽庁が厳重に封印処理を施し管理されていた石が紛失した。

 警備担当者が同時に行方不明になり、当初は警備担当者の犯行が疑われる。

 しかし、強い呪力を帯びた石は、普通の人間には触れることができず、厳重な封印や警備を突破するのは不可能であった。


 十二月十七日

 陰陽庁の懸命な捜索にも関わらず手がかりさえ見つけられない当局は、遂に天狗の少女達を招集し捜索に当たらせることを決定。

 和沙達五人の少女に通達が出る。


 十二月二十一日

 二個目の石の紛失を確認。

 重大事件と認識し、大規模な作戦本部が置かれることとなる。


 そして、十二月二十二日

 三個目の石が紛失。

 陰陽庁は鬼の少女達を含めた十二人の全能力者の招集を決定した。



 説明を終えた吉備調査室長は、最後に一つ付け加えた。


「今回の作戦には、土御門春近さん、貴方も参加してもらうことになります。


「そんなのさせない!」

 ルリが立ち上がり反論する。


「ハルを危険な目に遭わせるなんて絶対イヤ! あと、私も捜索なんてめんどいからイヤ! クリスマスパーティやるんだもん!」


 ルリにしてみれば当然である。

 無関係な危険な石の捜索など、やる義理もなければ大好きな春近を危険な目に遭わせるなど以ての外だ。


「酒吞さんの言い分はごもっともです。そう仰られると予想していましたから、こちらにも交換条件を出すつもりです」


 吉備調査室長はスマホを取り出すと、何処かに電話を掛け始めた。

 そして、電話がつながると、春近にスマホを差し出す。


「長官からです」

「えっ、オレ?」


 春近がスマホを耳に当てると、陰陽庁長官で春近の祖父である土御門晴雪の声が聞こえてくる。



『おい、春近よ、元気にしとるか』


「またそれかよ。何で毎回毎回、厄介事ばかり持ってくるんだよ」


『まあ、そう怒るな。今回の特級指定遺物は特別でな、同じように強い呪力を持った嬢ちゃんたちでないと触ることもできんのでな』


「何の為の陰陽庁だよ。そういう事件の為に存在してるんでだろ! 都合のいい時だけルリたちを利用するなんて酷いだろ!」


『それは分かっておるのじゃがな。時に春近よ、おぬし十二天将じゅうにてんしょうを知っておるか? かの有名な安倍晴明が使役した最強の式神のことじゃ』


「それが何の関係があるんだよ?」


「分かっておらんのか? 安倍晴明が最強だったのは、十二天将という最強の式神の力を自在に使えたからなんじゃよ。今の春近は、まさにそれじゃよ。最強の鬼と天狗の力を持つ少女が十二人。おぬしの言うことなら何でも聞いてくれそうじゃの? つまり、一人一人でも対処不能な程の力を持った能力者が十二人団結したとしたら。もし、春近が国家を転覆させようと思ったら陰陽庁も自衛隊も対処不能な程になっておるということじゃ」


「は……?」


 何を言っているんだ……国家転覆? 対処不能? そういえば、クーデターの時も思ったけど、ルリたちは想像以上の凄い力を持っていた。

 確かに、全員団結して反乱でも起こしたら、誰も対抗できないのかもしれない。


 このオレが十二人の主とでも言いたいのか?

 オレの行動一つで国家が転覆?

 もしかして……オレって要注意人物なの?



『分かったかの? 今の春近たちは、それ程の凄い存在になっておるということじゃ。あと、酒吞の嬢ちゃんに代わってくれ』


 春近は呆然としたままルリにスマホを渡す。

 結局、理由をはぐらかされた気もするが。


「ちょっと、ジジイ! 私、絶対やらないから!」

 スマホを受け取ると、ルリが大声で話し出す。


『………………』

「えっ、どういうこと?」

『………………』

「それ、本当?」

『………………』

「やる!」



「は? 今、ルリが『やる』って言ってなかったか? おい、いったい何を話しているんだ?」


 まさかのルリが乗り気になっているようで、春近が驚いた。



「分かった」

『………………』

「その約束、絶対だよ。もし、嘘ついたら……許さないから!」



 会話が終わったルリがスマホを春近に向ける。

「はい、ジジイがハルに代わってって」


 電話に出る春近だが、ルリが他の子と何やら内緒話をしているのが視線の端に見え気になる。


「おい、何を約束したんだよ?」


『内緒じゃ。それより春近よ、嬢ちゃんたちは春近と繋がることで、より大きな力が発揮できるようなんじゃよ』


「それは、どういう……」


『クーデターを鎮圧した時を思い返してみるんじゃな』


「そういえば……あの時も、皆が連携して凄い力を発揮していたような」


『嬢ちゃんたちが春近と会う前より、大幅に能力が向上しておるのじゃ。それも、集団になるほどな。もしかしたら、おぬしを介して複数の転生者がリンクすることで、より強い力が出せるのかもしれぬのじゃ。人数が増えれば増える程にの』



 まるでアニメや漫画のファンタジーのような話を聞き、頭がぼーっとしたまま春近は電話を切る。

 今まで自分でも気付かないまま、ラブラブでエチエチな学園ライフを過ごしていたと思っていたら、いつの間にか世界最強の力を手に入れてしまったようなのだ。


 部屋の隅でルリと内緒話をしていた鬼と天狗の女子たちは、俄然やる気になって燃えているように見える。

 いったい何の約束をしたのかは不明だ。



 よく分からないまま話は決定してしまった。

 吉備調査室長は、十二人の能力者と春近は石の捜索に、栞子は室長達と別行動という概要の説明をする。


 そして、最後に春近だけを話があると呼び止めた。


「土御門さん、今回捜索する石ですが、殺生石せっしょうせきという玉藻前たまものまえと呼ばれた女性に関する遺物です。彼女は死んだ後もこの世を呪い大災厄となって長い間人々に災いをもたらしてきました。貴方の周りの少女たちも、同じように強力な呪力を持った存在です。もし、貴方が見捨てるようなことをしたら……同じように此の世を呪って大災厄となってしまう可能性があります。そのことを重々承知しておいて下さい」


「オレはルリたちを見捨てたりなんかしない。それに、ルリたちは呪いの遺物なんかに絶対ならない! そんな妖怪と一緒にしないでくれ。彼女たちは普通の女の子だ」


「それを聞いて安心しました。土御門さん、よろしくお願いしますね」



 玉藻前……伝説の大災厄……伝説の大妖怪……。

 オレは……世間から見たら最悪のハーレム王なのかもしれない。でも、オレは絶対にルリたちを見捨てたりなんかしない!

 あの橋の下で誓ったんだ、ずっと一緒にいるって!

 いつのまにか人数がこんなに増えてしまったけど、オレは彼女たちを絶対に裏切らない!



 春近が誓いを新たにし、ルリ達は春近の祖父とのよく分からない約束で燃え上がる。

 しかし、事態は刻一刻と深刻さを増して行くのだった――――






――――――――――――――――――――


これで第三章は終了になります。

引き続き、第四章に続きます。

よろしくお願いします。


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